ヒノクニ――消えた半魚人
起きたらすぐに便箋にこのことを書こうと、ユウキは決めた。
何年ぶりにこの景色を見ただろう。
いや、正確には初めてだった。この遊園地の風景を、夢の中で自分の目を通して見るのは。
今までの夢では、ユウキの五感はあやふやだった。
それでも、間違いないと分かった。
――あの場所だ
侑子と記憶を共有した、あの夢の中だった。
しかし、ユウキは不思議なほど冷静だった。
理由などない。ただ、分かっていた。
――ここにユーコちゃんはいない
念のためだった。そう確信する思考に反して、ユウキの身体は彼女の姿を求め、園内を彷徨った。
しかし予想通り、目的の人物は見当たらない。それどころか、人っ子一人いなかった。
――いるわけない。だって俺は……
立ち止まった先に、都合よくミラーハウスがあった。
その入口に立っただけで、ユウキは自分の全身を確認することができた。
大きな全身鏡に映っていたのは、いつものユウキだった。
見慣れたTシャツに、膝に穴が開きかけたジーンズ。肩につくほど伸びた髪は、だいぶ灰色の占める面積が広くなっている。
――半魚人は、どこにもいないじゃないか
侑子がここにはいないと確信した理由は、それだった。
――ここに半魚人がいなかったら、ユーコちゃんは来れないだろう
なぜか、そんな確信が胸に広がっていく。
根拠などない。それなのに、この世の真理であるかのように、ユウキにとっては当たり前のことだった。
自分から魔力は感じない。
それでもユウキは意識を集中してみた。魔法を使う時と同じように。
――鱗よ。生えてくれ。皮膚なんて、全て覆い尽くしていい。前みたいに目も耳も、魚になって構わない
もしもそうなれたら。青い半魚人になれたら、侑子はやってくる。
その確信が揺るがなかったからこそ、ユウキの心は高鳴った。
頬にこそばゆい感触が走り、指の間に透明な水かきが伸びていくのが見えた。
ミシミシと小気味良い音が頭に響き、口が裂けていくような、不思議な感覚に襲われる。視界は薄れ、自分の笑い声さえ遠くなっていく。
「ユーコちゃん!」
ついに見えなくなった視界の先で、全身鏡は青い半魚人を映していただろうか。
ユウキに確かめる術はなかった。
愛する人の名前を叫んだ声は寝室中に響き渡り、ユウキを現実の世界へと引き戻したのだった。




