トコヨノクニ――川面の光
放課後に二人だけで河原にやってきたのは、久しぶりのことだった。
夏休み明けから文化祭が開催された十月半ばまで、テスト期間を除く放課後は、目いっぱい部活動に充てていたのだ。
侑子と裕貴は大きな倒木を見つけると、そこに並んで腰を下ろした。
「盛り上がってたよな。ゆうちゃんの声も、絶好調に戻ったし」
裕貴がスマートフォンの画面で見ているのは、先日の文化祭で撮った写真の数々だった。
「練習に穴あけちゃってごめんね。野本くん、やりづらかったでしょ」
動画の再生マークがタップされ、侑子と裕貴の歌声が流れてくる。小さな画面の中の二人が、視線を交わし合いながら歌っている。
「大丈夫。ゆうちゃんが休んでいる間は、そっちのパートも一人で歌ってみたりしたんだよ。高音かなりキツかったけど……でも歌ってみてよかった。ゆうちゃんの間の取り方とか、音の切り方を実感できたから。勉強になった」
動画の中で曲が終わった。
音割れするほどの音量で、誰かがスマートフォンの近くで裕貴の名前を叫んでいる。拍手の音は長く続いていた。
二人で歌った曲は、反響が良かった。
合宿では仁志のピアノだけだったが、文化祭ではベースとドラムを加えたバンド形式で披露した。裕貴はギターを持たず、歌に専念した。
「野本くんがギター持ってないなんて、珍しい構図だったよね」
「歌だけに集中したいと思ったから」
軽い気持ちで言葉にした侑子とは対照的に、裕貴の口調にはどこか含みがあった。
「手塚勇輝さんに、負けたくなかった」
見開かれた侑子の焦げ茶色の瞳は、川面に反射した光によって、幾分彩度が上がっていた。
まっすぐ見つめられて、いつものことながら心拍数が上がる。それでも裕貴は視線を外さず、続けた。
「今ここでゆうちゃんと歌っているのは、俺なんだ。一緒に声出してるのは俺なんだぞって、宣言したかったんだ」
裕貴は大きく笑った。屈託のない笑顔だった。
「誰かと張り合う気持ちでいると、燃えるもんだな。かなり練習に熱が入った。おかげで中間テスト、ヤバかったけどね」
遠く隔たれた対岸に、釣り人の影が一つだけ見えた。
二人の目に入る人影はそれだけだった。時折、近くの鉄橋を電車が通過していく音だけが大きく響く。
「曲を書くよ」
侑子がどう言葉をつなげようか考えあぐねている横で、裕貴は滑らかに言葉を紡いだ。
「え?」
「二人で歌う曲。出来上がったら、また俺と歌ってくれる?」
侑子が頷くと、裕貴は破顔した。
その笑顔が眩しいと侑子が感じたのは、太陽光を反射させた揺れる川面のせいだけではなかった。




