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青い半魚人  作者: 松下真名
第二章
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155/206

トコヨノクニ――助けたい

 その日、蓮は珍しく朝から書架の間に侑子の姿を見つけた。

「おはよう。珍しいね。午前中から図書館来てるなんて」

「ああ、蓮くん。おはよう。今日は部活お休みなんだ」

「そっか。自習?」

 従姉妹が抱えている本は、どれも歴史関係のものだった。それも近代史に集中している。

 侑子は少し迷うような顔をしたあと、伺うように蓮を見た。

「蓮くん、今忙しい?」

「いや、別に」

 暇な時、とりあえず図書館に足を運ぶのが習慣になっているだけだ。蓮は首を振った。

「話したいことがあるんだけど……そのついでに、ちょっと付き合ってもらえないかな?」

 思い詰めたような表情が意外だった。

 できれば他の人に聞かれたくないというので、二人は侑子の部屋へ移動することになった。


 

◆◆◆


 

「そんなことになってるんだ。向こうの世界」

 一通りの説明を聞き、ヒノクニの人々から届いた手紙にも目を通したところだった。

 蓮は最後に読んだミツキからの手紙を、静かに封筒へ戻した。

「今までずっと自然災害と無縁だったってことに、まず驚くけど……だからこそ、怖いだろうね」

 侑子は神妙な顔で頷き、アミからの手紙をもう一度机の上に広げた。

「この手紙を読んですぐ、明治以降の日本史年表をコピーして送ったの。それからまだアミさんから返事は来てないんだけど……もう少し昭和に絞って、大きな出来事とか事件をまとめてみようと思って」

「なるほど」

 それで図書館から昭和史の本ばかり借りてきたのか。

 蓮は積み上げられた本の一番上を取り、目次に目を走らせた。

「……役に立つかな」

 小さな声だった。

 蓮は本から顔を上げた。

「とりあえず、思いついたことは何でもやってみればいいんじゃない?」

 ノートを開き、ペンを指先で回す。

「こっちの歴史を調べるのだって、きっと無駄にはならないよ。歴史は繰り返すっていうし。まあ、異世界でも通用する理屈なのかは分からないけど」

「うん……」

「あとは、災害対策とか。ヒノクニの人たちって、避難訓練みたいなことも、ほとんどしたことないんでしょ?」

「そっか……災害対策」

 侑子は突然立ち上がると、部屋を出ていった。

 間もなく戻ってきたその手には、一冊の黄色い本が握られている。

「これ」

 表紙には、大きな黒い文字で『東京防災』とあった。

 侑子がヒノクニに迷い込んだ、ちょうどあの頃に話題になった冊子だ。家庭で実践できる防災の知識をまとめたもので、東京都内の全世帯に配布されていた。

「丸ごと一冊は、さすがに封筒に入らないよね」

 東京に特化してまとめられたものだったが、ヒノクニでも活用できる情報は多いはずだ。少なくとも侑子の知る限り、二つの世界の地形にはよく似たところがあった。

 侑子はページを繰り始めた。有益そうな箇所を選んで、送るつもりなのだろう。

「大丈夫だよ、きっと」

 言ってから、蓮はわずかに唇を噛んだ。

 何が大丈夫なのだろう。

 自分の言葉には、何の根拠もない。

 それでも、眉間に皺を寄せたままページを繰る侑子を見ていると、口にせずにはいられなかった。

 ふと、机の上に散らばる写真が目に入った。

 眠る小さな赤ん坊。

 その隣で微笑んでいる、不思議な色の瞳をした女性。

 確か、リリーという人だ。侑子がヒノクニで最初に出会った人。

 別の一枚には、ギターを構えたユウキ。その傍らで、金髪の男性が赤ん坊を愛おしそうに見つめている。エイマンという人だったはずだ。

 オレンジ色の髪の少年が、ひどく緊張した顔で赤ん坊に哺乳瓶を向けている写真もある。鹿児島からヒノクニへ渡った、遼と同い年の少年。

 そしてもう一枚。

 赤ん坊を抱いた女性を中心に、色とりどりの髪をした人々が並んでいる。

 みんな、笑っていた。

 蓮はその一枚をしばらく見つめた。

 この人たちなのだ。

 四年前、突然家族の前から消えてしまった侑子を、一年間支えてくれた人たち。

 帰ってきた侑子は、随分変わっていた。

 蓮には知らないことがたくさんある。

 写真の中の人々とは、一度も会ったことがない。

 それでも。

――俺も、助けたい

 そう思った。

 侑子が助けたいと願っているからだけではない。

 この写真の中にある笑顔が、一つでも恐怖や絶望に変わってしまうのは嫌だ。

 ただ、そう思った。

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