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硝子の鱗

「その衣装も、魔法で作ったものなの?」


 侑子の言葉に手を止めた。

 着衣を元に戻そうと、胸元に手を翳していたところだった。既に化粧と髪は戻していたので、灰色の短い地毛は、夜風を遮ることなくまっすぐに通す。結い上げていた髪の重みから解放されたユウキは、肩を回しながら頷いた。


「そうだよ。デザイン画は描いたけど、物質として作り出したのは魔法」


 指輪とピアスも外したので、ユウキの身体を彩るのは、衣装だけだった。侑子は長身の彼を、しばし見上げる。


――夢の中の人からは、少しだけ離れたかも知れない


 化粧と髪型の成す効果は、相当大きかったのだろう。

 まっすぐ侑子を見下ろす、緑の瞳。その色は夢の中に出てきたことはなかったと確信できたし、毛先があちこちに跳ねた灰色の短髪は、あの魚の頭には生えていなかった。断言できる。


「衣装、触ってみる?」

「え。いいの?」


 ユウキは頷いて、一歩侑子に近づいた。侑子の方も一歩進んで、そっと手を伸ばす。手首を隠していた袖先部分の鱗に触れた。

 それは深い紺色をしていて、すぐ隣の鱗よりも僅かに濃い色であることが分かった。硬く、少し冷たい。なぜ割れないのか不思議だったが、やはり薄い硝子のようだった。

 更に目を近づけて観察してみる。下地の布は、絹のような滑らかな光を放っている。その布と鱗とを縫い付けているのは、蜘蛛の糸のように細く透明な糸であることも分かった。くっついているのは鱗の上部だけなので、裏側から指先で掬い上げることができる。重みは殆ど感じない。指先が透けて見えるので、相当薄い硝子のはずだ。ユウキがどんなに激しい動きをしても割れることがなかったのは、どういうことだろう。これも魔法なのだろうか。

 そんな謎の鱗の流れに逆らって、下からそっと撫で上げると、鱗同士がぶつかり合い、シャラリと美しい音が奏でられた。


「……ふふっ……容赦なく触るね」


 ユウキが、くすくすと笑った。

 侑子はあっと小さく声を上げ、すぐに手をひっこめる。


「ごめんなさい。つい」


 不思議な鱗が気になって、確かめたくて仕方なくなってしまった。それに、夢の中の半魚人の鱗には、いつもこんな風に好きに触っていたものだから、つい遠慮を忘れてしまったかもしれない。


「いいのいいの。この鱗、綺麗だろう。夢の中で見たんだ」


 ユウキの言葉に、侑子は思わず「えっ!」と大きな声を出してしまった。


「夢の中?」

「うん?」


 予想外の反応の大きさに、首を傾げながらも、ユウキは言葉を続けた。


「子供の頃からよく見る夢があってね。俺の身体は顔まで沢山の青い鱗で覆われているんだ。その鱗はとても美しくて、包まれているような安心感があって。あの夢の中だ! と分かったときは、いつも嬉しい気持ちになるんだ」


 ユウキは侑子の腕をひいて、昼間座っていたのと同じベンチへ移動した。並んで腰かけると話を続ける。


「その夢の中では、自分の鱗は細かいところまでよく見えるのに、他の物はよく見えない。変にもどかしい思いをするんだ。おまけに喋れないし、耳もよく聞こえない。だけど全然嫌な夢じゃなくて、楽しいとか嬉しいとか、そういう幸せな感情で溢れてる。不思議な夢なんだ」


 思い出しながら語るユウキの目線は、空へと向けられていた。すっかり太陽は姿を消している。一方で街の灯りはすっかり賑やかだった。月の姿のない黒いはずの夜空は地上から照らされ、ぼんやりと淡い紺色に見えた。

 ユウキは夢の情景を思い出しながら話しているのだろうか。夜空を見つめる緑の瞳に、オレンジ色の街灯の光がさしこんでいた。


「その夢の中に、誰か出てきた?」


 慎重な口調だった。侑子の問いには、すぐに答えられる。何しろ、何度も繰り返し見てきた夢なのだから。


「誰かと遊び回る夢なんだよ。あまり見えないし聞こえないから、その誰かの姿は靄がかかったみたいにあやふやなんだけど……」


 シャラリと鱗を鳴らして、ユウキは長い足を組んだ。下穿きの裾から褐色の肌が覗いた。 


「ユウキちゃん、その夢……その夢はさ」


 口ごもった少女に視線を移すと、その顔は酷く強ばっている。どうしたのかとユウキがたずねる前に、彼女は残りの言葉を絞り出した。


「ぐるぐる回転して終わらない?」


 予想外の侑子の言葉に、ユウキはぽかんと口を開ける。


「そうだけど、なんで」

「あと、あと……夢の中では水掻きもついてない? 両手に。透明で透けてるやつ」

「ユーコちゃん?」

「一緒に遊び回る誰かは、鱗や水掻きを触って喜んでなかった……?」

「……」


 空中で二つの視線が絡まり合い、しばらくの間、その絡まりは解かれることはなかった。

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