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ヒノクニ

 今日の公演も盛況で終わった。

客の反応も良かったし、金も結構集まった。


 ユウキは常連客と世間話をしながら、チラリと侑子の様子をうかがった。少女は少し離れた場所から此方を見ていた。軽く手を振ると、振り返してくる。


「あの子は友達?」


 常連客の一人がきいてくる。


「今日の人形さんのモデルだね」


 マリオネットの頭に視線を投げた。ユウキは笑顔で頷く。


「さっき知り合ったんです」

「さすが色男。女友達には事欠かないな」


 ユウキは曖昧に笑って受け流す。確かに女性に誘われることは多かった。気が向かなければ適当にあしらったり、相手にしないということもすっかり覚えてしまっていたが。


「それにしても、黒髪とはね。あそこまで地毛が黒い人って、見かけないよな。あの子は染めていないみたいだし、珍しいよ」

「まぁ好みは人それぞれだから。それに今日の見たら、黒も良いもんだって思ったよ。モリオンとは良い比喩を思い付いたもんだ」


 常連客たちが頷いた。横でマリオネットの人形と戯れていた子供達が、母親に手を引かれて帰っていく。小さな手をぶんぶん振って別れの挨拶をしていた。操作棒を操って人形の腕も振って見せると、子供達は顔を輝かせながら去っていった。


「それじゃあまた、是非いらっしゃってくださいね。来週の同じ時間に来る予定ですから」


 次回の予定日時を伝えて見送ろうとするユウキに、客の一人が人形に視線を移して、思い出したように呟いた。


「そういえばその服……見覚えがあったんだ。今思い出したよ。確か『トコヨノクニ』で、よく着られるものなんだってな」


 男の言葉に、ユウキが僅かに目を見開く。


「トコヨノクニ……って、あの?」

「そう。たまにいるんだろ? あっちからくる人って。ユウキちゃん、知らないでこの服人形ちゃんに着せたのか?」

「はは……友人が被服に詳しくて。色々と衣装の本を見せてくれるんです。その中で見かけて、印象に残っていたんですよ。そこまでは気にしていなかったです」


 尤もらしい事を言ってかわすと、男はあっさりとそうだよなぁと相槌を打って笑った。


「滅多に来ないから、身近で見なきゃ、お伽噺みたいなもんだよな。あぁでも国の混乱期以降にやってくる事が多いらしいから、もしかしたら今、そんなタイミングなのか?」

「本当に最近やっと落ち着いてきてきたよねぇ」

「物価もずっと高かった! 生活必需品に限って高いんだから、自力で作れない家庭は相当大変だっただろうに。本当に落ち着いてきて良かったよ」


 帰りかけていた別の客も、そんな会話に再び加わってきた。世情の話題には皆敏感だ。


 そして今のこの国――()()()()は、正に混乱期をようやく乗り越えたばかりと、国民の多くが実感している時だった。


「陛下もようやく祭事に復帰されるらしい。ここまでくれば、本格的に安定してくる見通しが立つってもんだ。国民としてはホッとするな」


 陛下とは、ヒノクニを統べる(おおきみ)のことだ。太古の昔にこの国の基盤を作り上げ、代々その血脈を受け継ぎながら、国を守り続けてきた家系の長である。


 近代以降、他国に倣い立憲君主制を導入した現在は、政治に介入することは殆どなくなり、神事と公務に携わる。

 絶大な神力(王の血筋においては魔力とは呼ばない)と、特別な(マタナ)を持つと言われ、政治に介入しなくとも、国内外に多大な影響力を及ぼす、唯一無二の存在であった。


――混乱期以降、か……


 混乱期。それは五年前に起こった、大きな政争を発端とする混沌の時代を指す。内戦といってもいいかもしれない。


 当時政権を担っていた与党『空彩党(くうさいとう)』と、勢力を拡大しつつあった野党の一部が、激しく武力衝突したのだ。戦地となる町が出て、多くの国民に被害が及んだ。

 無政府状態に陥りそうな混乱に乗じ、他国が領土を侵攻しようと画策したりと、国は大きな危機を迎えた。結局最大勢力に成長していた野党『平彩党(へいさいとう)』が政権を奪取する形で、終息させたのだった。

 短期間での終息ではあったが、国全体が受けたダメージは甚大だった。

 ユウキの身近でも、この政争によって家族を失った者や、生活苦に陥る者が多く出た。永く平和で安定した時代を維持してきたヒノクニにとって、正に暗黒の混乱期であったに違いない。


「もうあんなごたごた、まっぴらだよ。どれだけ死んだと思ってるんだ。上に立つ者には、しっかりやってもらわないと」

「……それにしても不気味だよな。あの政争の原因、未だにはっきりしないんだから」

「……」


 皆無言になった。ユウキも、顎に手を添えた。

 そう、あの政争はなぜ起きたのか。原因は何だったのか、曖昧なまま争いは終わっていた。

 政権を奪取した平彩党党首は、「空彩党が不当な政治取引を行い、我が国が不利益を被る外交を行った」と語ったが、肝心の詳細が、末端の国民にまでは伝わってこなかった。

 出鱈目なのではないかと囁かれたが、戦後処理の慌ただしさと、自分達の生活を再び立て直すことに市井の人々は忙殺されていた。

 ようやく生活が回りだした頃、様々な出所の分からない噂が流れたものだった。


「空彩党が他国と繋がって国を売ろうとしていた」

「王の神力を悪用した空彩党員が神事予算を横領した」


 など……その多くが空彩党を悪く言うものだったが、確たる証拠もなく消えていき、いつのまにか新しい噂が出回るという様相だった。


 それは今も続いている。


――まだ混乱期なのかも知れない。それにしても……


 ユウキは侑子に視線を向けた。

 何か考え事をしているのだろうか。どこを見るともなく、ぼんやりとした表情だった。編み下げた黒髪からこぼれ落ちている一房が、静かに風に揺れていた。


 先程彼女に巻いてやった大きな布は、侑子の足元までを、すっぽり覆っている。見慣れない服だと思わせる特徴的な襟とリボンのようなもの、規則的なプリーツのスカートは、完全に隠れている。見えるのは、ユウキが作った青い靴だけだ。

 隠しておいて、正解だったかもしれない。


「暗い話は終いにしよう。折角良い歌を聞いたばかりなんだ。ユウキ、今日も楽しい時間をありがとう」

「ユウキちゃん、またね」

「次も楽しみにしてるから」

「ありがとうございます。おやすみなさい。良い夜を」


 ユウキは常連客たちと今度こそ別れの挨拶を交わした。

 荷物をまとめ、マリオネットを抱えて、黒髪の少女の元へ歩み寄っていった。


◆◆◆



 常連客を見送ったユウキが、こちらへ近づいてきた。


「お待たせ。どうだった?」


 白い歯は紛れもなく人間のものだ。尖っているのは犬歯だけ。人形を抱える指先には、透き通る水掻きもない。

 侑子は思考を振りきるように、微笑んで答えた。


「とても素敵だった。まるで青い人魚みたいで」

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