トコヨノクニ――パーティの計画
封筒の口を下にすると、数枚のキラキラ光るものが侑子の手のひらに落ちてきた。
一つ一つ微妙に色合いの異なる青っぽいそれは、彼女にとって馴染みの物。
「いち、に、さん、し、ご……」
今回は五枚。硝子の鱗が同封されていた。
ユウキが手紙の中に鱗を入れるようになったのは、二人がこの奇妙な文通の仕組みとルールを探っている時だった。便箋以外の物を入れても相手に届くのか――結果としては、先程読んだユウキからの手紙に書いてあった通りである。写真やこの鱗のように、厚みがあまりなく、封筒の封が閉じられるものであれば大丈夫なようだ。
「私もユウキちゃんの声が聞きたいよ」
広げたままの便箋に向かって、侑子は呟いた。応える者はなく、窓の外を往来する車の音だけが耳に入ってきた。
机の上の定位置にある、銀色の箱の蓋を開けた。数年前のバレンタインデーに愛佳からもらったチョコレートの空き容器だった。数十枚の硝子の鱗で、既に底は見えなくなっている。
侑子は手の中で輝く五枚の鱗を、その中に加えた。
――いっぱいになったら、次は透明な瓶の中に貯めてみよう
瓶ごと光りに翳したら、きっとたまらなく美しいはずだ。満杯にせず、少しだけ余裕を持たせて蓋を閉めて、そっと振ってみたい。瓶に水を入れたら、スノードームのようになるだろうか。水の中で煌めきながら、踊るように硝子の鱗が揺らめくのだ。色々な光りに翳してみよう。窓の外の夕日、街中のイルミネーション、朝日を浴びて煌めく川面。
このペースなら、あっという間に次の容器もいっぱいになるのだろう。
ユウキも侑子も、二人共かなりの筆まめであった。
◆◆◆
「これ、ありがとう」
ずっしりと重たくなった紙袋を、裕貴の机の上に慎重に置いた。
席の主は侑子の方へ身体を向けると、期待に満ちた瞳で彼女を見上げてきた。
「どうだった?」
「とっても良かった」
きっと裕貴本人には自覚はないだろうが、そんな感想しか受付けない気満々の表情である。しかし侑子は素直な言葉で彼を喜ばせる自信があった。
「いつも貸してくれてありがとう。よろしく伝えておいてね」
「うん。伝えておくけど、礼なんて言わなくても次もどんどん来るよきっと。若者に自分の好きな音楽聴かせるの、生きがいみたいなもんだからさ。こっちこそありがとな、いつも付き合ってくれて」
軽音同好会に所属してからというもの、侑子は裕貴――正確には彼の祖父母から、数々の国内外ミュージシャンのCDを借りることが習慣になっていた。裕貴の祖父母は若い頃からの音楽好きで、自宅には彼らが長年買い集めてきた大量のレコードやCDで溢れているのだという。
彼がギターに興味を示したのも、そんな家族の影響なのだそうだ。
「ちなみに……今回どれがよかった?」
紙袋の中には十枚のCDが入っており、それらは裕貴と祖父の二人で選んだものだった。侑子にどのミュージシャンのどのCDを貸し出すのか、選定作業はいつも白熱するのだという。
「どれも良かったよ。一番印象に残ったのはプリンス、あとこのホワイト・ストライプスってバンドもカッコよかったな。二人組なんだね。ギターとドラムだけって珍しいなって思った」
侑子は紙袋の中から二枚を取り出した。目を閉じた男性がマイクを構えているジャケットと、赤と白二色のコントラストが印象的なジャケットが机の上に並んだ。
「やった! それ俺のイチオシだったんだ。カッコいいよな、ホワイト・ストライプス。結構前に解散しちゃったけど。プリンスはじーちゃんが大好きだから、きっと喜ぶよ。どんどんゴリ押ししてくると思う――今年亡くなったんだ。すごくガッカリしてた」
「そうなんだ」
息を呑んだ侑子のその言葉は、始業開始を伝えるチャイムに重なった。席へ戻ってくる生徒達の足音と、椅子の足が床を擦る音で騒がしくなる。
「あとでゆっくり話そう」
机の脇に紙袋を引っ掛けた裕貴は、隣の席に着いた侑子に笑いかけた。
◆◆◆
「クリスマスパーティ?」
「やろうよやろうよっ! 学祭以来雰囲気もサイコーだしさぁ。皆でワイワイしたくない? 絶対楽しいって」
提案したのは二年の市川綾だった。ドラムスティックを握りしめたままの彼女は、この軽音同好会の現会長である。くせ毛のショートボブが印象的なよく笑う少女で、明るいムードメーカーでもあった。
会長の突然の思いつき発言だったが、第二音楽室にいた面々は「楽しそう」「やりたいね!」などとあっという間に乗せられている。
ちなみに現段階の軽音同好会の会員数は五人。夏休み明けに遼ともう一人いた三年生が引退したので、二年生二人と一年生三人という構成である。このうち一年生の二人は学期始めに入会したばかりの侑子と愛佳だった。
「六人だったら、お店とか予約なくてもいけるかな? 佐藤先生、どう思う?」
浮かれ始める中学生達を見守っていた顧問の佐藤は、話を振られてうーんと呻る。
「まあ大丈夫じゃないかな。けど店ではしゃぎすぎるなよ。言っておきますが、先生は奢れないからな。パーティしたいなら、本当はどこか場所を抑えたほうが楽しいとは思うけどね」
三十代半ばの数学教師である佐藤は、もじゃもじゃの天然パーマに太い黒縁眼鏡をかけた、長身の男だった。侑子のこの顧問に対する第一印象は、『アオイくんとハルカくんを足して二で割った感じ』だったのだが、そう報告した手紙へのユウキの返事に『ぜひ写真を見てみたい』と書かれていた。侑子は先日の学園祭で撮った集合写真を、次の手紙に同封しようと考えている。
「確かに。せっかくだったら音楽流したりしたいね。軽音同好会なんだし」
「カラオケは?」
「良いかも知れない」
ああだこうだと意見が飛び交う。今日の活動時間はこのままクリスマス会企画で終わりそうだ。しかし侑子はこんな雰囲気も嫌いではなかった。
「音楽かけたいなら、俺の家使うのはどうですか?」
発案したのは裕貴だった。肩からギターをかけたまま、片手を上げて提案する。
「先生入れて六人、引退した三年生も誘って八人ですよね。うちなら音楽かけるの余裕だし、周りも畑と川だから騒いだって平気ですよ」
「ああ! 裕貴んちか。それいいかも」
思い出したように声を上げたのは、二年の鈴木竜介である。彼の担当楽器はベースだった。
「鈴木くん、野本くんの家行ったことあるの?」
「小学校同じだったし、幼稚園も一緒だったよ。母親同士知り合いだしね」
「えー! 初耳!」
綾はダン! とバスドラムを鳴らして驚きを強調した。
「おうちのかたは? いいのか?」
佐藤の問いに裕貴はすぐ応える。
「大丈夫ですよ。うち、しょっちゅう友達遊びに来るし。家族もこういうこと慣れてるから」
「やったぁ。じゃあとりあえず野本くんちで決定でいいかな? 野本くん、一応ちゃんと家の人に確認しといてね。 皆で料理とかお菓子とかちょっとずつ持って行くのどう? 楽しそうじゃない?」
「わあ。いいですね!」
綾の提案に愛佳は顔を輝かせた。
「本当に大丈夫? 決まっちゃったみたいだけど」
持ち寄りの担当と品目決めの話し合いにシフトした会員達を横目に、侑子は裕貴に心配そうな顔を向けた。
「全然平気だよ。きっとやるとしたら冬休み入ってからか、土日でしょ? うち両親は平日は仕事でいないけど、じーちゃんはいつも家にいるからさ。こういう賑やかなこと、すごく喜ぶ人だし」
ニコニコと微笑みながら、裕貴は続けた。
「それに、ずっとうるさかったんだよ。ゆうちゃんを家に連れてこいって」
「私?」
予想外の言葉に目を丸くする。
「じーちゃん、学祭観に来てたんだ。ゆうちゃんの歌を気に入ったんじゃないかな。それに押し売りみたいに貸してるCDだって、いつも真剣に聴いてくれてるしね。直接会って音楽談義したいのかも」
「そうだったんだ。観に来てくれてたんだ」
侑子は少し前の学園祭を思い出した。軽音同好会はステージ発表として、数曲を披露したのだった。とは言っても、会員ほぼ全員が楽器初心者、愛佳に至ってはほんの二ヶ月前に初めてベースに触ったばかりだった為、本格的なバンド演奏で聞かせることができたのは一曲だけだった。残りはギターのみ、ドラムで拍子を取るのみの演奏となり、そこで歌い手となったのが侑子だったのだ。
「褒めてたよ。いい声だって。確かにゆうちゃんの歌は印象に残る。俺もすっごく良いと思う」
「ありがとう」
面と向かって褒められると照れるものだ。熱くなってきた頬を隠すように両手で覆った。
「じーちゃんに会ってやってよ。ああ、そうだ。どうせなら……。先生!」
何か思いついたことがあったようだった。裕貴は片手をあげて顧問を呼んだ。




