夢の中
コーヒーカップはくるくると旋回する。
小さな円盤状のハンドルを回す度に、侑子とその人を乗せたカップの回転は加速していく。
すっかり日が落ちて藍を深くした空は、金色の外灯や店々のネオンが織り成す七色の灯りを鮮やかに描き出していた。
回転が早くなるにつれ、そんな万彩の灯りたちは、尾を伸ばしたように侑子の目に映る。
『こんな風に光が移動した跡を写す写真の撮影方法を、バルブ撮影と呼ぶんだよ』
図書館で借りてきた天体図鑑を広げながら解説する兄の声が、耳の内に甦る。
その図鑑には、無数の星々の光の跡を写した写真が沢山載っていて、貸し出し期間の間、侑子は何度も何度も眺めたものだ。
すっかり頭に焼き付いた、美しい星空写真の数々。それらが今、目の前で映像になって動いているかのような錯覚に陥る。
しかし、それは一瞬のことだ。
目の前に座る人物に焦点を合わせれば、瞬時に侑子は理解する。
これが夢の中であると。
――またあの夢を見てるんだ
目の前の人物。
正確には人ではないのかもしれない。
青や紫のガラスのような鱗に覆われたその人の身体は、回転する灯りに照らされて、キラキラと瞬いている。
――やっぱり何度見てもきれい
目尻の上がったアーモンド型の目は大きく、澄み切った湖の底のよう。その瞳がどこを見ているのかは分からない。
顔はこちらを向いているのだから、多分侑子を見ているのだとは思うのだが。
僅かに開いている口許から、びっしりと並んだ鋭い歯が覗いている。
――魚の顔
見慣れてしまった侑子はなんとも感じないが、きっと初めて目の当たりにしたら、誰もが悲鳴を上げると思う。
目の前の人物は、半魚人なのだ。
半魚人なのだから、もちろん足がある。装飾が鱗そっくりなので、境目が曖昧だが、多分靴もはいている。二本足で歩くその歩幅は広く、脚は長いのだとわかる。
腕もある。
人間と同じ五本指もある。ただし、第一関節付近まで。水掻きもついている。その水掻きがとても薄く、光に翳すと向こう側がうっすらと透けて見えることを、侑子は知っている。今よりうんと小さな頃、そんな水掻き越しで見る光が面白くて、しばらく夢中で遊ばせてもらったことがあったのだ。無遠慮に手首を掴み、街灯や月の光を透かして眺めたものだ。そんなことをしても、半魚人はちっとも不快がるそぶりもなく、侑子のされるがままになっていた。
そう、十三歳の今よりずっと前――もう何歳のころだったのかも思い出せないほど幼い頃から、侑子は何度も夢の中で繰り返しこの半魚人と会っていた。
回転が早くなった。
侑子と半魚人が乗るコーヒーカップは、遊園地の定番のアトラクションの一つだ。
二人はいつも、一番最後にこの遊具に乗る。
――もうすぐ目が覚めるんだ。もう終わり
これが夢だと強く認識すると、ふわりと脳が浮遊するような感覚が生まれる。それから、じんわりと全身が汗ばんで、周囲の湿気を感じとった。
――そっか。寝ている間に、クーラーのタイマーが切れたんだ
身体にまとわりつくタオルケットの感触が分かり、目の前の青い魚の輪郭はぐにゃりと歪む。
「じゃあね。また今度」
最後の言葉は、目覚める寸前の寝言となって放たれた。
侑子は瞼を上げた。