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 ――……魔物の襲撃というのは突然である。



 いい買い物をした、と少し軽くなった足取りで歩いていた私は、北の大門近くをふらついていた。


 王都を取り囲む防壁には、よっつの大門が存在する。

 それぞれ東西南北の位置に配置されたその大門からしか王都に入ることはできない。

 またよっつの大門からは、それぞれ王都の中心へ向かって大きな道が伸びており――上空から王都を見れば、丁度十字の形が確認できるだろう――それぞれの道が交差する地点には、この王都を象徴する王城が建っている。


 そんな、王都へと続く大通りの一本を歩いていた時だった。


「……? 地震?」


 地面が揺れたような気がして、動かしていた足を止めた。


 歩いていて揺れを感じたのだから、震度3とか震度4くらいかしら? 慌てることなく、冷静に首を傾げて思う。

 ぐらぐらとやはり揺れを感じ、私は取り敢えず建物から離れた場所に移動しようと広間の中心へ向かおうとしたところで――どんっ! と足元を突き上げるような酷い衝撃が走った。


「っ」


 軽く体が浮いた。

 次々と耐え切れず地面に尻餅をついたり、倒れこんだりする通行人は、驚愕の表情を浮かべて辺りを見回す。


 転ぶことはなかったが、なおも続く揺れに耐えるため、私はその場で膝をついてやり過ごそうとした。

 どんっ、どんっと続く揺れは、徐々に大きくなっているように思う。


 そして、唐突に揺れが収まった。


「何だったんだ……?」


 地震にしては、妙な違和感があった。

 ゆっくりと立ち上がろうとして――「今すぐに退避しろ!」という叫び声が頭上から聞こえた。


 え? と思ったのは私だけではないようで、ぽかんとした顔で上を見上げる者が何人かいた。


「衛兵たちだな……?」


 見上げている誰かが呟いた。


 北の大門の上に慌ただしく動く人影が見える。

 叫び声は、おそらくあの中の誰かが発したものだろう……風の魔術を使っているのか、これだけ距離が離れているのに聞こえてくる。

 

「おい、急いで離れるぞっ」

「ああ」


 この状況を察したのか、何人かが焦った様子で移動を始める。

 その人数はどんどん増えていき、みんな大慌てで大門から離れようとしているようだった。


「おい、仮面のあんたも急いだ方がいい!」


 動かない私を見つけた男が、通り過ぎざまに声をかけてきた。


「あの、何が起きているんですか?」

「あんた、王都は初めてかい? あれは、警告さ、魔物の襲撃を知らせるね」


 ほら、急いで、と背中を叩かれ、ようやく止めていた足を動かす。


「大門の近くに現れると、個体によってはそこから王都内に侵入してくることがあるからな。特に今は祭りの最中で扉を開け放っているから、その可能性は極めて高い。守られる対象の俺たちは、さっさと奥に引っ込まないと、衛兵も駆けつけた騎士団の奴らも苦労するのさ」


 男は状況がいまいち把握できていない私に、走りながら説明をした。


「なるほど」

「そういうことさ」


 教えてくれた男にお礼を述べて、ちらりと背後を振り返る。

 襲撃してきたという魔物の姿は見えないが、あの門の外にいるのだろうか。


「っうあ」


 どんっ! 一際大きな揺れが地面を大きく震わせた。先程までの揺れとは桁が違う。

 びしり、嫌な音と共に舗装された道に亀裂が走る。


 走った亀裂はどんどん広がり、何かがそこから突き出した。


「ひっ、」


 誰かが息を吸い込んだ音を皮切りに、悲鳴が広場を埋め尽くしてゆく――一気に広場はパニック状態に陥っていた。



 亀裂から現れたのは、禍々しい姿をした一匹の魔物だった。



「なんて大きさ……」


 殻を破るような動きで地面から這い出た魔物の体躯は大きく、爬虫類を思わせる姿だった。


 ――鰐っぽいけれど、鰐が可愛く思えるわね、これは。


 こんなに魔物らしい魔物は、初めて見た。

 腹ばいの体勢でいるにも関わらず、高さはゆうに5メートルはある。大きな体躯は、一体全長何メートルあるのだろうか。


 魔物が地面を割って這い出た場所が、王都で一番の大通りだったから建物などの被害はないが……。


 のそり、緩慢な動きで魔物の顔がこちらを向いた。

 たったそれだけの動きで、悲鳴を上げていた者たちが口を紡ぐ。逃げようとしていた体は金縛りにあったかのように硬直していた。


 ――やっぱり、鰐の方が可愛げが何百倍もあるわ……!


 てらてらとした赤黒い鱗にびっしりと覆われた体、開いた真っ赤な口の中に見えたのはちらつく炎――鰐じゃない、もうこれはドラゴンだわ。


 魔物と対峙したことは何度かあるが、明らかにこれは今までと格段にレベルが違う。絶対にやばいやつである。


 魔物も、私たちも動かない……いや、人間側(獲物)は動くことができなかった。

 一歩でも動けば、この緊迫した空気が壊される。そうすれば、あの魔物は間違いなく襲いかかってくるだろう。


 ――けれど、いつまでもその間が持つはずがなかった。


「っ」


 魔物は動かなかった。動いたのはこちら側だ。


「ぅ、うわああああああ!」


 耐え切れなくなった者から順番に、叫び声をあげながら走り出す。

 死に物狂い、そんな言葉がぴったりなほど、逃げる者たちに余裕は感じられなかった。


 魔物が咆哮する。ビリビリと耳に痛いほど響く咆哮だった。


 私は、向かってくる魔物の姿を、目を見開いて見ていた。だから、よく見えていた。


 恐らく衛兵たちが、魔物の足止めをしようと魔術を放ったところを。

 それらを尽く跳ね除け、迫ってくる巨体を――逃げる人々の波から外れ、蹲った子供の姿を。


 迫り来る魔物の前で、子供は呆然としていた。


「何、しているの」


 腹ばいで進む魔物の動きは巨体に似合わず素早い。子供がいる場所は、もう目の前に迫っていた。


 衛兵たちの魔術が飛び交う、逃げる人々の中で子供に気づき足を止めた者も参戦する――のに、魔物にそれらは効いていないように思えた。

 村で見せてもらった魔術より十分強力そうに見えるそれらが一切通用していない。


 ああ、だめだ。私は、一歩足を踏み出す。


 ――だめ。


 魔物と子供の距離はもう数メートルもなかった。

 伸ばした手を真っ直ぐ魔物に向けて、私は口を開いた。


「――風よ(ヴェント)


 出せる限りの力を込めた風の魔術は、魔物の巨体を吹き飛ばすことはできなかったものの、ひっくり返すことはできた。


「なっ」


 ひっくり返った魔物の姿は衝撃だったらしい。

 逃げずに留まり、子供を助けようとして魔術を放っていた数人が驚愕の表情で私を見つめていた。


 それらの視線を受けながら、もう一度「――風よ(ヴェント)」と唱えて、蹲った子供の体をこちらへ引き寄せる。

 負荷がかからないよう慎重に、けれど素早く引き寄せたその体を受け止めた。


「……?」


 きょとんと私を見上げる子供に「大丈夫?」と聞くと、戸惑いながら頷いた。

 間に合ってよかったわ、とほっとしつつ、私は子供を抱えたまま一番近くにいた男の元へ近づいた。


「この子をよろしくお願いします」


 男は戸惑ったように子供を受け取る。


 さて、と私は魔物の方へ目を向けた。

 ひっくり返った魔物は、グルグルと唸りながら短い手足をバタつかせ、何とか体勢を戻したところだった。


 手を出してしまった以上、仕方がないことだと思うが……私は完全にロックオンされたらしい。

 ギラギラとした目で見据えられた私は、さしずめ“狩るべき獲物”というよりも“討ち取らなければならない敵”ってところかしら。

 

「悪いけど、もう少し大人しくしてて」


 周りの人はもうほとんど避難し終わっていたが、子供を助けるために留まっていた者がまだ残っている。

 風の魔術で巨体を押さえつけると、苛立ったように大きな咆哮が響いた。


「今のうちに行ってください!」


 咆哮をかき消すように彼らに向かって叫ぶと、弾かれたように駆け出した。


 残念ながら、彼らの魔術ではあの魔物に対抗は難しいだろう。かと言って、私に相手が務まるかと問われればそれも疑問なのだが。

 私は魔物を睨みつけて、ふうっと息を吐き出す。


「どうしたものか」


 風の魔術には足止め以前に、攻撃の意味もあるのだけれど、様子を見る限りあまり効いていないように感じる。

 クプソン村付近で遭遇した魔物には効果てきめんだったのに。


 それでも、多数の魔術を意にも介していなかった魔物が、私の魔術だけで動くこともままらない様子を見ると、うまくいけば何とかすることができるかもしれない。


 焦っても仕方ない、と次の手を考えようとしたところで、私の前に数人の男たちが現れた。

 衛兵たちだ。


 彼らは私を守るように立つと、火の魔術を繰り出した。


「あのまま足止めは可能ですか?」


 衛兵の1人が私を振り返る。


「ええ」

「すみませんが、そのままでどうかお願いします」


 私が頷くと、彼は周囲の仲間たちに指示を飛ばした。

 

 一斉放火、その言葉がふさわしい。

 衛兵たちは揃って火の魔術を魔物に浴びせる。よく見ると、門の上の衛兵たちも火の魔術で加勢していた。


 火が弱点なのか……? 風の魔術では効果がないように思えたが、火の魔術を受けた魔物は嫌そうに首を振り、逃れようとする。

 させまい、とさらに気合を入れたところで、足元がぐらついた。


「っまずい!」


 衛兵たちが焦ったように地面を蹴った。

 何事だ、と空に浮いた衛兵を見上げていると、ぐっと腰に力がかかる。


「失礼」

「う、わ」


 先ほど私に話しかけた衛兵に腰を抱えられ、一緒に空中へ飛び上がった。


 その直後、私たちが立っていた場所が盛り上がり、突き破るようにして岩が隆起した。

 先が鋭利になっている岩だ。あのまま留まっていたら無事じゃすまなかっただろう。


「これは……地の魔術?」


 どおりで風の魔術が効かないと思った。

 十分な距離を取って地面に降ろされた。その間も足止めの力を緩めないことに集中する。


 効かないとわかっていても、あの巨体が自由に動くだけで多大な被害を与えるだろう。

 それを当然理解している衛兵は、私を伺うように見た。


「まだ、足止めは可能ですか?」

「大丈夫です」

「……すみません」


 絞り出すように口にした謝罪に、気にするなという意味を込めて私は首を振った。どうせ乗りかかった船だ、まだ力に余裕はあるし、今更身を引くつもりはない。


「足止めはできますが、私の魔術ではダメージを与えられませんので」


 だから、今の内に討伐してもらいたいところなんだけど。

 口にはしなかったが、心の中で思ったことを察したのだろう、衛兵は苦しげな顔になった。


「しかし……私たちだけの力では……」


 魔物の攻撃を躱した後も、休むことなく火の魔術は放たれているが、決定的な致命傷は与えられていない。


「私たち程度の火力では……せめて、騎士団が来てくれれば」


 この非常事態、王宮騎士団へ応援の要請は既に手配されていると衛兵は告げた。苦しそうな表情で「騎士団が到着するまで力を貸してほしい」と頭を下げられる。


 それは、構わない。構わないのだが……。


「火力、」


 衛兵の言い方だと、あの魔物にダメージが入らないのは火力のせいだと言っているように聞こえる。

 先ほどから魔物に向けられている魔術が火に集中しているのだから、弱点属性が火なのだということは明白だが……。


「火力が高ければ、あの魔物は倒せるんですか?」

「……あの体のどこかに核となる鉱物があります。それを燃やし尽くすことであれは絶命します」


 しかし、鉱物である核を燃やすにはそれ相応の威力が必要で、さらに個体ごとに核がある位置が違うため、あのレベルの対象になると相当の使い手が必要になる。


「核は体内にあるんですか?」

「いえ、体外です」


 場所が特定でき、そこを集中砲火すれば破壊できる可能性があるのに、と悔しげに衛兵は言った。

 しかし、動きを封じているとはいえ、核を探そうと近づくのはかなり危険な行為だ。あくまで足止めをしているだけで、魔物の扱う魔術を封じているわけではないのだから、近づけば当然狙われるだろう。


 私は、ゆっくりと魔物の巨体を観察し、ひとつ頷いた。


「……なるほど――早い話がつまり、あの体を燃やし(・・・・・・・)尽くせばいい(・・・・・・)んですね」


 小さな声で呟いて、ふっと、力を抜いた。

 途端、気づいた衛兵が驚愕の表情を浮かべ私を見た。


「魔力切れですか!? 今すぐ退避を……!」

「違います」


 どうやら魔力切れと思われたようだけど、そうではない。

 すぐに否定して、少しだけ後ろに下がってくれと告げる。


「何を……?」

「燃やします」

「燃やす……? 貴女、風の(ヴェント)魔術師(ソルティースト)ではないのですか?」


 衛兵の発した聞きなれない言葉に、首を傾げたが、すぐに魔物へ視線を戻し両手を伸ばした。



「……火よ(ファイロ)



 静かな声で呟く――けれど巨体を焼き尽くす業火を頭の中に思い描いた。

 周りの空気が変わる。温度がどんどん上昇していく。急速に温められた空気が風を起こして、熱風が私の髪を乱した。


「燃えろ」


 巨体、それを上回る巨大な炎の塊が魔物を飲み込んだ。



 


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