13「叶わない再会」
ひらひらと手を振りながら近寄ってくる女生徒の姿が、ライハの視界へと映る。
人懐っこい笑みを浮かべ、同級生の『フェルト・ルーセンベルト』が二人へと割り込んだ。
パッチリとした目に腰元まで伸びた鮮やかな桃色の髪。
制服を着崩し、本来は付けているはずの胸下のリボンは付けず、開けっ広げだ。スカートも短く、不良風とでも言うのだろうか。
それはそれとして、彼女が声をかけてくるのは割りかししょっちゅうではあるが、今回はいつもとは違い、少し雰囲気が固い。
「何々、また故郷に帰りたくて仕方ない病?」
「そ、いつもの発作。処方箋を出してほしいんだけど」
「それは厳しいなぁ。私としてはコナギちゃんはいい加減弟離れをするべきかなと……あ、はいはい、無理かぁ、その顔じゃあ」
フェルトからすると、とても、年頃の女学生がする顔ではない表情だったらしい。
先程とは違い、笑みが引き攣っているのは気のせいではないだろう。
自分はもう小さなころから見慣れたものなのでもはや麻痺しているが、慣れてない者からすると、冷や汗モノだろう。
普段は穏やかで老若男女問わず人気があるコナギが、弟が絡むと途端に変わるというのは、ライハの必死の隠蔽により噂になっていないのだから。
「それで、結局の所、今日の重症具合は?」
「百点満点中八十点」
「うわまた、今日も高いねぇ」
「最近は平均点が高いから……そろそろ帰らせないと本当に取り繕えなくなりそうで怖いんだ」
「とはいっても、難しいでしょ。都合をつけるのは」
フェルトはまだコナギのことを軽やかに流せるから大丈夫だが、これがコナギに恋する人から見ると、百年の恋も覚めるというものだ。
できることなら、そういった夢を壊したくないのは心情であるが、限界が来ている。
頃合いを見つけて、帰りたいのはやまやまだが、やはり時間と金銭だ。
「カイフルトまで遠いからねぇ。長期休みかつ予定が本当にまっさらでないときついやつだ」
「徒歩は……うん、無理だね。かといって乗り合いの馬車もお金がかかるし、後々考えるとなぁ」
これだから辺境というやつは。もっと近場の街が出身であったら、こんな苦労をしなくてもいいというのに。
「まあまあ。コナギちゃんも弟君は諦めて、ライハちゃんで我慢しときなよ」
「ライハちゃんとは仲良しだけど、私の一番はサー君なのぉ……!」
「だよねぇ。ライハちゃんで妥協するのはよくないってことかー」
「勝手に妥協案扱いしないでほしいんだけどね!?」
瞬間移動とか、一度行った街に自由に行き来できるとか。
移動補助の魔法があれば楽だというのに。
「そんなお二人さんを尻目に、私はサー君に会いに行くのですよ、よほほほ」
「は?」
「え?」
「…………普通の女学生に向ける視線じゃないなぁ、死線だけに」
「は?」
「コナギちゃん、抑えて。私が悪かったけど、洒落にならない」
どうやら、コナギの限界はもうすぐそこまで来ているらしい。
顔がもはやお見せできないくらいに歪み、今なら御伽噺の化物だって倒せそうだ。
「まあ冗談にならなかった冗談はさておいて。厳密には家に帰るというか、なんというか」
「あー、カイフルト近く通るもんね、フェルトの家。さすが貴族、さすきぞ」
「妙な略語作らないでよー。それに、貴族って言っても下位の下位。
この学校では物珍しいものでもないし、私も親の見栄から入ってるようなものだしねぇ。
というか、ライハちゃん達の方が目立ってるしー」
たはは、と軽く笑うフェルトであるが、これでも一応貴族の娘である。
本人の言う通り、王都での学校では物珍しいものではなく、彼女もそういった壁を好かない為、気さくに話してはいるけれど。
「敬愛する両親に帰ってこいって言われてね、休学って訳さ。
まあ、この長期休みでない時に帰ってこいなんて、なんとなく想像はつくんだけどさ。
色々と巻き込まないでほしいよねー」
「わざわざ、サー君とのいちゃいちゃを自慢しに、許せない……!」
「コナギちゃんの弟と面識ないんだけどなー、私。いや、まあ、級友のよしみというか、その。
私がいない間の授業のまとめを、帰ってきたら見せてくれるようお願いしたくてね。いや、切実に」
「それくらいなら、いいけど。わざわざ事後承諾でも良かったのに」
「いやー、こういうのは礼儀が大事でしょー。突然、学校に来なくなって、帰ってきたと思ったらまとめみーせてっていうのは、うん……」
とはいえ、貴族の娘も学業に困るというのは共通で。
比較的真面目に授業を受けているかつ、級友の中では話しやすい自分達に声をかけたのだろう。
おちゃらけている風ではあるが、妙な所で律儀なのがフェルトである。
「ねぇ、フェルトちゃん。帰るとなると、道中危険もあるだろうし、護衛足りてる?」
「はい、コナギは任務があるから駄目駄目無理でーす」
「さっき、ないって言ったのに!?」
「今、作りました。人様に迷惑かけるんじゃないの」
「私達、腕が立つ! 護衛にピッタリ、フェルトちゃんも大喜び、サー君最高!」
そんな律儀さとは対象的に、とことん自分の欲求に素直なのがコナギである。
隙あらば、弟に会いに行こうとする貪欲さ、見習いたくはないけれど。
ともあれ、このままコナギの暴走を放置していると、ろくでもないことになるのは間違いない。
ライハとて、サナギに会いたい気持ちはコナギに負けずとも劣らずではあるが、幸いなことに自制心があった。
自制心を地平線の彼方へと投げ捨ててしまわないように。
固い決意を改めてするのと共に、ライハは溜息をいつもの数倍増しでつきながら、コナギを抑えにかかる。
「まあ、コナギの戯言は置いておいて」
「置かないでよぅ、本気だよ――ぅ!」
「放置しちゃってごめん、フェルト。そんな訳で、この弟狂いの言うことは忘れちゃっていいから」
「到底忘れることのできない強烈さだったけど、ひとまずはね……」
普段はお淑やかな優等生で通っているコナギの狂態に、フェルトの快活な笑いにも陰りが見える。
同級生に見られる前にいつもはライハがうまく抑えていたが、今後はもうダメかもしれない。
とはいえ、ライハ自身もコナギのことをあまり笑えないのは事実だ。
(会いたいなぁ……)
何故だか知らないけれど、無性に家族とサナギに会いたくなったのは、ライハも同じだから。
これから、カイフルトが滅ぶ事も知らずに。彼女達は無邪気に再会できると信じていた。