オマケ日記
『◯月×日(△曜日) 天気・晴れ
司郎様が本日、隣のクラスの女生徒と、並んで廊下を歩いているところを目撃しちゃった。楽しそうにお喋りしながら。
あの子は確か、大きな病院の院長の一人娘だったかな。なんか仲良さそうだった。
私にはあんな無邪気な笑顔、ぜったいに向けてくれないのに……!
どんな関係なのかめっちゃ知りたい。知りたくて知りたくて、でも聞けない。
どうせまた、この口は余計なことばかり言って拗れるだけだもの!
そのせいでつい、今日はいつもよりも素っ気ない態度を取っちゃったな……。「なにかあったのかよ」って、わざわざ司郎様から気遣って尋ねてくださったのに。
冷たく「なにもありません、どうぞお気になさらず」とか、もっと気の利いたことは言えないの、私の馬鹿。
最近は司郎様とお話しする機会が増えて、絶好調にハッピーだったのに。せっかく縮んだ距離が、また遠退いちゃったらどうしよう。
いつからこんなふうに……ああもう!
やだな、司郎様とその女生徒が親密な関係だったら……。
家柄も悪くないし、性格も良さそうだし、結構可愛い顔立ちの子だった。なんていうかロリな感じ。あのチワワ女子も、そういえばロリ系の可愛い容姿だったわね。
いや、私もけっこう悪くはないとは思うけどね!
日夜、司郎様のために美を磨いているわけだし。ダイエットもお肌の手入れも欠かしていないし、身だしなみにはかなり気を付けているもの。
負けてはいないはず!
でも、ほら、私ってキツい感じに見られるっていうか……昔から褒め言葉も、「可愛い」より「綺麗」よりなのよね。お姫様より女王様?
なんか氷の女王とか勝手に呼ばれているらしいし。司郎様のお好みが可愛い系だったら、ちょっと分が悪いかも。
そう、あと胸部。
どちらの女の子も、胸が大きかった気がするわ。
もしかして司郎様は……胸が大きい子がお好み?
それなら寝る前のストレッチに、大きくなる体操を追加しなきゃ!
本当にこのままだったら、こ、婚約破棄とかだって有り得ちゃう……。
やっぱり勇気を出して聞こうかな。「あの女性徒とはどんな関係ですか」って。でも素直に聞ける自信がない。聞いても干渉しすぎでウザいとか思われちゃうかも。これ以上嫌われたくないのに。
一体どうすればいいの!
とりあえず胸の体操から始めればいいのかしら!?』
夜の自室にて。
司郎は勉強机に置かれたスタンドライトの灯りの下で、目を通し終わった日記をパタリと閉じた。それから椅子の背に凭れて、はあああと海より深い溜息をつく。
学校で会った立華の態度が、今日は妙に余所余所しかった理由がようやくわかった。
こっちだってわりと勇気を出して「なにかあったのかよ」と尋ねたのに、「なにもありません」の一点張りでは対処のしようもない。それでも時折悲しそうな表情を垣間見せるのだから、放っておくことも出来ないだろう。
「あの子は隣のクラスの、ただの知り合いレベルの子で、どっちかというと徹狙いだよ、アホ」
たまたま職員室で一緒になって、徹のことを色々と聞かれただけである。司郎としてはやましいことなど何もない。
あと俺は別に巨乳好きじゃないと、司郎はまた斜め上にカッ飛んで行きそうな立華の思考回路に、どうしたものかと頭を抱える。ロリがタイプでもない。
だがこのままだと自分は、婚約者にロリな巨乳好き認定され、立華は胸が大きくなるストレッチとやらをはじめてしまうだろう。
きっと、アイツはやると言ったらやる。
こうなってしまった原因を考え、司郎は最終的に「徹のせいじゃね?」というところで落ち着いた。徹絡みで女生徒のことを疑われたのだから、責任はきっと徹にある。
とりあえず明日会ったら、なにかしらの文句を言おう……と親友相手に理不尽なことを考えながら、結局なんの解決法も思い浮かばないまま、司郎は疲れてベッドにもぐるのだった。
――――後日。
なんとかホンネ日記の存在は誤魔化しつつも、司郎が徹に「立華にあらぬ疑いを持たれているかもしれない」と伝えれば、面倒見が良く友達想いで、ただの良い人である徹は、立華の誤解を上手く解いてくれた。
一時は責任を押し付けたのに、司郎が心から親友に感謝したことは言うまでもない。持ちべきものは気の回る友人だ。
徹は生温かな眼差しで、「俺はもう、お前らの保護者の気分だよ……」と、慈愛に溢れたおかあさんのように司郎を見つめていた。
その夜に更新された日記には、立華の万歳三唱が。
『よかった! 司郎様とあの子は、なんにもなかったみたいで!
わざわざ教えてくださるなんて、徹様は本当に司郎様の良きお友達だわ。
今日は気分良く眠れて、良い夢が見れそう。
でも念のため、寝る前に胸のストレッチはしとかなきゃね!』
……しかし、解けた誤解は女生徒との関係のことだけで、司郎が巨乳好きであるという認識はそのままであることに、また司郎は頭の痛い夜を過ごすのであった。