秋―新月の夜に
街灯に照らされた夜道を歩きながら、小さくため息をつく。隣を歩くツインテールの少女は、自分から話しかけることは滅多にしない。沈黙は苦手ではないが、時折こちらをちらちらと見上げてくるから気になるのだ。何か話せ、とせっつかれているようで。
週二回、施設から少し離れた塾に通うこの少女、若月リノを迎えに行ってほしいと頼まれている。頼まれた当初は、僕の住居が施設から近いからって、何故僕がそこまでしなければならないんだと思った。しかし、見学させてもらったりだとか、大学では学べないような研究を見せてもらったりだとかするから、まあそれくらいはいいかと了承してしまったのだ。
僕はあの時断ればよかったのである。初めて事件が起こって、施設の担当に抗議しに行ったときに、高校生にもなった彼女に送迎が必要な理由を聞かされて納得したことを覚えている。どうも、変質者に狙われやすいらしい。何故かはわからない。蝶が群がる花のように、何か狙われやすいオーラでも放っているのではないか。変質者に蝶という表現はおかしい気もするけれど。起こった事件というのもまさにそれだ。途中から足音が聞こえてきて、角を曲がってもついてくるため、二人走って施設まで逃げ帰ったのだ。それ以来、ひと月に一度くらいのペースで僕らは追いかけられている。今日は大丈夫だろう、なんて油断はできない。回数は少ないとはいえ、不定期であることに違いはないのだから。
「そういえば、若月さんは変質者が寄ってくる理由とか、心当たりあるの」
「…ない。あったら困ってない」
確かにそうだ。そしてひねり出した話題も二言で会話終了。新月で月明りのない道は、街灯がなければ相当心細いだろう。そういえば、彼女は怖がりだとも聞いた。そうか、心細いから会話を求めているのか。
心の中で謝って、少し伸びをする。この道を直進すれば施設だ。今日は何もなくてよかった、と思うと同時に、なんとなく嫌な予感がして後ろを振り返る。
「!!」
街灯を反射して煌めく銀色。とっさにリノを突き飛ばして、銀の前に身を躍らせる。
「走れ!」
一言告げた瞬間、腹部に走る鈍い痛み。さらに深く刺さるのも厭わず、僕は相手の背中に腕を回し、抱きしめるかのように自分のほうへ引き寄せた。同時に、股間に曲げた膝を叩きこむ。男のうめき声。さらに背中に回した腕を首まで上げて、自分の胸元に押し付けるかのように首を絞める。右手首に左腕をひっかけて、さらに強く。腹部の凶器がぐりぐりと動く感覚がしたが気にしない。おそらくまだ柄を握っているのだろう。その力が緩んだ隙に腕を離して突き飛ばした。男は呻きながら倒れこむ。
警察に届けなければならないだろう。しかし、面倒だ。近いし走って逃げればいいし、と携帯電話は持ってこなかった。
「追ってこなければいいか」
上着の袖を引っ張って手を覆い、ナイフを引き抜く。そしてそのままそれを男の太ももの内側に突き刺そうとして考える。内側だと死ぬ可能性があるし、事件性を疑われかねない。そうなるとやっぱり面倒なので、外側に半分ほど突き刺した。疑われてもまあ、証人はいるわけだし。
そして僕はその場に崩れ落ちる。腹部を刺された痛みが強烈に主張しだした。無意識に傷口に手を当てていたが、ぬめり手を伝っているのもわかる。何とかして施設まで戻らないとな、と動こうとするも、耳をアスファルトに押し付けたまま動けない。どこか冷静なまま考えていると、足音がした。
「大丈夫?」
目線だけ上にあげると、白衣を着た施設の職員だった。青年に背負われて、そのまま施設へ運ばれる。
「リノちゃんが教えてくれたんだ。遅くなってすまない。施設についたらすぐに手当てするから」
それを聞いて、彼女が逃げ切れたことに安堵する。よかった。守りきれたのだ。
そしてそのまま深く息をつくと、強烈な眠気に襲われる。助けたのだから、いいじゃないか。助かったのだから、いいじゃないか。僕はそのまま睡魔に身を任せた。




