ある世界のメモリー 1
太陽の日差しが否応なく照りつける。太陽のすぐそばには高く、高く革命の塔そびえているがしかし、日差しを防いではくれていない。でも眩しいだけだからいいのかなって思ってしまう。眩しくはあるが暑くはない。当然だ、俺たちは実際にここにいる訳じゃないのだから。
光に包まれた俺とユナは、宙に浮いていた。幽霊のようにふわふわとなんの浮力も持っていないはずの人間が浮かんでいるのはどこか滑稽だ。
俺たちが浮かんでいるのが互いがよく知る場所だ。ユナは小さい時から、俺はつい最近、生活を続けてきた海に浮かぶ小さな島。光に包まれた俺たちがいたのは元と変わらない島だった。
「外に出ました、なんてころじゃないよね?それって拍子抜けすぎるよ」
「浮けるようになりました、かもしれないな」
二人ともいまいち何が起きたのかつかめていない。真実をしるってどういうことなのか具体的には何も分かっていなかった。
浮いてるといっても体は自由に動かせる。まるで始めから浮き方を知っていたみたいだ。
ここからどうしたらいいのだろう。すぐに真実が分かるものだとばかり思っていた。ここに来るまでに色々あったから、もうなにもないのだと。ここに来るまでのことはどれも運がよかったのだと思う。どうにか答えを見つけられたけれど、下手したらいつまでたっても分からないような仕掛けばかりだった。それほどの仕掛けを解いてなお、まだ仕掛けがあるとでも言うのだろうか。書いてあった言葉にしてはこれはひどい仕打ちだ。
「いや~今日は大量だな!これだけあれば皆満足だろう!」
「俺の槍捌きが獲物をしとめたおかげであろう。つまり俺が今日の取り分を決める権利がある」
「いやいや、大量なの僕のオリジンで獣の群れを見つけて、罠を仕掛けられてたからで、槍で仕留めたのなんて一匹じゃないですか」
「ん?若造がなにかいったかな」
「そんなぁ~」
「はは。そのへんにしとおけよ。あまり度が過ぎると教育に悪い」
聞こえてきたのは陽気な話し声。大量だとか、なんとか笑いながら狩りの成果を自慢し合っているように聞こえる。いや待て。大事なのは話の内容じゃない。話そのものだ。人がいる?生きている人が?
「あれ?ユナは?」
横をみるとさっきまでいたユナが消えていた。周りを見渡すと、少し離れたところに浮いている人影が見える。あそこはさっきまで話ながら歩いていた人たちの向かう先だ。そして、ユナのくらしていた村のある位置だ。
浮かぶかだは想像よりもなめららかに飛んでくれた。すぐに浮かぶユナのとなりに行き、ユナの横顔を見て何があったのか確信する。
ユナは泣いていた。瞳から涙をぽたぽたとこぼしながら、手で顔を隠そうともしないで下にいるたくさんの同族を見下ろしながら。
ここは過去だ。人間があたりまえに生きて、暮している時間。
ここにユナの求めていた真実がある。
「ここで待っていればすべてがわかる」
「うん。きっとそうだよね。ここが過去の世界ならきっと」
ユナと俺はおそらく過去を見せられている。過去に来たわけではない。ユナの村ではだれも俺たちに気づかなかった。すぐ近くにいてもなんのことはなく通り過ぎていき、正面にたったのならば、平然と体をすり抜けて行った。当然ものにも触れず俺たちに出来るのはことが起きるの待つことだけだった。
待つしかないとはいえユナにとってはほかにも出来ること、やりたいことがあったのではないかと思う。たとえば、親しかった人たちの顔を見に行くこともできたはず。なのにユナは自分から、塔の前で待つと言い出した。俺を気遣ってそう言ってくれたのかもしれにない。だとしたら悪いことをしてしまった。
「ごめん、ゆな。俺がいるからだろ?俺がいるから、俺が一人になってしまうからユナは誰かに会いにいったりしなでここで待つなんて言い出したんだよな。別に俺のことは気にしないでいいから、今からでも見に行っていいぞ」
「えっ?違う違う。なに言ってんの心葉?私がここでも待とうって言い出したのはここで待つのが一番だから、それだけだよ。ここで待っていれば絶対に門を開けようとする私が来るはずだから」
質問が以外だった。塔をみながら少しあわててる姿はそうとしか思えない反応だ。でも違う。ユナの中にはまだ迷いがあると思う。だから俺がこういうことを言うのも覚悟していたのではないかと思う。その証拠ではないけれど、返事を返すユナは、いつもならまっすぐに見つめ返してくるのに目線が俺ではなく、塔に向けたままだった。
「ユナはさ。ここに来て何を思った?」
「……やっと本当の事が分かるんだって思った」
「俺は違うな。ここに来て、動いてる人たちがいて、過去に来たって分かったときは真実がどうのこうよりもさ、うれしかったよ。俺はここに生きている人たちと何か関わりがあるわけじゃない、みんな初めて見る人たちだけだったけど、それでもうれしかった。人が生きてる。生活している。たとえこれが過去に起きたことを映しているだけだとしても、それでもうれしかった。ユナだってそうじゃないのか?そうだったはすだろ。俺のうれしいよりも何倍ものうれしいがあったんじゃないのか?俺にとっては十日にもみたないくらいだけど、ユナは半年も、半年も一人だったんだろ。だったらうれしかったはずだ。ちがうか?」
「……」
ユナがどんな顔をしてるかは伺えない。聞こえてはいるはずだ。そして聞こえているなら届くはずだ。俺が言いたいこと、俺が聞きたいことが。
「おしえてくれ。ユナはここに来て何を思った?」
同じ質問。
帰ってくるのは同じか違うか。
俺はその答えを知っている。
だってユナだから。ユナだったら応えてくれる。答えてくれる。
そう信じてる。
「私は――
――――怖いって思った」
ユナの答え。ユナの紛れもない真実はユナの現実を締め付けた。
「ここに来て、生きてる人が、生活しているみんながいた時、私はみんなに責められて津って感じた。本当だったらずっとこうしてるはずだったのに、ずっと暮らしてるはすだったのに、お前が門を開けたからだって皆が言うんだ。ここにいる人たちに私達は見られてなくて、ここはただの過去を見せられているだけって言うのは分かってるのに、なのに村の人の目がこっちを向くと声が聞こえてきて、私は耐えられなかった。だからここで待とうって思った。ここで待っていれば人なんてほとんどこないし、来たとしてもそれは私だけだから。私は……逃げたんだね」
逃げだとユナが言う。その言葉に間違いはない。自分の犯した罪を実感して耐えられなくて逃げてきた。今のユナはまさしくその通りだ。だがそれだけじゃない。まだだ、まだ全部じゃない。
「それで全部なのか?いや、違うはずだ。ユナはまだ隠してる。無意識のうちにか、意識的にかは分からないけど、胸の奥に閉じ込めるものがあるはずだ」
「全……部だよ。他には何も思わなかった。私は―」
「本当に怖いのは違うことだろ」
「……」
図星。言いかけていた言葉の続きを紡ごうともせず、俺の言葉に目を見張るようにス津ユナはまさしくそれだ。
ユナの言い方から察するに自分では気づいていなかったはずだ。でも今言われて気づいた。だから何も言い返せない。
ユナがここに来て、皆を見て、一番恐れたもの。一番逃げたかった事実。
それは、
「もとの時間に戻ったら皆がいない。そのことそのものだ」
「ユナがここに来ても責められているって感じたのは本当だと思う。ユナが責任を感じてるのも分かるしそれは仕方のないことだと思う。だけどさ、ユナが一番怖いのは、皆がまたいなくなることだろ。時間をかけて、折り合いをつけて納得しかけていた。もう皆がいない世界で、一人っきりでいく覚悟を決めにここでまた皆を見てしまった。そのことで覚悟が揺らぐのをユナは恐れた。俺はそう思う。違うかな?」
ユナは何も答えない。下を向いて俯いてるユナは何を思っているのか分からない。偉そうにユナの気持ちを代弁していながら、それを聞いてユナがどう思おうかなんて考えたいいない。身勝手だと思う。俺がこのことを言わなければユナは全部を知ったあと元の時間に戻っても覚悟を決めて、揺らぐことなくいられたかもしれないのだ。無意識的に目を背けているのなら覚悟が揺らぐことだってない。
でも。
でもなぁ、それでいいのかよ。
それでユナは本当の意味で納得できるのかよ。本当の覚悟を決めれるのかよ。……真実を知りに来たんじゃないのかよ。
「違く……ない。心葉の言ったとおりだ。私は皆とまたお別れするなんて嫌だっ!私のせいで私が悪くて、私が言う資格がないのなんて分かってるけど、それでも怖いっ、怖いんだ!だから私は皆と会いたくない。皆の顔を見たくなかったっ!だって、そうすれば一人で決めた覚悟を保っていられるから。だから私はここで待とうっていいだしたんだっ」
感情をあらわにしてユナは叫んだ。
ひとしきり叫び終えたユナは声のトーンを落として呟く。
「心葉の言う通りにね。ねぇ心葉私はどうしたらいいのかな。だって、もう揺らいでるんだもん。覚悟もうなんてどこにもない」
俺の言葉かきっかけになったのかもしれない。それは予測のついたことだ。
問題はここだ。ここからは俺が何を言っても最後に決めるのはユナだ。
俺に出来るのは選択肢を与えてやることぐらいしかない。
「だったらさ、やることは決まってるんじゃないか。もう一度覚悟を決めてか戻るのか、真実だけを知って戻るのか。逃げるのか逃げないのか選ぶのはユナだ」
突き放すように聞こえるかもしれない。自分でも冷たいと思う。だけどここでユナが選ばないと何も変わらない。ここまで来た意味がないのだ。
「別に逃げてもいいと思う。俺は逃げるのが悪いとは思わない。悪いのは逃げたことに対して後悔することだ。逃げるにしても逃げないにしても後悔しない方を選ぶならそれでいいと思う」
覚悟をここでつけないで、このまま真実だけを知って戻ったなら、ユナはどうなってしまうのだろう。
俺が思うにきっと、すぐに壊れる。今までは何とかやってこれたけど、一度、皆の事を見てしまった。このまま俺までいなくなって一人になったら、その時点でユナは壊れる。ただの空想であり勘の要素も多い。が、しかしそうなるであろうことは確信していた。
「どうするんだ、選ぶのは俺じゃなくてユナ、なんだからな」
もう一度念をおす。俺の決断ではなく、ユナの決断。
ユナに選んでほしいと思う決断はもちろん決まっている。それはユナにとっては残酷かもしれない方だ。だから、俺はユナに何も言うことはできない。
それから約一分後、もしかしたら三十分後かもしれないし、三十秒後かもしれない。長いような短いような曖昧な時間が過ぎたあとユナは口を開く。
「……私にとって皆は、村の皆は家族だった。血がつながっているのはお父さんとお母さんだけなんだけどそれ以外の人たちも本当の家族みたいであったかくて、そんな村の皆が大好きだった」
口は挟まない。相槌を打つことも何もかもが不要だ。
「小さい時は狩りに出かける大人たちを見送ることしかできなくて、それがいやでよく勝手に外に出てたんだ。同い年の女の子がいなくてさ、いつも男の子といっしょに外に出てた。見つかって怒られて、それでもまた外に出ての繰り返し。大きくなってやっと皆と仮にいけるって思ったのに私は女の子だからまだダメだって言われた時は悔しかった。でもそのあとにね、いつも遊んでた男の子――いや、そのときはもう男の人、かな。男の人たちが大人たちを説得してくれたんだ。いっしょに狩りに行けるようになったのがうれしくしくて、皆の気持ちがうれしくて、たくさん泣いたよ」
瞳が潤んでいる。その潤んだ瞳からこぼれることが無いようにこらえている。
きっと分かっているのだ。
ここで泣いたらダメだってことを。ここで泣いたらまた甘えてしまうことを。
「うれしいことも、悲しいことも、楽しいことも、苦しいことも全部一緒だった。……そんなみんながいない世界はとっても辛くて、悲しくて、苦しくて。本当はもうそんな所に戻りたくない、皆と居たい。でもそれは出来ないんだよね。どうしたって皆は元の世界にはいないんだ。だから、私は――」
「けじめをつけないとダメなんだ」
「心葉、私行ってきていいかな?みんなとお別れしに行ってもいいのかな?」
聞くまでもないことだろうに。
俺が止めるなんてありえないだろうに。
だからきっと、ユナが聞いてきた理由は。
「行ってこいよ。ここは俺がしっかり見てるから」
背中を押してほしいから。
「うん。行ってくる!」
赤く、潤んだ瞳で俺を見つめ、無理して笑顔を作って、ユナは微笑む。
森の方へと振り返ると自分の運命の元へまっすぐ、ただまっすぐ駆けていった。
少したって森の奥からかすかに聞こえてくる泣き声と、嗚咽と、感謝の言葉はきっとらただの空耳にちがいない。




