ある物のデヴァイス 3
上る。登る。昇る。
扉を抜けた先には階段だけが存在していた。上と続く階段が見つかったことで、塔の内部を知るという目的は果たせそうだ。問題はこの塔の大きさだろう。かなり登ってきたはずだが階段が終わる気配は全くない。大きく螺旋を描くように作られているせいもで段図うが増えているにしても、この階段は長すぎる。外壁に沿って作らていると思われる階段は壁と壁の間に作らているため、なんとも息苦しい。俺たちが登っている方向の向かって左側の壁の向こうにあるのがさっきまでいた部屋だ。反対の壁の向こうが外になっているはずである。
ここまで登って分かったのは、この塔は相当手が込んでいることだろう。人が作ったとは到底信じられない。これだけのものを作るには数年で足りるかもわからない。部屋とは違って、階段には初めから明かりがついている。ただし、部屋の様に炎がむき出しなのではなく、ガラスのような器に包まられたランプ型だ。その灯りはほんおり青みを帯びていた。きっとこの明かりも部屋の炎と連動して付いたのだろう。それとこの階段にはもう一つ部屋とは違う部分がある。部屋の壁は継ぎ目にない、不思議な材質の壁だった。それに対してこの部屋の壁は壁面に何やら装飾が施してある。材質は部屋の中と同じようだが、この装飾はそうとう手が込んでいる。よく見なければ分からないような隅っこにも、到底届かないような高さにも装飾が施してあるのだ。ますます人が作ったものか怪しくなってきたものだ。
「……」
「……」
俺とユナは相変わらずだった。互いに互いを意識していながらなんて切り出したらいいのかが分からない。何か話すべきだとは分かっているのに、頭の片隅にあるユナの行動が邪魔をする。
ユナの方に目線だけ向けてみると、ユナもちょうどこちらに目線を向けていた。二人ともあわてて目線を正面に戻す。……なにやってんだろ。
そんな自責の念に駆られていたときに、
「きゃっ!」
視界の隅ユナがバランスを崩した。
「危ない」
右手を伸ばそうとするが、そこで思い出す。ユナは右手が使えない。ここから手をのばしても右手にしか届かない。くそっ!
次の瞬間、俺は地面を蹴っていた。手の伸ばしてもだめなら、俺が体で支えればいい!
ユナが階段から落ちる前になんとか肩だけユナの背中側に回り込ませる。
「くッッ」
肩にユナの全体重が乗りかかりバランスが崩れる。それだけでなく、ユナに背中に肩を回り込ませるために、無理な体制をしていたため、持ちこたえられない。
次に俺の目に映ったのはユナでは無く、先の見えない暗闇だった。
「心葉ッ!」
「があああががあああぁぁッ!」
階段から転がり落ちていく。全身をぶつけながら無様に落下していく。痛い!痛い!痛い!止まれ止まれ止まれって!
「ァグッはッ!」
違う衝撃。壁にぶつかった。鈍い痛み。落下は止まらない。落ちる。落ちる。また壁にぶつかる。止まった。今度は止まった。
「はぁはぁ」
やばいなこれは。全身が痛い。全身を殴れたみたいだ。呼吸が収まらない。体が動かない。なんだこれ。
落ちてきた方向に目を向けてもあるのは階段だけ。よく生きてるな俺。階段からの落下で死んでるドラマってよく見る気がするんだけど。
「ふぅう。……よし」
手の地面につける。めっちゃ痛いけど動けないほどじゃない。腰につれてポーチがちょうどよくクッションにでもなってくれていたのだろうか。
首から足まで、一通り動かしてみる。どこにも以上はないみたいだ。俺ってば案外、丈夫?
上の方からタンタン、と階段をくだってくる音が聞こえる。よかったユナは落ちていないみたいだ。
「心葉!心葉!大丈夫?生きている?息してる?」
「あぁ。大丈夫だ。息もしてるよ」
「良かったぁ。私のせいで、ごめんなさい」
「ぁあ?なんで謝る?ユナは悪くないって。バランス崩すなんてだれにでもありだろ。それに怪我してんだからしかたないって。謝るっていうよりは違うこと言ってほしいかな」
「違うこと?」
少し考えるような顔をして、すぐに何か思いついたのか顔を笑顔に変える。
「ありがとう。心葉にまた助けられた」
「……どういたしまして」
それだけ言うと体に力が入らなくなる。膝が達磨落としでもされたようにガクン、と曲がる。立っているのが辛くなり思わず階段に座りこむ。
その姿を見てユナが右手に光をともし始める。がその表情は暗い。それを右手で制す。
「少し休めば大丈夫だから。使いたくない理由があるんだろ。だったら使わない方がいい」
ユナが怪我した時が使うべきだって思った。けれど、俺に使う必要はない。怪我の度合い低い、それにむりをしてまでユナにはオリジンを使ってほしくはない。
「わかったよ。少し休もう」
隣にユナも腰を下ろす。こうしていると昨日の夜の話を思い出してしまう。ユナの告白。記憶があいまいなことへの恐れ。今、ユナは何を思ってこの塔を登っているのだろう。ユナだけじゃない、俺もだ。俺は何を思ってこの塔を登っている?本当にこの塔に真実があると思っているのか?自分の本心が分からない。分かるのはこの塔を登っているのはユナのためだけじゃないってことだ。それだけは確かに分かる。でもそれが何のためなのかが分からない。
「心葉はこの世界どう思う?」
唐突な質問にたじろぐ。この世界?どうと言われたところで、俺はあんまりこの世界についてしらない。どんな人がいたのか。どんな生活をしてきたのか。俺にはわからない。
「ごめん質問が悪かったね。私が聞きたいのはこの世界に来て心葉は嫌だった?」
「それはもちろん嫌だった」
「そっか」
「来たときはなんでこんな所に来たのか理不尽すぎるだろって思ってた。変な動物はいるのに人はまったくいないでさ。居るのは一人の女の子だけだし。でもさ、いいこともたくさんあったと思う。ユナがさ、俺を部屋から出してくれたから。ここに来なかったら俺はユナに出会えなかったし、そうしたらきっと部屋からでれないでずっと引きこもってたと思う。だからさ、この世界に来たのは嫌だけど嫌じゃないっていうか。一見いやだけど、本当はよかったていうか」
「そっか」
二回目の言葉。でもその言葉は嬉しそうだった。聞いたこっちが微笑んでしまうくらい、その短い一言には、感情が籠っていた。
あぁ。そっか。俺がこの世界にきて、嫌だって思えないのはそのせいか。
俺は、
「俺はユナに会えたから」
「ちょ、ちょっ!急になに言ってんの?」
頬まで赤くなりながらあわてたように食い掛かってくる。
「うん?いや、この世界にきて一番うれしかったのかたぶんユナに会えたことだな~って思って」
「ま、ま、ま、待てい!頭打ったの?やっぱり直そう。オリジンだ!」
右手を俺に向かって突き出してくる。その後方で何かが光った。
「ユナ!」
「え?なに!」
「そのままで頼む。オリジンは使わないでいいから」
「え?え?何?どうしたの」
ユナの腕の下をくぐりぬけて、その光のもとへ近かよる。一段低い位置にあるため、パッと見で分かりにくい。
そこに落ちていたのは金属の部品のようなものだった。どこかで見たことのあるような材質。いったいどこで?
「それ、懐中電灯のと同じじゃない?」
こちらに向き直ったユナが思いついたことをそのまま話す。
懐中電灯を見てみると、ユナの言ったことが正しいことが分かる。懐中電灯は一部が欠け落ちていた。
「きっと心葉が落ちてきたときに壊れたんだね」
そう考えるの普通で、間違っているとは思えない。でも何かが引っ掛かる。懐中電灯が壊れたことじゃなくて、それとは別の事だ。
「……!そうか!これおかしいよ!」
「おかしい?なにが?」
「考えてもみてくれ、俺は上から転げ落ちてきたんだ。なのにどうしてこの破片かここにある?」
「それは壊れた拍子に落っこちてきたんじゃないの」
「こんな場所にか?落ちてくるならこんな端には来にくいと思わないか?それにこの階段は平らじゃない、凹凸が多いんだ。どこかに引っかかって止まるのが普通だよ」
上の段というならまだわかる。でもこれは下の段に落ちていた。まるで俺が上から落ちてきたような、「まさかな?」半信半疑で、破片をしたへと投げる
破片は階段の向こうへと消えて行き、転がる音がだんだんと小さくなっていく。だが、次の瞬間、音は上から、しかもだんだんと大きくなって帰ってきた。
「えっ!なんで上から?心葉なにしたの?」
「俺は何もしてない。たぶんこの階段は上に進んでも、下に進んでもお変わらない。同じところをぐるぐる回っているだけなんだ」
「嘘……でしょ」
「本当だよ。どういう仕組みかは分からないけど、ここは出口がない。どうにかして仕掛けを解かないと、抜け出せない」
どうやってこんな状況が出来上がっている?可能なのかこんなことが?
俺の知識ではこんなことができる方法はない。だとしたら、この仕掛けは。
「オリジン……なんだろうな」
「人を閉じ込めるオリジン。それを止めればいいんだよね」
「そうだと思う。オリジンを止めればいいんだろうけど、その方法が分からない」
「オリジンなんだから、どこかにこのオリジンを発動してる正体がるはずだよ。それを止めれば、オリジンも止まると思う」
ようするにオリジンである限り、何かしらの媒体があるはず、という訳か。オリジンの発動してるときの特徴と言ったらあの青い光だが、この辺にそんなものはなかった気がする。階段がオリジンによって変えられているのだから、階段の近くにあるはずだ。
「とりあえず入り口まで戻ってみるか。あ、でも戻れるのか?」
この階段は迷宮のように、進むのを拒むものだ。それは上に登ることだけにたいして発動するとは限らないのでは、そんな頭をよぎる。脱出不可能、そうなっているかもしれないのだ。
「その必要はないみたいだよ」
「え?それってどうして?」
「だって、ほら」
ユナが右手を挙げ、ある一点を指さす。
その先にあるのは青い光を放ち続けるランプだった。
「……青い光。まさかこれが?」
「うん。たぶんそうだと思うよ。だって他に青い物なんてなかったもん。それランプなら、階段のどこにでもあるしね」
あまりにも堂々とあるから、すっかり失念していた。ただの青いランプだと思っていた。階段を照らすためだけに設置してあると思っていた。けれどそれが間違いだったら。だとしたらこのランプ以外にふさわしいものがあるとは思えない。ユナに言う通りこのランプが一番怪しい。
「それでどうするの?」
「そんなの決まってる」
手元に力を込めて、階段の一部を削り取る。もともと欠けていたらしく、思っていたよりも簡単に掴みとれた。その石といっていい階段のかけらを持ったまま腕を振り上げる。
そして、
――思いっきりぶんなげた。
場違いな高い音が響く、遅れて階段の欠片が壁に衝突する鈍い音が空気を伝わる。でも音はそれで終わらなかった。階段を沿うように設置されていた青いランプが欠片にあたったものと同じように高い音を立てながら割れていく。
光がなくなっていき、階段はやがて静かな暗闇に包まれた。迷宮がどうなったかは見ええないし、分からない。この暗さでは隣にいるはずのユナすら視界に収めることができない。
「なになに?なにが起きてるの?これ!」
「俺に聞かれても分からないって。てっきりなんかの仕掛けが発動して、上に連れてかられるって思ったんだよ」
「無責任すぎぃっ!後の事もちゃんと考えてよっ。し、心葉いる?ちゃんといるよねっ?」
「考えてる暇は……あったかも。ちょっと急ぎすぎた。あと俺はちゃんとここにいるぞ!」
手をユナがいるであろう方向へと伸ばす。ユナが動いていなければ手の届く範囲にはいるはずなのだ。
なにもない空間を二度三度と掴み、四度目でようやくユの肩に触れることに成功する。
「ひゃわっ!なになにっ!」
「なになにじゃなくて、俺だよ。俺もちゃんといるから。ユナ、懐中電灯だしてくれ。俺のはさっき落ちた時の衝撃でつかないみたいなんだ」
「ちょっとまってね、こうも暗いとなかなかとりだせないや」
数十秒後、ようやく「あった」の一言が聞こえる。ユナの「違う」「これじゃない」を十回以上聞いた後だったため溜息がこぼれた。
「それじゃあ、つけるね」
電源を入れた音が聞こえ、次に暗闇だけだった空間に光が差し込まれる。
まっすぐに伸びた光の先にある景色を見て、俺たちは驚愕した。
「……どうなってんだ」
「うそ……でしょ。さっきまで階段にいたはずなのに」
階段のはずだった。俺たちがいたのは階段で、仕掛けを解いて今から上に向かうものだと思っていた。けれど、懐中電灯で照らされた景色はそれとはまったきことなるものだった。
広い空間だ。最初の部屋ほどではないにしても十分すぎるほど広い部屋。おそらくこの部屋も正方形らしいことが、角のある位置から分かる。最初の部屋とこの部屋。大きさで言うなら最初の部屋の方がおかしい。たけどこの部屋の方が異質だと断言できる。なぜか?
なぜなら部屋の中央に巨大な青い水晶が鎮座していたからだ。
「でかいな。こんなにおおきい水晶なんてあるかよ」
俺を縦に三人、いや四人ならべても上に届くかどうか。
「これが塔の秘密なのかな?どうかんがえても普通じゃないよ。これ」
「もうどれが普通で、どれがおかしいのか分からなくなってきた。……この水晶もオリジンか?」
青いランプの次は青い水晶。ということはこの水晶もオリジンを発動しているのかもしれない。
「どうだろ。私、オリジンを別に探知とかできるわけじゃないからさ。でもこの部屋に他に変なところないみたいだから、この水晶にやっぱりなにかあるよね」
懐中電灯で回りを照らし、調べてからユナはそう言った。
ユナがいって通りこの水晶こそがこの塔の秘密なのかもしれない。確信があるわけではないけれどなにか今までのものとは違う雰囲気がこの水晶にはある。
いったいどうやって階段のからこの部屋から着いたのか俺もユナも分かっていない。でもそれがどうでもいいと思える。この水晶の前ではそんなことは些細な問題だ。この水晶こそがなによりも大事なのだと、そう思った。
懐中電灯を右へ左へと動かしていたユナの動きがとまり、一か所を照らし続ける。
「ここになにか書いてあるみたい」
光の示す先は水晶の真ん中。とはいえ俺たりからしたら、上部と言った方がいい位置だ。
そこにはユナの言う通り何かが書いてある。文字のように見えるが、俺の知っているものではなかった。
「なんて書いてあるか読めるか?俺の知ってい有る文字じゃないみたいなんだ」
形を見る限り、ユナの持っていた本とも違う文字のような気がする。ここまで来たのに手詰まりか……。
「これなら大丈夫」
「本当か!ユナたちの文字とは違うみたいだけど」
「そうだけど、この文字なら分かるんだ。私たちの一族で代々伝えられてきた文字だから。今までどうしてこんな古い文字を教えられているのか分からなかったけど、このためだったのかも」
塔を守っていた一族にだけ伝わる文字。その文字が記されている水晶。だとしたらやっぱりこの水晶が。
「えっと、『真実はその右手に宿る』かな。右手を水晶にあてるってことかな」
「……それでどうするんだ?俺には知りたい真実はなんてない。それがあるのはユナだろ?なにがあるかは分からない。ユナにとって悲しいことしかわからないかもしれない。本当にいいのか?」
俺の問いかけにユナはいつもの明るい笑顔を返す。答えは最初から決まっていたらしい。
「ここまで来たんだ。もちろん覚悟はできてる。私は知りたい。そうして門を開けたのか、そのときに何があったのか。だから、いっしょに見に行ってくれる?」
ユナが左手を向けてくるの同時に今度は俺が問いかけられる。そんなの返事は決まっているじゃないか。俺もユナと同じだから。俺が知りたい真実があるとするなら、それだけだから。
「もちろん。さぁ行こうぜ。真実へ」
ユナ手を握り返す。それを見て「ありがとう」そう呟いたユナは右手を水晶に重ねた。
水晶が光出し、世界が青い光に包まれる。
地球の色みたいだ、そう思った。




