ある物のデヴァイス 2
……とりあえす一周してみるか。壁伝いに進んでいく。景色にはほとんど変化がない。唯一の変化は徐々に正面の壁が近づいていることだけだ。このまま壁伝いに進んでいくといずれユナにぶつかるかもしれない。壁とは関係のない場所に何かがあった場合はどうなるんだろ。まず格段に難易度が増える。明るい所と違って、距離感も取りにくければ、どこを調べたかもわかりにくい。すべて調べるなら一日では足りないだろう。……床に仕掛けがないことを祈ろう。
そんなことを考えていたら、あっさりと角に到着。ここで曲がればいずれユナと遭遇するはずだ。もう一つ角を超えるかもしれにないけれど。止まる理由が見つからないため、すぐに曲がり、右へと進軍する。一歩、二歩、三歩、四歩、五歩、六歩、
「どう?なにかあった?」
ユナと遭遇。少し早すぎないか?
「こっちは何もなかった。暗くて探しづらくてさ、。そっちはどうだ」
「こっちも同じかな。どこに行ってもあるのは壁と暗闇だけ」
「そうだろうと思ったよ」
同じ景色だ。自然と足が速くなってもおかしくない。ユナはおそらく、途中からじっくりと調査をすることを諦めたのだろう。このまま眺めてるだけでは何も見つからないことと思ったのかもしれない・
「床も調べた方がいいかな?そうなるとだいぶ時間食っちゃうけど」
「床は調べなくていいと思う。調べるなら壁だ。なにかあるとしたら壁だと俺は思う」
「床には何もないってこと?」
「ああ。探しても時間の無駄になると思う」
下手したら今日一日が無駄になってもおかしくない。広い空間にある床の一枚一枚をみるならば、壁の見える範囲だけでもしっかり探したほうがいいに決まってる。
「どうして?私も心葉の意見には賛成だけど、確証が私にはないんだけど」
「ここの壁は明らかにおかしい。継ぎ目がなかったり、妙に暖かったりする。なにより壁の形がおかしい。壁の形っていうより、部屋の作りって言ったほうが分かりやすいかも」
「部屋の作り、……四角だね」
「問題です。この塔の形は?」
「形?それはもちろん円筒状だけど」
そこでユナの目がはっ、と開かれる。どうやら気づいたようだ、この部屋のおかしいところに。
外部から見た形と部屋の構造の違い。ここから導き出される答えは、
「壁の向こうに空間があるってこと!」
地下に何かあるとしたら床に仕掛けがあるのかも知れないが、ここは塔の中だ。塔なのに地下に何かを作るというのは根本的におかしい。あえてそうすることもあるかもしれないがこの塔にはそれをする意味はないだろう。だとしたら必然的に一番怪しいの壁と壁にあるはずのエアスポット。そこに何かある。
「壁におかしなところがないかもう一回探そう。今度はゆっくり。そうしないと何回も行ったり来たりすることになる」
「そうだね。それじゃ次はさ、二手に分かれないでこのまま調べようよ。そっちの方がじっくり調べれるし、なにか話していないと虚しくなるから」
頭と肩を落としながら言う姿から察するに、先ほどまでそうだったのだろう。だから見てくるのが早かったのかもしれない。
まずは今いる位置から、ユナのいた方向へと時計まわりにこの部屋を調べていく。自分で調べた方よりも調べていない部分を調べたいからだ。ユナは¥からしたら、逆回りの方がいいのだろうけど、特に嫌そうな顔はしないで、一緒に壁を調べている。むしろ表情が明るくなっているような気さえした。ユナの今の表情は、秘密基地などで遊ぶ子供たちの笑顔になんとなく似ていた。
「ユナ、何かあったのか?」
「ん?何も見つかんないよぉ」
「いやそうじゃなくて。ユナに何かあったのかって」
「それって、どゆこと?」
二歩分前方を歩きながら壁を調べていたユナが俺のすぐそばまで来て、下から上目使いで見つめてくる。身長は俺の方が頭一つ分くらい大きいことに今更気づく。ユナの双眼とばっちり目が合ってしまう。変に目線を外すのも悪いと思い、目の少し上、額のあたりを見るようにして、体がむずがゆくなってくるのを食い止める。よく人とは目を見て話せって言うけれど、ここまで至近距離でそれは無理だよなぁ。普通に恥ずかしいです。
「なんかさっきまでより楽しそうだからさ。何かいいことでもあったのかなって。見てた限りでは何もなかった気がするんだけど」
「いいことかぁ。それだったら君がいるからだよ。心葉君!」
右手でグーを作って胸のあたりを軽く小突かれたと思ったら足をタタンとならし、距離を取るとそのまま一回ターン。懐中電灯の明かりが三百六十度回転して、光の道筋を作り出した。
な、なんだぁ?いきなりなにを。
思わず、あっけにとられる。胸の鼓動が早くなり、体温も少し上がりつつ、ぽけぇっと口を開けている俺がそこにはいた。
「一人で調べてときは、いくら調べても何もないし、ずっと同じものが続いているだけで、変化もなくて正直つまらなかったんだ。もっと冒険みたいなものを期待してから。でもね、心葉といっしょに調べてると楽しいんだ。さっきまでとやっていることは変わらないのにどうしてだろう?」
その答えをユナは知っている。その答えを俺は……。
ユナのほっぺが少し赤い。たぶん俺も。
「……俺が知るかよ」
どことなく落ち着かない。普通に接したつもりなのに、自分でもわかるほどそっけなくなってしまっている。なんでかは想像がつく。でもそれは口にしないほうがいいことだ。言葉にしてしまったら、無かったことにはできなくなる。……それにただ辛くなるだけだ。
「ほら。早いとこ探すぞ」
「うう、反応が冷たすぎないかな~。心葉らしいと言えばらしいけど」
「悪かったな、冷たくて。俺は体温も相当低い方らしいからちょうどいいかも」
俺が小さい時は熱がでても他の子の平熱とかわらないから、良く仮病だって疑われていたな。こっちは倒れそうなほどつらいのに、何もしてくれない教師たち。今さらだけど腹が立つ。
「体温が低い?どれどれ」
小走りで近づいてくる。目の前でとまる。俺の手を掴む。
「ってうああっ!急に何すんだよ。いきなり手を掴むって何事!」
「いや~心葉の体温がどんなものかと思って。でも大丈夫!心葉温かかったから」
「いや、そりゃそうだけど……。はあ」
ユナは恥ずかしいとか全く思わないんだよな、きっと。それにたいして俺の心臓はバクバクとうるさい。ほんの一瞬とはいえ女の子に手を握られてしまった。ユナと最初会った時は緊急事態だったため、なにも思わなかったけれど、今は違う。意識しまくりだ。
急に疲れが肩のあたりから押し寄せる。肉体的な疲れなのか、そうじゃないのか、判断する余地すらないよな。ちょうどよく壁があるため、体重を壁に預ける。ぬちゃ。
「あぎゃっっ」
「なになに?急に変な声だして!心葉、変な人になっちゃった?」
「いきなり変な人になるかよ。第一変な人ってなんだよ。……ちょっと待って」
初めに壁を触ったときは確かに暖かかったけどそれ以外は特に何もおかしくはなかったはず。でも今の感触と、今も背中に残る衣服が貼りつく感触からすると、
「やっぱりか」
壁に手を触れてみると、ぬちゃっという液体に触れる感触は指先から伝わる。周りの壁に触れてみても、そこには液体はなく、暖かい壁があるのみ。ちょうど俺が寄りかかった所の上方から流れてきているようだ。どれだけ目を凝らしてみても、そこに違いは見当たらない。視覚だけじゃ分からない仕掛け。
「あやしすぎる。これがこの部屋の胆だよな」
「だからどうしたのって」
「ここを触ってみれば分かるよ」
恐る恐る手を伸ばし、指の先で液体に触れたユナは俺と同じように周囲の壁に触れたあと、鼻に指を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぎ始める。
「これ、油じゃないかな?」
「油?上から油が流れているのか?」
「ううん。流れてないよ。流れてるなら、もっと匂いが広がるだろうし、そんなことしてたら床にだって油が溢れるはずだから」
「とりあえずふき取る?」
「それはだめだ。なにか意味がるはず」
油がただ塗られているなら、気化しているはず。でも確かに油は存在している。この塔にはいったのは俺たちが初めてのはずだ。過去にいたかもしれないけれど、だとしても、何十年も、前になるはず。それだけの時間気化しない油なんて、溶けない氷とか同じようにありえない。……ここが俺のいた世界だったらの話だけど。
この油をどうするか。油だってことには理由があるはず。オリジンを使って油を塗ったのなら、水ではダメな理由があったってことだ。水と油の違い。水は主に飲食用、水洗用などさまざま。たいして油と言ったら、調理用。油はよく燃える。
「よし。燃やそう。ユナ、松明用を一つ作ってくれないか」
「了解!って、持って来てたのばれてるし!でも持ってきておいてよかったってことだよね」
松明が活躍することのどこがそんなにうれしいのか分からないけれど、ユナのいい通り、松明があってよかった。今回ばかりはユノの意見が正解だったみたいだ。
手際よく火を起こし、松明を作りだす。作った松明をゆっくりよ油に近づけ、ゆらめく炎の一端が油に触れると、瞬く間に上まで到達しる。が、しかし。
「上までは見えないか」
明るくはなったけれど、部屋が大きすぎた。全体を照らし出すには全然たりない。
「なにも起きないね」
「いや、これでいいんだ。ただ足りないだけで」
火が付いた。天井まで広がった。このことだけでも、油の使い道があっていることにはなるはず。なにも起きないとしたら、まだ終わっていないということだ。
「他にもあるってことだよ。こんな風に火をつける場所が。ユナ、松明をもう一本作ってくれないか?二手に分かれて、かたっぱしから火をつけて回ろう」
「油を見つけたら火をつければいいんだよね。だったら私でも簡単だよ。はい、これ。私の分は今から作るから、先に探しにいっていいよ」
ユナから松明を受け取り、捜索を再開する。
二つ目、三つ目としらみつぶしに探していくことにより、思ったよりも簡単に見つけることができた。この仕掛けには気づかどうか、気づいたのなら誰にでも解くことができる。思えば、入り口のしかけも気づくことさえできれば誰にでも解けるものだった。オリジンの力に関わらず、というかオリジンが無くても上に進むことができるように作らているのかもしれない。
四つ目と五つ目も見つかり、部屋のほとんどが灯りに照らされている。ここまでくれば残る場所は一目でわかった。いまだに暗く、明かりの届かない一角がある。そのちょうど真ん中にあるはず。ユナと二人で近づいていき、その推理が正しかったことを確認する。
右手に持った松明を壁へと押し当てる。
「これでラストだ!」
瞬く間に火は上へ上へと広がっていき天井まで広がる。これまでにつけてきた炎はここまでで進むことをやめていた。がしかし、今回は違った。炎は天井にぶつかるやいなや、天井部の全体へと炎を広げていく。燃え盛る天井が、次の瞬間――
――音を立てて、崩れる。
「あぶないっ!」
背中から鈍い衝撃。体が浮く。何が?理解。突き飛ばされた。だれに?ユナに。ユナは?よく見えない。目の前には?煙。煙。煙。煙。煙。煙。煙。煙。煙。煙。煙。煙。煙。煙。
「ユナ!おいっ!ユナ!大丈夫か!なんとか言えって!おい!おい!ユナ!ユ」
「だ、大丈夫!生きてる。あぐっ、へ、平気だから!」
良かった。生きてる。無理をしている声が聞こえてくる。声が頭のなかで反響している。俺のせいでまた誰かが死ぬのは嫌だった。
煙は晴れていく。まず目に映るのは崩れてきた、天井のが積み重なり、ぼこぼこの地形に変化しているもの。次に目に入ったのは、地面に仰向けになるようにして倒れいているユナと、ユナの右腕を、関節部あたりから飲み込む瓦礫の山だった。
急いで近寄り、命には別状がないことを視認する。よかった。本当に。こんな終わり方は絶対に納得がいかない。
「ユナちょっと待ってろ。今から瓦礫どかすから」
「うん。頼んだ」
瓦礫の重さはなかなかのもので、少し手間取ってしまう。けれどもなんとか瓦礫をどかすことができ、ユナの右腕が自由になる。ユナの右腕は、瓦礫に埋もれていたものの、つぶれてはいなかった。衝撃により折れてはいるが、それはオリジンで直せば元通りだ。
「はやくオリジンを使えよ。痛いだろ、そのままだと」
「……鞄から包帯取ってくれないかな?」
「包帯?なんでだよ?直せばよくないか」
「いいからとって」
「だからどうして」
「いいから!」
不可解だ。どうしてかは分からないけれど、ユナはオリジンを使おうとしなかった。このままにしておくこともできず、渋々ながら包帯を取り出す。ユナに近づき、包帯を巻いていく。慣れていないせいで、少し不格好になってしまった。
「ありがとう」
「それは俺のセリフだよ。ありがとう。助かった」
ユナに押されていなかったら俺は瓦礫の下で二度と呼吸することは無かったかもしれにい。素直に感謝の気持ちいっぱいだった。でもそれはそれだ。
「オリジンを使わないのがなんでだ?理由があるなら教えてほしい。理由がないってことはないよな」
「別に、大した理由じゃない。たまには使いたくないだけだって」
「嘘だ。それだけのことで声を荒げるような人じゃないよ、ユナは」
「本当だって!なんとなくなの!なんとなくだから……心葉は気にしないでいいの」
「気になるに決まってるだろうが!そんな痛そうな姿してんのに、俺に何も言うなってのかよ!無理だって、そんなこと」
「無理でもお願い。今は聞かないで。ちゃんと説明するから、ね」
悲しそうな顔だった。今にでも消えてしまいそうな、無理な笑顔。嫌で嫌で仕方がないのに諦めている。もう、どうしようもないから、しかたないから、そんな声が聞こえてきそうな笑顔だった。そんな顔をされたら反論なんて……。
「あとで説明してくれるんだよな」
「うん。もちろん」
「わかった。今は何も聞かないことにする。でも約束してくれ、命に関わるときはオリジンを発動させるって」
「うん。わかった。私がピンチになったら、使う。すぐに使うから。だから今は気にしないでほしい」
納得はしていない。けれども何を言ったところで、ユナが意見を曲げてくれるともおもわなった。何か隠しているのは明らかなのに、それを聞いてもはぐれかされる。ユナの考えることだから、信用するべきなのだろうか。ここで聞くのと聞かないのでは、未来が変わるような気がしてたならない。このままユナを信用して、目をつむるのか、それともユナの考えを聞き出すべきなのか。俺の答えは――
――ユナを信じるに決まってるだろ。
「わかった。気にしない。じゃ、行こうぜ塔の奥に。道は見えてる」
部屋の奥の一角を見つめる。そ子には天井が崩れる前には存在していなかった大きな扉が忽然と姿を現していた。衝撃で姿を合わすようにでもなっていたのだろう。ユナに手をだして、立ち上がらせる。
「ありがとう。……それじゃ行こっか」
二人で並んで扉に向かって歩いていく。確かに隣にユナはいる。でも俺とユナの間には会話もない、二人の間に言葉にできない何かができていた。原因はユナの行動であることは間違いはない。しかし、二人の間に現れた距離はきっと俺にも非がある。俺が気にしている証拠なのだろう。ユナと会ったばかりの時のような相手との距離は分からなくて、どう接したらいいのかが分からない。近くも遠くもない、掴みたくて、掴めそうで、でも掴めない。このもどかしい距離がなくなるのはいつだ。




