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【完結】1年後には辺境伯に嫁ぐ予定の令嬢ですが、好きな騎士は3年間の巡行へ行ってしまいました  作者: 福嶋莉佳


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第6話

翌日も、私はいつもどおり王立図書館へ向かった。家にいたところで、苦しくなるだけだった。


騎士団の訓練場の前を通りかかると、また若い女性たちの声が耳に入ってくる。


「今度はミレアですって。そこで聖女様とディーン様が二人で――」


「ここまで噂になるなら、本当に何かあるんじゃない?」


「巡行が終わったら結婚したりして」


楽しそうな笑い声。


私は足を止めず、そのまま通り過ぎた。


「……みんな、気にならないのね」


聖女様と、その護衛騎士。そんな二人に恋の噂があっても、人々はむしろ面白がっている。


図書館へ着くと、いつもの席に座り、本を開いた。


気になって調べてみれば、どうやら今に始まったことでもないらしい。過去にも巡行の途中で、聖女と騎士、あるいは聖女と聖職者の間に恋の噂が立ったことがあった。


中には、本当に想い合っていた者たちもいたという。巡行を終えたあとに騎士団を辞めたり、聖職を離れたりして、二人で国を出て新しい暮らしを始めた者もいた。


当時の記録を見る限り、それを祝福する人々も少なくなかった。


「……本当に、そうなの?」


頁を持つ手に、ぎゅっと力がこもる。


『……また、王都で会おう』


あの日のディーン様の声が蘇る。


そしてもう一つ。


『わたくしが赴く巡行ですもの。神はきっと、最後まで正しくお導きくださいますわ』


あの二人が、本当に――。


「アリア嬢」


「……っ!」


突然名前を呼ばれ、顔を上げた。


こちらへ歩いてくるユフィル様の姿が見える。その手には、何枚もの書類が抱えられていた。


そうだ。ユフィル様なら、何か知っているかもしれない。


噂について聞いてみようと口を開きかけた、そのときだった。


「おめでとう」


「……え?」


ユフィル様が笑った。


「王宮女官。採用されたよ」


「……えっ? ええっ!?」


思わず大きな声が出て、慌てて両手で口を塞ぐ。周囲から向けられた視線に、何度も頭を下げた。


「う、嘘……ほ、本当ですか?」


「こんなことで嘘ついてどうするんだよ。ほら」


差し出された書類を、震える手で受け取った。


王宮女官としての採用通知。そこには、確かに私の名前が書かれていた。


「……本当に……私の名前がある……」


嬉しい。夢にまで見たはずなのに、すぐには信じられなかった。


「いいのでしょうか……私、身元保証をしてくださる方もいませんし……それに、婚約もしている身なのに……」


「ああ。その辺りも問題ない」


ユフィル様はそう言うと、抱えていた書類の中から、もう一枚を取り出した。


「君の身元については、王宮側で保証することになってる」


「王宮が……? どうして、私を……」


「君が優秀だからだよ。前に書いていただろう? 小論文もいくつか提出されてる。あれもかなり評価されたらしい」


「そうですか……」


小論文については、以前ディーン様にも褒めていただいたことがある。


『職業斡旋所の問題点がよくまとまっているな。地方の求人をもっと積極的に扱うべきだという意見も、筋が通っている』


だから、あの小論文には少々自信があった。


けれど、なぜだろう。何かが引っかかった。


私はユフィル様の顔をじっと見つめた。


「何かな?」


「……」


「……」


そのまま黙って見つめ続けると、


「……まあ、君は疑問に思うよな。そういう子だもんな」


ユフィル様が諦めたように息を吐いた。


「あいつが、王宮に話を通したんだ」


「……ディーン様が?」


そんなことができるのだろうか。


いくらディーン様が優秀な騎士とはいえ、王宮女官の採用にまで口を出せるような立場ではないはずだ。たとえ騎士団長だったとしても、簡単なことでは――。


「……まさか」


ユフィル様は困ったように笑った。


「今回の巡行の褒賞だよ。巡行へ赴く騎士は、任務を果たした際に受け取る褒賞について、あらかじめ希望を出すことができる。昇進でも金でも、功績に見合う範囲なら考慮されるんだ」


そこで一度言葉を切り、私を見る。


「あいつはその褒賞として、君に王宮女官の受験資格を与えることと、王宮に身元保証をしてもらうことを願い出た」


「そんな……」


手の中の採用通知が震えた。


「もちろん、受かったのは君の実力だからね。それと、これ」


ユフィル様が懐から、折り畳まれた一通の手紙を取り出した。


「預かってた。もし君がこのことに気づいたら、渡してくれって」


震える指で手紙を受け取り、急いで開く。


そこに並んでいたのは、何度も見たことのあるディーン様の文字だった。


『アリアへ。


王宮女官として認められたのは、君がこれまで努力してきたからだ。


私は、門を開けてもらっただけにすぎない。


だから、自信を持って働けばいい。


もう、家の都合だけで自分の人生を決める必要はない。


君は自由だ。』


「ディーン様……」


涙が滲み、文字がぼやける。


手紙にはまだ続きがあった。涙を拭い、最後の一文へ視線を落とす。


『そして、私のことは忘れるように』


「……どうして……」


「……アリア嬢。巡行っていうのはな、ただ三年間、神殿を回って帰ってくる旅じゃない」


私はゆっくりと顔を上げた。


「いくつもの山を越える。病が流行っている土地へ入ることもあれば、賊に襲われることだってある」


ディーン様も言っていた。馬車も通れない場所へ、聖女様は足を運ぶのだと。


あのとき私は、聖女様は立派な方なのだと、それくらいにしか考えていなかった。


「名誉な任務なのは間違いない。でも――誰も、三年後に必ず戻ってこられるとは言えない」


「……嘘……」


「だから、あいつは出発前に、自分ができることを済ませておきたかったんだろうな」


胸が苦しい。


あの日、遠ざかっていったディーン様の背中が蘇る。


――あの人は、どんな気持ちで王都を発ったのだろう。


――あの人は、どんな気持ちで巡行路を教えてくれていたのだろう。


「……いらなかったのに……」


「え?」


「自由なんて、いらなかったのに……!」


涙が次から次へと溢れてきた。


「こんな離れ方をするくらいなら……何も、欲しくなかった……!」


自由も、居場所も、未来も。

こんなかたちで手に入るくらいなら、何もいらない。


だから――。


「……帰ってきて……」


聖女様と結ばれていてもいい。


私ではない誰かと幸せになる姿でもいい。


ただ、無事に戻ってきてくれるなら。


声を震わせながら、私は泣き続けた。


しばらくして、ユフィル様が口を開いた。


「……それとな。今、王都で流れてる噂のことだけど」


私は涙を拭いながら顔を上げた。


「あいつのことは、信じてやってほしい」


「ユフィル様……」


「あいつが聖女様に、特別な感情を持つはずがない。それに――」


ユフィル様は少し言いにくそうに頭を掻いた。


「仮に聖女様に好意を持ったとしても、任務中に周囲へ分かるような振る舞いをする男じゃないだろ?」


「はい……」


迷わず頷くと、ユフィル様はほっとしたように笑った。


「俺も気になって、噂の出どころを少し調べたんだ」


「……何か、分かったのですか?」


「いや。正確には、分かりかけたところで止めた。どうも、かなり上の方が絡んでる」


ユフィル様の声が低くなる。


「証拠もないのに、俺の立場でこれ以上踏み込むのはまずい。俺一人の問題じゃ済まなくなるからな」


ユフィル様自身、名のある家の出身だったはずだ。そんな彼が、これ以上は踏み込めないと言う。その相手がどれほどの立場なのかを想像すると、背筋が寒くなった。


「だから今は、これ以上動けない。悪い」


ユフィル様は立ち上がると、迷ったようにこちらを見た。


「あとさ。これはあいつに言ったら、たぶん怒られるんだけど」


「……?」


「できれば、待ってやってほしいんだ。親友としてのお願い」


「……え?」


「じゃあな」


それだけ言い残し、ユフィル様は逃げるように歩いていった。


私はしばらくその場を動けなかった。


やがて、採用通知とディーン様からの手紙を大切に胸へ抱き、図書館をあとにした。


帰り道、外へ出るとまだ日は高かった。


騎士団の訓練場の前を通りかかると、行きに見かけたのとは別の令嬢たちが、楽しそうに話していた。


「ミレアでも一緒だったんですって」


「もう間違いないんじゃない? 聖女様とディーン様」


「巡行が終わったら、そのまま結婚したりして」


私は足を止めた。


「あの……」


声をかけると、令嬢たちが一斉にこちらを見る。


「少し、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

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