21.宮廷魔術師に攫われる勇者
燃えていた。
私の世界が真っ赤な色に染まっていた。
その景色をただ見つめることしか出来なかった私に女神様は囁いたのだ。
『貴方の望む力を与えましょう』
私が喉から手が出るほど欲していた言葉をくれた。
だから私は勇者になると誓った。
崇高な英雄の理念とは程遠く、誰のためでもない選択。これは私が私を生かす為に必要な事だった。
その望みが、世界の救済と重り、勇者と羨望の眼差しを受けるようになった。
この世界は魔族の破滅を望んでいる。そう思っていた。
だから、どうしてこうなったのか、理解するのに時間がかかってしまった。
試練の隠されたダンジョンにて、私はリオン、シリウス、ダリルと共にトロールと呼ばれる巨大な大きな躯体と大きな目を持つ魔物を倒した。
魔物の消滅と共に、白い魔道士のローブを纏った、小さな子供が現れて自分は裁定者であり女神様の使いだと告げた。
「貴女に女神の祝福を授けます。レオーネ」
彼女が私の手を取り微笑んだその時、彼女の小さな頭を弾丸の様な土の塊が貫いていた。
彼女の身体は倒れると同時にダリルが手にしていた小さな翡翠色の宝石に吸収されてしまった。
終末の足音が間近に忍び寄るこの世界で、勇者を阻む意味が私には理解できなかった。だから、眼の前で起こった出来事を飲み込む事がすぐには出来ず、その凶行に反応が遅れてしまった。
出発前に勇者パーティの一員として急遽ダリルという魔術師が加わる事になった。魔剣士が2人に、魔術師、そして私といった万全の布陣での試練攻略だった。
その道中、世界を救う為に私達は心を一つに出来ていたと感じたが、それはどうやら勘違いだったと、この結果が証明することになってしまった。
この世界は今、様々な陰謀と憶測の中にあるのだと私は痛感した。
宝石を手にダリルはダンジョンから逃走した。
転移魔術が閉じられる前に、咄嗟に滑り込むことが出来たのは私だけだった。
残された2人が私の名を呼ぶ声を最後に私は転移していた。
ダリルが転移した先は、王都近郊の比較的賑やかで人口の多い街だった。
ひとまず彼を泳がせ、どこへ向かうのか追跡しようと思い、人混みをかき分けながら静かに後を追った。
人を避けるようにして、彼が路地裏へ入っていった。
日が沈んでしまったが、幸い今日は月がかなり満ちているおかげで、彼を見失わずに済みそうだ。一定の距離を保ち追跡していると、本当に唐突に、彼の悲鳴を私は聞く事になった。
薄暗い月明かりの下で、ダリルの片腕が石畳の上に赤い色を撒き散らして転がっていた。
それでも固くその手は女神様を閉じ込めた宝石を放すまいと閉じられていた。
片腕の無い彼に相対している者は魔術師で、白いフードを目深に被った者だったが、フードから見え隠れする髪飾りには見覚えがあった。
選択すべきはその腕であり、今すぐにでも確保すべきだとわかっている。
それでもダリルと相対するその魔術師が杖を振り上げた瞬間、私は駆け出し、ダリルを庇うようにして立ちはだかっていた。
「アリエス!何をしている!?」
「おや、どうして貴女がこのような場所に?」
「だからそれはこちらの台詞で……」
その短いやり取りの間に、ダリルはちぎれた自分の腕を抱え、血をしたたらせながら、走り去ってしまった。後を追ったものの、血は不自然に途切れその姿を追う事はできなかった。
「……やってしまった」
「初めから腕を奪えばよかったのですよ。レオーネ」
「君、私が飛び出さなかったら殺していただろう」
「そうですね」
「はぁ……」
こちらは唯一の手がかりを逃がしてしまったというのに、相手は気にもとめていない様子だった。
「気にかける必要がありますか?あれは勇者を阻む反逆者です。人類の敵ですよ」
「そうだ。君の手を汚す価値すらない」
「……珍しい意見ですね」
彼は淡々としていて、悪びれる様子もない。魔術師にとって人の命はどういう扱いをするものなのかわからなくなってしまう。それともこれは彼独自の価値観に基づくものなのだろうか。
「それで、なぜアリエスがここに?」
「私の推薦状が勝手に書き換えられ、何故か勇者パーティの魔術師がダリルになっていたので、後始末をしに動いていたらたどり着いたのですよ」
「もっと早く気づいてくれ」
「すみません。予定調和な事しか起こらないと思っていたので、気づくのが遅れてしまいました」
「はぁ……?」
相変わらず話が噛み合わない男だなと感じる。
「しかしこれは僥倖。そう思いませんか?貴方と私だなんて今までにない組み合わせです」
「うーん……舞踏会で踊ったよな?」
「ええ。初めての経験でした。貴女がリードしてくれなかったらとんだ笑いものになる所でしたよ」
「踊れないのにダンスに誘わないでくれ頼むから」
王城の屋根に置き去りにされた事の文句を言いに言ったら、何故かアリエスと踊る事になってしまい、しかもダンスに誘ってきたのはアリエスだというのに、さっぱり踊れなかったため、本当に何がしたいのかわからなかった。
あれは。今振り返ってみても胃が痛くなる様な時間だった。
「どうですか?私を選んでみては?」
「選ぶ?」
「私を貴女の恋人にしてみる気はないかと言っているんですよ。提案です」
「今の流れでよく言えたな、それ!?」
あまりにも頓珍漢な会話が続くため、私は頭痛を感じ始めていた。
「そうだな……1人でダリルを探すのは骨が折れそうだから、アリエスに手伝ってほしいのだが、どうだろう?」
「まあ、いいでしょう。恋愛とはこういった積み重ねが重要なのだと書物にもありましたし、私と親睦を深めていきましょうね。レオーネ」
「お、おう……」
口説かれているのだろうが、胸のトキメキというよりも頭痛がする。
先ほどまで行動を共にしていた、貴族の彼らとの落差が激しい。
彼らは貴族であるため、女性への態度を叩き込まれていたのだろう。
それに対して彼は書物から得た知識で行動している。選んだ蔵書によって変な知識が植え付けられていないことを祈るばかりだった。
「ただし、私の協力を得たい場合は王国への連絡は禁止です」
「だが、それではリオンとシリウスはずっと私を探し続けてしまう。」
「大丈夫です。アストライア公爵はとても優秀な方ですから、すぐに私の不在に気づきますよ。そうすれば私がダリルを追った事も理解できるはず」
「ならばなおのこと、隠す必要などな――――」
彼の人差し指が私の唇に軽く押し当てられる。
「いいから。」
月光に彼の髪飾りが淡く蒼く光を帯び、まるで女性の様に彼は妖艶な微笑みを浮かべていた。
「黙って私に攫われて下さいな。レオーネ」
魔術師の言葉は魔的だった。
「私は貴女を知りたい」
その赤い唇から溢れる吐息の様な声は。
「そして貴女もまた知るべき事があるはずです」
まるで予言だ。
私にはこの人の考えていることはわからない。
けれど、私には見えない何かを彼は見つめているような気がした。
まだ次が書けてません。とりあえずここまでですm(_ _)m




