水陸両用の名将:戚継光⑮
〇【戚継光大ピンチ!妾と隠し子が正妻にバレて鬼嫁に怒られた話】
隆慶四年、戚継光は四十三歳。
北方の辺境で忙しい毎日を送っていたが、ここにきて、なんと家の中で大問題が起こってしまった。
それは、彼がひそかに持っていた二人の妾と、その隠し子が、ついに正妻である王氏にバレてしまったことだ。
場面は、戚継光の居間。
威厳ある将軍としての顔はどこへやら、目の前で激怒した王氏は、まるで鬼のような迫力で睨みつけている。
「これはいったいどういうことだ、継光!」王氏の声は雷鳴のように響いた。
「妾たちをすぐに殺し、子どもたちも消し去るのよ!」
その目には、夫への怒りと失望がぎらぎらと燃えていた。
一方の戚継光は冷や汗をじっと拭いながら、頭の中はフル回転だ。
「これはマズい……どうにか時間を稼ごう」
彼は何とか、王氏から「一日だけ猶予」をもらうことに成功した。
その晩、戚継光は腹を決めて、王氏の弟を呼び出した。
弟は、普段は優しいが、今日ばかりは顔色が真っ青だ。
「お前に頼みがある。明日までに姉上を説得し、妾たちと隠し子を許してもらえ」
「えっ、そんな無茶な……!」弟は震え声だ。
しかし戚継光は言った。
「もしできなければ、お前も姉も一族も皆殺しにして、俺は官職を辞めて世捨て人になる」
「それって、逆ギレじゃないですか?」
低く鋭い声に、弟は身震いしながらも、覚悟を決めた。
翌日、弟は涙をこらえながらも、王氏に必死に説得した。
「姉上、どうかお許しを。継光様の願いです」
王氏は怒りの炎を燃やしつつも、弟の涙に心が揺れたのか、ついに折れた。
「わかったわ……隠し子は引き取る。でも、妾たちには厳しい罰を与える」
王氏は強い決意を示し、妾二人には「杖罰五十」を加え、追放することにした。
その話が広まると、周囲の人々はこう言った。
「さすがは戚将軍、深い考えがあってのことだな!」と褒め称えた一方で、
「でもあんな鬼嫁に恐れられているとは、将軍もただの人間なんだなあ」と、笑い話にしていた。
本人の戚継光も、苦笑いしながら言ったという。
「いやあ、妻には勝てませんな……」と。
こうして、将軍の家の騒動は一応の幕を閉じ、北方での戦いに集中できる環境が整ったのだった。
〇【戚継光、万暦元年の北方大改革!?】
万暦元年、つまり西暦1573年。
戚継光は四十五歳、相変わらず北方でバリバリ軍政改革に励んでいた。
「将軍、また新しい命令が来ましたわよ~」
「おお、林悦よ、そんなにハイテンションで来るな。こっちは戦の準備もあるんだぞ」
おカマ口調で元気いっぱいな林悦が、いつもの調子で戚継光に報告する。
林悦は戦場ではムードメーカーだが、報告はいつも元気すぎて、つい突っ込みたくなる。
「で、何の命令なんだ?」と、実直で清廉な童元鎮が真面目に聞いた。
「万暦帝が即位して、新しい時代の幕開けよ!北の辺境をしっかり守れって話だって!」
林悦は指をパチンと鳴らし、目を輝かせる。
「つまり、長城周辺に烽火台を増やして、駐屯基地を強化しろってことだな」
劉顕は細かい失敗が多いものの、実は有能な部下で、ぴしゃりと説明する。
「ほうほう、つまり新帝の期待は大きいってわけね。将軍も忙しくなるわけだ」
林悦はおどけて言いながらも、しっかりと仕事の重要さを理解している。
「でもよ、こういう大規模な工事って、時間も人手もかかるだろ?予算だって限られてるし」
童元鎮が、すぐに突っ込む。
「そこは心配いらん!」戚継光は得意げに胸を張った。
「俺の知恵と部下の力で、長城を北の要塞に変えてやる!」
「将軍、その自信はどこから来るんですか?」劉顕が首をかしげる。
「それはな…」戚継光はにやりと笑った。
「どんな困難でも俺たちは乗り越えてきたじゃないか。忘れたか?俺の若いころの“八百里長城守備”の話を!」
「おお、それは伝説だな!」林悦が盛り上がり、手をたたいた。
「ま、今回は伝説を超えるべく、最新の烽火台設置と、士気を上げるためのキャンプファイヤーも用意しようかと思ってる」
戚継光は冗談めかして言ったが、みんなは笑いながらも、彼の指揮に信頼を寄せていた。
「そうだな、まずは計画を立てよう。無駄のない工事と、隊士の訓練を同時に進めるべきだ」
童元鎮がさすがのまとめ役で、みんなの気持ちを引き締める。
「将軍、あんまり頑張りすぎてまた“おかしな失敗”をやらかすんじゃないでしょうね?」劉顕が軽くジョークを飛ばす。
「おいおい、俺の失敗は芸のうちだよ!」戚継光は笑顔で応じる。
そんなやり取りをしながら、北方の冬はまだまだ厳しいけれど、戚継光たちの心は熱かった。
新しい時代のために、長城の守りをさらに固める。彼らの奮闘はまだまだ続くのであった。
〇「くしゃみ十発、友情一念──万暦元年、南と北で心は通ず」
万暦元年──西暦1573年、冬。
北の果て。万里の長城の影が、うっすら雪に隠れはじめた頃。
「……はっくしょん!! ひ、ひっくしゅ……えぶしっ!」
戚継光は、毛皮の外套に包まりながら、とうとう七発目のくしゃみをぶちまけた。
「将軍、風邪ですか!? あ、あったかいお茶、いま、いま持ってきますね!」
すっ飛んできたのは林悦。あいかわらずハイテンションで、しかも今日も口調がどこかオネエっぽい。
「ちがう、これは……誰かが……ワシの噂をしておる!」
「そんなバカな。将軍が乙女のようなこと言わないでくださいよ」と、突っ込みを入れてきたのは、実直で生真面目な童元鎮。
「んー、でもこれだけくしゃみ出るってことは、きっと誰かが強烈に思い出してるってことじゃないですかぁ? キャー誰か将軍のファンかしら♡」と林悦がニヤニヤ。
「……はっくしょん!!」
戚継光は八発目を地響きのように炸裂させながら、ぐいっと鼻をすすった。
「……まさか、南のアイツか……?」
そう、福建の空の下。
そのころ、海辺の要塞では、俞大猷が松の木に腰をかけ、懐から取り出した笛を吹こうとしていた。
が、吹く前にひとこと──
「戚継光よ、あいつはいい男だった……」
「また始まった。将軍の“戚継光自慢”、今日で三回目ですぞ」
傍らの兵がうんざり顔でいうと、俞大猷はムッとした。
「いいか? あいつはな、若い頃、わしの作戦を学んで、海の戦いを一夜で覚えおった男だ。あれは、まさしく……武の申し子!」
「それ、昨日も聞きました。あと一昨日も……あとその前も」
「黙れい!!あやつはワシが育てたのだ!」
俞大猷は笛を投げ捨て、天を仰ぐ。
「福建と浙江の防衛を任されて、この老いぼれ、最後の戦場よ! ああ、せめて戚継光がここにいれば……」
──その瞬間、北の地。
「……はっくしょんっっ!!!」
九発目。いや、もはや爆発音。周囲の兵が吹っ飛びそうな勢いである。
「戚将軍、これは確実に誰かが念じてますよ! もしかして、呪いじゃないですか!?」
「いや、違う……あのくしゃみの熱さは、友情だ」
「え、何いまいい感じにまとめたんですか!?」
一方、南。
俞大猷はしんみりと空を見上げていた。
「会いたいのう……あのカチンコチンの顔と、いちいち真面目な返事……」
──そして北。
戚継光は、ついに十発目のくしゃみでテントを吹き飛ばし、雪の中で仁王立ちになった。
「おい、童元鎮! 手紙を用意せい! 林悦! 筆と墨だ!」
「え? まさか──」
「そうだ。ワシも……アイツが懐かしい!」
中年武将二人、距離にして数千里。
けれど、友情のくしゃみは、どんな軍報より速く、どんな伝書より熱く、南北の空を越えて届いたのだった。
――(万暦元年、くしゃみ通信。友情、通じる。)




