水陸両用の名将:戚継光⑫
〇第十四回「軍制改革はギャグから」
嘉靖四十三年、福建の地に新たな風が吹いた――いや、正確には、オヤジギャグの風だった。
「諸君! 倭寇を討つには、笑いが必要だっ!」
「えっ!? 軍制改革じゃないんですか!?」
童元鎮が思わず叫んだ。眼前で、福建総督に任命されたばかりの胡宗憲が、大真面目に壇上でドヤ顔していたからだ。
「笑い、つまり“和”の心が大事なのだよ。なにせ我々の敵は、倭寇なのだから!」
「……あの、将軍。この人、ずっとこんな感じなんですか?」
「うむ、最初は戸惑ったが……まあ、慣れた」
戚継光は腕を組んで、どこか楽しげだった。
胡宗憲は科挙を突破した秀才官僚。だがそれ以上に「オヤジギャグが大好き」という異才の持ち主でもある。
「さて! 戚どの、君の部隊は実に鍛えられておるな! まるで”チキンナゲットのごとし”じゃ!」
「……チキンナゲットになんの関係があるのでしょう?」
「いやいや、”むね肉を張れ”ってことじゃよ。洒落じゃよ。しゃーれー!」
童元鎮がその場でバタンと倒れた。たぶんダメージが大きすぎた。
だが、そんな胡宗憲。ギャグは置いといて、やる時はやる人である。
「倭寇の襲撃は年々激しくなっておる。だからこそ、今までの寄せ集め部隊ではもう対応できんのだ。これより、“戚家軍”を中心に、新たな軍制を敷く!」
「おおっ、それは……!」
戚継光の目が輝いた。
「まず、兵士たちには専門の教練を行い、長期の任務に耐えうるよう訓練する。しかも、武器・戦術・編成すべてを見直す!」
「なるほど、実戦主義ということですな」
「そう。その名も“訓練改革プロジェクト”。略して“訓改”。かんたんに言えば、“改革って、カイ〜カン☆”だ!」
「……やっぱり戻ってきたよこの人」童元鎮の頭がガクンと下がる。
「ま、まあ、ギャグはさておき、実際に動き出すとなると――わしの部隊だけでは人数が足りん。胡どの、補充兵は?」
「安心せい! 各地から兵を集めておる。訓練は任せたぞ、戚どの!」
「うむ、任された!」
数日後――。
浜辺では、怒号と汗が飛び交っていた。
「そこ! 構えが甘い! 剣は相手の喉元へ突くように!」
「はいっ! 隊長!」
戚継光は声を張り上げ、新兵たちに直接指導していた。その傍らで、また胡宗憲がやってくる。
「ふむふむ、見事な鍛えっぷりだ。これなら、“倭寇たちも講和”したくなるかのう……ワハハ!」
「ダジャレの火力だけは高いですね……」童元鎮が震える声でつぶやいた。
だが、この“ギャグ好きな総督”と“拳の将軍”が組んだことで、福建の軍は見違えるほど強くなっていった。
やがて、この新軍制は「戚家軍の奇跡」と呼ばれることになる――が、それはまた別の話。
「よし、では本日の訓練はここまで! 次回は“踊る長拳”の型だ!」
「なんか、またふざけた名前出たーっ!」
海風に笑い声が混じる午後。
胡宗憲の声が、またどこからか聞こえてきた。
「では解散ー! ギャグも命も、切らさず行こうー!」
「そっちのほうが切れ味いいじゃねーかっ!!」
〇【海賊王にオレはなれない】
嘉靖四十五年、年の瀬が近づくある日――。
戚継光は青ざめた顔で海を眺めていた。
「……また来たか、海賊どもめ……!」
海の向こうから、火を吹くような小舟が何隻も押し寄せてきていた。旗にはドクロの絵。まさに本物の海賊団、その名も――
「村上武吉……だな」
すっと背後から現れたのは、童元鎮。相変わらずの真面目顔で、眉間にしわを寄せている。
「隊長、あいつら、倭寇どころじゃありませんよ。あの旗……どう見ても《ワンピ◯ス》のパクリですよ」
「元鎮、それを言うな。こっちのメタ発言がバレたら、著作権が怖い」
「それより作戦を! 早くしないと焼かれます!」
そこへ、ずん、と重たい足音が響いてきた。現れたのは年配の官僚、胡宗憲。立派な髭をピンと立てているが、口を開けば――
「よーしよし、海賊は“かいぞく(会続)”してくるから困ったもんだ! はっはっは!」
「……」
「……」
戚継光も童元鎮も、しばし沈黙した。
「胡どの、それはダジャレですか?」
「うむ。会うたびに続けてくる、会続! いやあ、わしの知恵もとどまるところを知らんな!」
「……我らの士気がとどまるところを知りました」童が真顔で言った。
ともあれ、胡宗憲の支援で新しい火薬と投石器が届いた。これで連携して、村上武吉の海賊船団を叩くのだ。
「よし、作戦開始だ! “作戦名・おにぎり作戦”だ!」
「なんですその名前」童がツッコむ。
「船を三方から囲んで、まるでおにぎりの海苔みたいに締め上げる作戦だ! いざ、海苔でむすんでやる!」
「……おにぎりの具には何を」
「武吉だ!」
――こうして、作戦は始まった。
火薬玉が唸りをあげて飛ぶ。海は白煙に包まれ、村上船団の旗が一つ、また一つと落ちてゆく。
「海賊王に……オレは……なれ……な……」
最後の一隻が炎に包まれ、村上武吉が空に向かって両手を掲げる。海に響くその声は、どこか哀愁に満ちていた。
「よし、勝った! 元鎮、今夜は宴だ! 胡どの、何か言うことは?」
「よくやった、諸君! まさに“むらかみ(村噛み)”撃ちじゃな!」
「……」
「……やっぱり宴、中止にしません?」
「いや、むしろ肴だ。胡どののギャグで全員泣いてる。逆に忘れられん」
かくして、倭寇の名将・村上武吉を破った戚継光とその仲間たち。海は静かに凪いだが、胡宗憲のギャグ嵐はしばらく続くことになる。
中華の海は、広くて深い――でも、ギャグは浅い。
〇【功績認められてドッカーン昇進!?】
嘉靖四十五年――。戚継光は三十八歳になっていた。
長い戦いの日々を経て、ようやく朝廷から大きな評価を受ける時がやってきたのだ。
「おい、元鎮、ついに俺の功績が認められたぞ!」戚は朝から浮かれた顔で言った。
「隊長、何か良いことでも?」童元鎮は眉をひそめて訊く。彼は実直で清廉な部下であり、いつも冷静にツッコミを入れるタイプだ。
「なんと、南京の兵部尚書に推薦されたんだ。あの胡宗憲様が俺を推してくれたってさ!」
「胡どのと言えば、あのオヤジギャグ連発で有名な方ですね」元鎮は苦笑い。
そこへ、胡宗憲がどや顔で登場した。
「おっと、聞いたか?我が弟子、継光が昇進だってな!」
「はい、胡どの。おかげさまで推薦いただきました!」
「ふむふむ。これは“功績”というより“功ギャグ”かもしれんな、はっはっは!」
「……それは褒めてます?」元鎮はツッコミを入れたが、胡宗憲はすでに次のギャグを考えている様子。
「いやはや、功績が認められて“こうセキ”(功績)たものよ!」
「……ええ、わかりました」元鎮はあきらめ顔だ。
そんなこんなで、戚継光は南京兵部尚書への昇進が決まった。
「これからは、もっと大きな舞台で活躍だな!」と彼は目を輝かせた。
「まあ、隊長、ちょっと落ち着いてくださいよ。あんまり調子に乗って、また胡どののギャグに巻き込まれますよ」
「むむっ、確かに胡どののギャグは“破壊力バツグン”だからな!」
「破壊力は兵器でお願いします!」元鎮のツッコミが炸裂する。
昇進の祝いに、胡宗憲は宴を開くことにした。
「祝おう、継光の功績を!」胡どのは太鼓を叩きながら宣言。
「でも、隊長、功績の陰には僕ら部下の努力もありますよね?」元鎮は謙虚に言った。
「もちろんだ、元鎮。お前らがいなければ、俺の活躍も“空手形”だ!」
「空手形って、空手の免許証じゃないですよ!」元鎮がまたツッコむ。
宴会は大盛り上がり――かと思いきや、胡宗憲のギャグの連発で、みんな「笑い過ぎて腹筋が痛い」と言い出す始末。
「おいおい、胡どの、笑い過ぎて兵が倒れるぞ!」
「はっはっは、これも“軍笑作戦”じゃ!」
「やめてください、その作戦は怖い!」
こうして戚継光は、功績を認められ昇進しつつも、胡宗憲のギャグに囲まれて笑いと戦いの日々を過ごすのであった。
「さて、次はどんな任務が来るのかな……。でも、胡どののギャグは勘弁してほしいなぁ」戚継光はそう呟き、宴は続いていった。




