Rの物語 後編
そうして、今、カイル王子は姉様に国外追放を叫んだ。
「エリザ、お前は国外追放とする。本当なら王族たる私たちを騙した罪でその首を落としてやるところを、この心優しいルクレチアの願い出で、追放に留めてやるんだ。ルクレチアに感謝するがいい」
あたしはカイル王子に肩を抱かれながら、嗤う。さあ、断罪の始まりだ。カイル王子の、ヴァレオの、モンドリアンの……そして、お父様とお母様の。
「……わかりました。わたしはご指示に従って、この国を去らせていただきます」
待っててね、姉様。こいつらの末路を確認したら、あたしも姉様の元にすぐに行くから。
姉様が、馬車に押し込まれ、その馬車が出発する。
「あっはっは。これでルクレチア、お前がわたしの后に……、え?」
あたしは、すっとカイル王子の傍から離れる。もう演技の必要もないから。
「ルクレチア……、どこだ?どこにいる……?」
右を見たり、左を見たり。うろうろと、定まらない視線。
「ねえ、カイル様。貴方の目は、今、何を映しているのかしら?」
くすくすと笑う。いいえ、嗤う。
「み、見えない……。ルクレチアが……、何もかも……。どうして……?」
「どうしてもこうしても、無いわ。今までエリザ姉様がアンタの目を見えるようにしてやっていた。それが元に戻っただけじゃない」
姉様の馬車が遠ざかるにつれて、姉様に癒してもらっていたやつらが悲鳴を上げていく。
モンドリアンは床に倒れ、喘いでいる。ヒューヒューという荒い呼吸音が耳障りだ。
ヴァレオは獣のような叫び声をあげながら、右の肩を抑えている。本当にうるさい。
ブライジルやヴィヴィオス、レスタント……。他の多くの者たち、それから、きっとお父様やお母様も。
今ごろ血を吐いて倒れている頃かしらね?それとも熱の高さに朦朧としているかしら?自分が吐いた吐瀉物の中に倒れ込んでいるのかもね。
「な……っ!貴様、ルクレチア、私を騙していたのか……」
「騙す?そんな生易しいものじゃないわよ。これはね、復讐。今まで姉様がどれだけ大変だったと思うの?ねえ、あたしは嘘なんか言ってないわ。姉様は聖女なんかじゃない。あんたたちの傷や病を、全てあの華奢な身体で引き受けていたのよ。わかる?何十人分もの病や瘴気を身に受けて……はちみつ色の髪は黒く蝕まれて……、アンタが言ったように、肌も体も老婆みたいになって……」
くすくすと、嗤ってやる。カイル王子も、ヴァレオもモンドリアンも、みんなみんな姉様を苦しめたことを後悔するがいい。
「ねえ、今、どんな気持ち?見えなくなった目が見えるようになって、浮かれて、のぼせ上って、いい気になって。そして、今、またその目が見えなくなった。ヴァレオももう騎士なんてできないわね。モンドリアンもベッドから立ち上がれないような生活に逆戻り」
あははははははは、と大声で嗤ってやる。絶望っていうのを味わえばいいんだわ。……姉様のように。
がっくりと崩れ落ちたカイル王子をみても、ざまあみろとかしか思えない。
「ああ、何時までもアンタたちに構っている暇はないのよね。さすがにそろそろ姉様を追いかけないと」
あたしは目を瞑り、姉様の気配を探る。……カイル王子の采配なのかどうなのか知らないけれど、姉様の馬車を追いかけている者たちが何人もいる。見送りや護衛でないことは身にまとった殺気からわかる。盗賊とか、そういうのを装っているようだけど、馬の駆り方は、騎士のそれだ。ヴァレオの指示かしら?まあ、誰の指示でも関係ない。どうせ後で潰してやる。
とりあえず、探索魔法で、そいつらの声を拾う。
「そろそろいいか……。国外追放などというのはカイル王子の次の婚約者となるルクレチア様が罪悪感を抱かないようにするために過ぎない。国外に逃れる前にあの悪女を……殺せ」
ああ、急がなきゃ。のんびりカイル王子に構っている暇はない。まだやることがいっぱいある。
「目が見えなきゃ、きっとアンタは廃嫡されるわね。末路はどうなるのかしら?あたしにはアンタたちがどうなろうともう関係ない。カイル王子もヴァレオもモンドリアンも、みんなみんな、自分の見えない未来に……震えて眠るがいいわっ!」
大声で言いはなって、あたしは目を閉じる。
空間魔法、転移。
そうして、ふわっと降り立ったのはあたしの家。お父様とお母様の居場所を探す。魔法で探索をかければ、サロンで倒れているのが分かった
朦朧として、倒れている。お父様とお母様。
「だ、れか……エリザを、呼べ……、癒せ……」
ゼイゼイと呻くお父様を見下ろす。
「姉様はもういないわ。せいぜい自分の罪に震えながら、死を待つがいい」
「ルクレ……」
「さようなら、お父様お母様。……姉様を生んでくれたことだけは感謝しているわ」
両親に背を向けて、転移。
飛ぶ。姉様の馬車と、盗賊を模している騎士団の間に降り立って、迷うことなく騎士たちの首を、あたしの魔力で切り落とす。彼らは何が起こったかわからないだろう。
痛みを感じられないような殺し方では生易しいけれど、姉様に断末魔なんて聞かせるわけにはいかないから、これでいい。
……人を殺すのは、初めてだけど。良心の痛みなんて感じない。きっと生まれた時に、誰かに優しくする気持ちとか、そういうものはみんな姉様に預けて生まれちゃったのかもしれない。
まあ、どうでもいい。
あたしにとっては姉様だけが光だった。
だけど……姉様は、結果的にカイル王子という婚約者を奪ったり、大勢の人の前で婚約破棄の断罪をさせたり……、果てには人まで殺してしまったあたしのことを許しては……くれないよね、きっと。
手を汚したことを、後悔はしない。
姉様が幸せになるならそれでいい。
泣きたい気持ちを隠して、あたしは姉様の馬車の中に転移をする。姿を隠し、気配も隠していたというのに、やっぱり、姉様にはわかってしまったみたい。
「ルクレチア、いるんでしょう?」
姉様はきゅっと目を瞑り、そして、ゆっくりと開けてから、あたしの名を呼んだ。
「はあい、エリザ姉様」
許してくれないかもしれない……という気持ちで、手が、体が震えそうになる。それを隠すためにわざと明るく、返事をする。
ねえ、姉様。あたしは世界で一番姉さまが好き。姉様が幸せならそれ以外はどうでもいいの。
小さなころのように、あたしを抱きしめて、姉様がここに居るから大丈夫だって言って。
だけど、手を汚したあたしは姉様の傍にはふさわしくない。馬車の外に広がる夕闇、そして、これから訪れる夜の暗闇の中を、あたしは一人で震えていかなければならない。
でも……姉様が幸せに暮らせる国を、姉様のことを本当に愛してくれる人を探すから。
どうかお願い。
いつか朝日が昇って、姉様の道を照らすまでの短い間で構わない。震えて眠るあたしの……そばに、いて。
- 終 -
お読みいただきましてありがとうございました。
以前に別の名で掲載した話を、いくつか再掲してみようかなと思ってまとめてみました。
いつかこの話の続きを書いてみたいと思っています。