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やさぐれ英雄とはじめてのゴブリン退治

「おい、歩兵35号。」

35号と呼ばれた“それ”は、声のした方を向いた。

「呼んでるぞ、ヒロマに集合だ。」

声の主は、背が低くて不恰好で、ギョロ目で、肌は赤黒い生き物だった。

二本の足で立って、手がついている。服は申し訳程度に腰巻を巻いているくらいだった。

顔の真ん中ではとがった鼻が自己主張を精一杯行って、その下のほうには

バラバラのスキっ歯が口から顔を覗かせている。

「聞いてるか、オレはもういくぞ。」

それは、くるりと背を向けると、走って行った。

35号は考えた、オレも行かなければ、あたりをぐるぐると見回すと、

大きな鍋に水が張ってあるのが見えた。

鍋を恐る恐る覗き込むと、同じチビの怪物がこちらをギロギロと見ているのだった。


ヒロマでは、同じチビの怪物、つまりゴブリンがうようよ集まっていた。

35号がきょろきょろ見回しながら入ってくると、一番前の大きなゴブリンが、大声を張り上げた。

「全体!整列!!休め!」

大声を聞いて他のゴブリンたちは、右往左往し始めると、整列した風の隊列を作り出し、そしてその場へ座り込んでしまった。

35号も、列の一番最後にある程度の隙間を見つけると、ゆっくりと腰を下ろした。

大声を出したゴブリンを、ゆっくりと眺める。それは、他のゴブリンとは違って、短い角の生えた動物の頭骨の“兜”をかぶり、その隆々とした身体には、なめし革の“鎧”を着込んでいた。

鎧は、大きいとはいえそのゴブリンにはぴったり合っていないようで、腕の下や腰元がガチャガチャと身動きするたびに揺れる。


……。

35号が気づくと鎧のゴブリンが何かをわめいていた。

「我々、骸骨旅団の栄光の戦いによって勝ち取られた財宝を、奪おうとするものがある!」

勝ち取られた財宝とは、村からの略奪品であった、特に戦いはなく、牛もつまらない安ピカものも、夜のうちに失敬してきたものであって、村に戦いの心得があるものはいなかったのだが、そんなことは鎧のゴブリンにはおかまいなしらしい。

「われ等の神、ボラークからお告げがあったのだ!守れと!そして更なる血を望むと!」

ボラークなどという神は35号に覚えはなかった。

しかし他のゴブリンにはそうではないらしい。

「われ等は、この地と、財宝を守るため立ち上がる!聞け、戦士たちよ!これより、偵察部隊を2班、外に送り出す!われ等の敵を見つけ、これを報告せよ!」

ガチャガチャと鎧が揺れた。

座り込んでいたゴブリンたちは、があがあと何か言いながら立ち上がった。

鎧のゴブリンは、列の(と言っても曲がりくねっていたが)前を歩きながら、

「お前、偵察行け、お前と、お前と……。」

と何匹かのゴブリンを偵察部隊に任命した。

ゴブリンたちは、鎧の後ろで控えていた別のゴブリンから、鉄の皿のような帽子と刃こぼれのひどい槍を受け取ると、ガタガタと音を鳴らしながら洞窟の入り口の方へと歩いて行った。

「歩兵35号。」

一番最後にくると、35号の名を呼んだ。

「お前の作るスープは絶品だ。お前はひるめしの準備をすること。スープを忘れるな。」

こくり、と35号は頷いて、元いた台所へと向かって歩き出した。

オレだって、剣を取れば必ず勇敢に戦えるはずなのだが。

しかし、35号は同時になぜ戦わなければならないのか分からなかった。


35号は台所で昼飯の準備を始めた。

荒野ネズミのハラワタ、砂エビの頭、暗黒ツバキの固い葉……。

一流の食材たちを前に、ボロボロのナイフを構える。

手際よく、それらを処理すると、鍋に放り込み、ぐるぐるとかき混ぜた。

鍋はグラグラと煮え返り、タダレトカゲがスープから浮き上がってくる。

スープを眺めながら、耳を澄ませると、広間の様子が耳に入ってくる。

「第一偵察部隊、全滅!」

35号はとっておきの麦の穂を出して、大きなフライパンに並べた。

「第二偵察部隊、行方不明!」

フライパンの中で、芥子と麦が焼け、いい匂いが漂ってくる。

「ええい、迎撃部隊を組織する、ガズ、ピープ、バン、フー。犬を連れて行け!」

ガチャガチャと戦支度をする音が響く、槍が鉄の帽子を叩く音がして、また入り口へと音は消えていった。


大きな鍋を持って、広間へと歩いていく。

「今から通るぞ!」

バシャリバシャリとスープが飛び散るのも気にせず、そこらへんを汚しながら35号は歩いた。

かぐわしい香りが広間に広がり、鎧のゴブリンがわめくも、空腹を隠すことのできないゴブリンたちは鍋の前に殺到した。

お世辞にもきれいとは言えない木の皿を持ったゴブリンたちがスープをもっと入れてくれとねだる。35号は次々に皿をスープで満たしてやった。

鎧のゴブリンも、スープを見ると、その恐ろしいともユーモラスとも取れる顔をほころばせ、テーブルに座った。


「迎撃部隊、全滅!!敵は強大!」

報告が飛び込んできたとき、35号は自分の食事を食べていた。

鎧のゴブリンは、いらだちを隠そうともせず、テーブルを叩いた。

(もっとも、そんなことを気にしているゴブリンは一匹もいなかったが)

「ええい!もっと部隊を出せ!」

ゴブリンたちは顔を見合わせた。

「もっと!もっと!」

35号は、ぐるりと広間を見回す。かなりの数のゴブリンが減っているように感じた。

しかし、鎧のゴブリンがわめいて、新たに6匹のゴブリンたちが前の部隊を超える重装備をして出撃していった。


「オ、オレも戦える。」

35号は鎧のゴブリンにいった。

「もちろん、ボラークはすべてのゴブリンが戦うことをのぞむ。」

「オレ、戦える、オレも行く。」

「35号がいなくなったら、スープを作るヤツがいない。」

鎧のゴブリンは心底困ったように言った。


「来ました!!敵です!!」

伝令の声が響いた。

鎧のゴブリンも、他のゴブリンも立ち上がってガチャガチャと音を鳴らす。

「第一部隊!前進!広間を防衛しろ!」

勇敢なゴブリン第一部隊が重装備に身を固め、入口へ突進していった。

その間に、広間にはバリケードが築かれる。

「ギャー。」

剣戟の響きとゴブリンの断末魔、楽園と思えた洞窟も、今や戦場と化した。

やがて、バリケードを破って、敵は現れた。

大男が一人、男が一人、そして、マントを羽織ったエルフの女。

3人の敵は、ぐるりと広間を見渡す。

「突撃!」

鎧のゴブリンが命じて、残ったゴブリンたちもガチャガチャ敵に殺到しだした。

フルプレート・アーマーを着た大男が、これまた大きな盾を振りかざして、前に出た。突撃した3匹のゴブリンは盾に阻まれて、転んだり、また、盾にぶつかったりして突撃が止まってしまった。

「ケチなゴブリンどもか、お前らの奪った村の財産はここに溜め込んであるようだな。」

細身の男が言う、だが、彼のいう言葉は他のゴブリンには伝わっていないようだった。

鎧のゴブリンが剣を振り回して言った。

「囲め!囲んで叩け!」

槍を構えたゴブリンが前に出る。

大男が、さっと細身の男をかばうように前に出た、その隙に細身の男は、背中から大きな金槌を取り出すと部屋の端へと走る。

「時間を稼いでくれ!」

35号は細身の男から目が離せなくなった。

槍部隊は鎧の大男をぼこぼこ叩いている。男は厚い鎧を着ていたが、周りを囲まれたのが不利になったようで、じりじりと後退していた。

後退の隙を逃さず、槍が突き出され、さっと赤い血が洞窟の地面を濡らす。

「穢れし血よ、罪を精霊の前に雪ぐがいい、イル・ディ・クルセ!」

エルフの女が、杖のようなものをさっと前にかざしながら呪文を唱えると、槍部隊に電撃が走った。

電撃のしびれに、槍部隊の攻撃の手が緩まる。

「ええい、何をしている!突撃!突撃!」

槍部隊に囲まれた隙を縫って、立ち上がった突撃部隊が、大男の防御をかいくぐってエルフの女に殺到した。

エルフの女は杖を振って、突撃部隊の剣を受けている。

飛び退くとさらに杖を振り、どこからともなくバッタの大群を呼び寄せ、突撃部隊に襲い掛からせた。

身を齧る貪欲なるイナゴに身もだえする突撃部隊。

鎧のゴブリンは、さっと剣を振り上げると、敵に向かって突撃した。

「ギエエエエエ!」

ゴブリン語の雄たけびが響いて、鎧のゴブリンは、エルフに切りかかる。

エルフのマントを裂いて、鎧のゴブリンの剣が血の華を宙に咲かせた。

「くっ」

エルフの集中が切れ、蝗は雲散霧消した。

エルフの杖がさっと前に突き出され、鎧のゴブリンは胸当てで受ける。

ベコッと音がして、鎧のゴブリンは後ろへ倒れた。


大男が、剣をぐるりと振り、辺りの槍部隊へ牽制した。

槍部隊が後ろへ引くと、稲妻のように大男は踏み込み、ロングソードで槍部隊の一匹を串刺しにし、そのまま胴と足を分かれさせた。

断末魔が響いて、槍部隊のゴブリンは洞窟の床へ倒れ伏した。


35号は細身の男を見ていた。男は、ウォー・ハンマーをもって、洞窟の広間を走りまわっていた。

地面を眺め、ガツガツと軽く叩いたかと思うと、したたかにウォー・ハンマーで地面を叩いた。そしてまた走るのである。

35号は戦いのことを忘れ、男のしていることに興味を持っていた。

この男は何をしようとしているのだろう。

そして、3箇所の地面を叩き終えたとき、男は大声で仲間に叫んだのだった。

「戻れ!ガドルード!ディーナ!!」

二人は、細身の男の叫びを聞くと、さっと、ゴブリンの集団から入り口側へ飛び退いた。

そして、ウォー・ハンマーを振りかぶった細身の男は、大きく地面へとその槌の頭を叩きつけたのだ。


鎧のゴブリンは、男の叫びを聞いて、そちらの方を見た、しかし、次の瞬間には、地面がグラグラと揺れ立っていられなくなったかと思うと、地面が無くなっていることに気付いたのだった。

「-------!!」

声にならない声をあげて、ゴブリンの槍部隊も、突撃部隊も床の空洞へと落ちて行ってしまった、そして、ドプーンと水に落ちる音が35号の耳には入ってきたのだった。


「さて。」

カイトはガドルードとディーナを見る。

「とりあえず、あの村への借りは返したな。」

ぼんやりと新たに表れた空洞を眺めながらいう。

「こうなっていることを知っていたのですか。」

ガドルードがカイトに尋ねた。

「ああ、村のはずれで爺さんが畑で困ってたろ。この時期に畑が干上がっているのはおかしい、この辺は地下水が流れていて、畑の奥を潤しているからだ。

しかしそれがないってことは、地下水に何かあったんだろうと思ったが、

村でゴブリンの話を聞いて、まあ関係あるだろうと踏んでいたんだ。

直接手を加えたのか、生活して環境が変わったのかはわからないけどな。」

ディーナは感情もなく聞いていた。

「だから、地下水源の近くだろうとは思ってたんだ。今回はたまたま上手くいったけどな。」

35号は、カイトの説明に興味深そうに聞き入っていた。

「おい、お前、さっきから聞いてるけど、なんなんだ。」

「何が……?」

35号は聞いた。

「お前、ゴブリンだろ。」

確かに、ゴブリンだが。

「オレ、お前、頭いい。オレ、頭よくなりたい。」

「変なゴブリンだな。」

「オレ、戦っても強い。」

カイトは、じっと35号の顔を見つめた。

「お前の名前は?」

「歩兵35号と呼ばれてた。」

カイトは、後ろを向くと、入口へ向かって歩き始めた。

「じゃあな、35号よ。」

ガドルードとディーナも後へ続く。


35号は立ち尽くしていたが、やがて、洞窟の出口へ向かって歩き始めた。

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