Fランク冒険者の初仕事
自由都市フェルムの冒険者ギルドで、シェルエリナたち四人がGランクからFランクへ昇格した翌朝。
彼らが初めて受けたFランク依頼は、街道から少し離れた森での魔物討伐だった。
少なくとも、依頼書にはそう書いてあった。
「いた」
先頭を歩いていたノクトが足を止めた。
その一言で、後ろを歩いていた三人も止まる。
シェルエリナはノクトの肩越しに森の奥を覗き込んだ。
「どこ?」
「あそこ」
「どこ?」
「倒れた木の向こう」
シェルエリナは目を細めた。
木がある。
その向こうにも木がある。
さらにその向こうにも木がある。
「……木しか見えない」
「森だからな」
「それは知ってる」
ノクトは少しだけ振り返った。
「本当に?」
「ノクト」
「冗談だ」
「今の顔、絶対冗談じゃなかった」
「静かにしろ」
低い声が割って入った。
ガイアスだった。
大きな身体を少し屈め、盾に手をかけている。
シェルエリナも口を閉じた。
隣ではリゼリアが杖を構えている。
四人の視線が、ノクトの示した先へ集まった。
しばらくして。
倒木の陰から、何かが出てきた。
四本の脚。
灰色の毛。
低い体勢。
そして、こちらを警戒する二つの目。
一体。
続いて、もう一体。
さらに奥で枝が揺れた。
「三体」
ノクトが言った。
「依頼書には二体って書いてなかった?」
シェルエリナが小声で聞く。
「二体程度、だ」
「程度って便利な言葉ね」
リゼリアが呟いた。
「四体でも程度なのかな」
「五体までは程度かもしれない」
ノクトが答える。
「じゃあ六体から何になるの?」
「多い」
「急に雑ね」
「来るぞ」
ガイアスの声。
同時に、一体が地面を蹴った。
「――っ!」
ガイアスが前へ出る。
獣の身体が盾へ激突した。
鈍い音が森に響く。
「一体!」
「見えてる!」
シェルエリナが横へ走る。
二体目が回り込もうとしていた。
剣を抜く。
足を踏み込む。
振る。
――空を切った。
「避けた!」
「見れば分かる」
「ノクト!」
「右!」
言われるより早く、シェルエリナは右へ跳んだ。
さっきまで彼女がいた場所を、獣の爪が通り過ぎる。
「危なっ!」
「前を見ろ」
「見てる!」
「今、俺を見た」
「話しかけるからでしょう!」
「シェルエリナ!」
リゼリアの声。
今度は振り返らなかった。
横へ走る。
直後、後方から放たれた魔術が獣の足元へ着弾した。
地面が弾ける。
獣の体勢が崩れた。
「今!」
「分かってる!」
シェルエリナが踏み込む。
今度は外さなかった。
剣が獣を捉える。
一体が倒れた。
「やった!」
「まだ二体いる」
ノクトが言った。
「分かってる!」
「今、喜んでいた」
「一瞬くらいいいでしょう!」
その一瞬の間に、三体目が動いた。
ガイアスの横を抜ける。
「リゼリア!」
シェルエリナが叫ぶ。
リゼリアは動かなかった。
杖を構えたまま、まっすぐ獣を見る。
「リゼリア?」
「大丈夫」
「何が!?」
獣が迫る。
その直前。
横から何かが飛んだ。
短剣。
獣の鼻先を掠める。
わずかに軌道が逸れた。
リゼリアの横を通り過ぎる。
そして、その先には。
「ガイアス」
ノクトが言った。
「おう」
大きな腕が伸びた。
ガイアスが獣の首を掴んだ。
「えっ」
シェルエリナが止まる。
ガイアスはそのまま身体をひねった。
獣の脚が地面から浮く。
「ちょっと待って」
そのまま。
地面へ叩きつけた。
「そんな倒し方ある!?」
「倒せたぞ」
「そうだけど!」
「シェルエリナ」
リゼリアが静かに言った。
「まだ一体いるわ」
「あ」
振り返る。
最後の一体が逃げていた。
四人はしばらく、その背中を見送った。
「……逃げたね」
シェルエリナが言った。
「逃げたな」
ガイアスが答えた。
「追う?」
リゼリアが聞く。
三人がノクトを見る。
ノクトは森の奥を見る。
少し考える。
「追わない」
「どうして?」
「依頼は街道周辺に出る魔物の討伐だ。森の奥まで追えば、別の群れに出会うかもしれない」
「なるほど」
シェルエリナは剣を鞘へ戻した。
「じゃあ、これで依頼達成?」
「二体討伐。依頼書通りならな」
「Fランク初仕事、成功!」
シェルエリナが両手を上げた。
誰も反応しなかった。
「……成功!」
もう一度言った。
ガイアスが盾を背負う。
「腹減ったな」
「聞いてた?」
リゼリアは倒れた魔物を見ている。
「討伐証明はどの部分だったかしら」
「聞いてた?」
ノクトは自分の短剣を拾いに歩いていく。
「帰るぞ」
「ねえ!」
三人がそれぞれ動き始める。
シェルエリナだけが、その場に残った。
「もう少しこう……あるでしょう?」
ガイアスが振り返る。
「何がだ?」
「初めてのFランク依頼よ?」
「終わったな」
「そうじゃなくて!」
リゼリアも振り返る。
「お祝い?」
「そう!」
「昨日したでしょう」
「昨日は昇格のお祝い!」
「今日は?」
「初依頼成功のお祝い!」
ノクトが遠くから言った。
「明日は?」
「明日は……」
シェルエリナが止まる。
少し考える。
「二回目の依頼成功のお祝い?」
「毎日やる気か」
「いいじゃない」
「金がなくなる」
「ノクトは夢がない」
「金はある」
「そういう意味じゃない!」
ガイアスが笑った。
大きな声だった。
森の鳥が何羽か飛び立つ。
三人がガイアスを見る。
「なんだ?」
「いや」
シェルエリナが笑う。
「ガイアスが一番楽しそう」
「そうか?」
「そうよ」
「腹が減ったからな」
「それとこれ、関係ある?」
「ある」
「ないでしょう」
「あるぞ」
「何が?」
「帰ったら食える」
シェルエリナは一度、口を開いた。
閉じた。
それからノクトを見る。
「……今の、どう思う?」
「ガイアスにしては筋が通っている」
「おい」
「褒めてる」
「そうか」
「絶対褒めてないわよ」
リゼリアが小さく笑った。
シェルエリナはそれを見逃さなかった。
「リゼリア、笑った!」
「笑ってないわ」
「笑った!」
「気のせいよ」
「ノクト、見た?」
「見てない」
「ガイアス!」
「腹減った」
「もう!」
三人は歩き始める。
シェルエリナも、その後を追った。
森を抜ければ、フェルムへ続く道がある。
昨日まで、四人はGランク冒険者だった。
今日からはFランク。
だからといって、何かが急に変わったわけではない。
ノクトは相変わらず余計なことを言う。
ガイアスはすぐ腹を空かせる。
リゼリアは笑っても笑っていないと言う。
そしてシェルエリナは――
「ねえ、帰ったら何食べる?」
「肉」
「ガイアスには聞いてない」
「じゃあ聞くな」
「みんなに聞いたの!」
「肉」
「だから!」
――今日も、よく喋る。
しばらく歩いて。
ノクトが前を向いたまま言った。
「シェルエリナ」
「なに?」
「初仕事」
「うん」
少しだけ間があった。
「悪くなかった」
シェルエリナは目を瞬いた。
それから、笑った。
「でしょう?」
「次は剣を外すな」
「……今ので終わればよかったのに!」
フェルムへ続く道に、四人の声が響いた。
Fランク冒険者になった彼らの最初の一日は、たぶん、そんなふうに過ぎていった。




