そこじゃねえだろ
九課に戻るやルイは即座に課長たちへ緊急招集をかけた。
リモートとは言え立場ある人間を自分の一声で集める。
それはルイの自尊心をこの上なく満たす行いでシリアスな表情とは裏腹に内心はご機嫌だった。
「御多忙のところ申し訳ありません」
【ルイくんがわざわざ呼び出すほどだからねえ。集まらんわけにはいかんでしょう】
【礼儀正しさは美徳だが今は省いても良いだろう。本題を頼む】
何だお前殺すぞ。
軽く不機嫌になりつつルイは頷き、こう切り出した。
「――――機人佰號が僕に接触を図りました」
画面の向こうで課長たちが息を呑んだ。
機人佰號の存在は当然、彼らにも共有されている。
だからこそこのタイミングでの接触に警戒心が一気に跳ね上がったのだ。
【……消耗がないところを見るに戦闘にはならなかったと見て良いのかな?】
「ええ。最初から争う気はなさそうでした。僕にコンタクトを取った理由ですが」
【桃井千世関連、で合ってるか?】
「そうです。やはりと言うべきか機人佰號は桃井千世を目障りだと思っているようで」
内輪揉めや粛清が起きていないあたり桃井千世には気取られていないのだろう。
だが明確に敵意を抱いていることが発覚したと言えば課長たちは難しい顔で唸った。
ここまで話せば察しの良い彼らならある程度は見えて来る。
【儂らをぶつけて彼奴の首を取るつもりか】
【で、あわよくば相討ちになってくれればってところかしら】
【だがただ打ち明けただけじゃないだろ。取引の形になったと予測するがそこはどうだ?】
「お察しの通り、奴は僕を通して特対に取引を持ち掛けて来ました」
その場で決めねば話はなかったことになるということで受け入れはした。
だが特対ではなく神央累個人での契約に変えさせたと付け加える。
そうすることで特対そのものを巻き込む軽挙を犯したわけではないとアピールしているのだ。
同時に個人として契約を結んだことで責任を取る姿勢も。
つくづく見栄を張ることに余念がない男である。
【そこまでの好条件、だったと】
【こちらの負担を減らし決戦への余力を残すような提案だとは思うが……】
「詳しい内容を話す前にまずは現物を見て頂きたく」
そう言ってルイは収納から幾つもの物品を取り出す。
再度、課長たちが息を呑んだ。
並べられた品々が尋常のものではないと一目で看破したからである。
「これでまだ“一部”です。残りはまた後日、送られて来るそうで」
【……儂らを説得するための前金にしちゃあ、気前が良いなんてレベルじゃねえのう】
「では改めて取引の内容を説明します」
特対の負担を軽減するため一部敵組織の動きを牽制すること。
貴重で有用な呪具、魔具の類を提供すること。
特対にとって益のある内容を並べて行き最後にルイはこう告げた。
「一定期間手を出さないという不戦の契り」
桃井千世を打倒し解放戦線を壊滅させた場合。
直ぐには仕掛けるような真似はしない。猶予期間を設けると言ったのだ。
機人佰號が明確にこちらを狙っているということであり……。
【やはり、お嬢さんを狙っているのね】
【今まで手を出さなかったのは桃井千世に渡ることを恐れてってところか】
【……厄介な手合いを倒してもまだ終わらないわけだ。気が滅入るねえ】
「ありがたいことに日時まで指定してくれましたよ」
それは? と問われルイは一つ間を置き答えた。
「十二月二十四日、クリスマスイヴ」
ルイだけが知る世界終焉の前日だ。
【解放戦線との決戦が見立て通りに起これば一月ぐらいか】
【決して多いとは言えないけれど、消耗し切ったところを狙われるよりはマシか】
備えるだけの時間があるというのは大きい。
【ところでお嬢さんにはもう】
「……言うべきか迷いましたが、一先ず決戦が終わるまでは伏せておこうと思ってます」
機人佰號に狙われている。
それ自体はハジメも何となくは理解しているはずだ。
何せ幸男への事情聴取の結果も聞いているのだから。
しかし改めて明言されるとなればその心的負担は増えてしまう。
「来る解放戦線との決戦でただでさえ心配をかけてますから」
【……うむ。その判断を尊重しよう。一番仲が良いのはお前さんじゃからの】
「ありがとうございます」
そこで空気が緩み最年長の野崎が代表してルイに告げる。
【ともあれよくやってくれた。紛れもなくこれは儂らの追い風よ】
「いえ僕は何もしてませんよ。ただ交渉相手に選ばれただけですし」
【譲歩を引き出したのはあなたでしょ?】
唯々諾々と受け入れただけならもっと旨味は少なかったはず。
そこらの事情も汲み取れる者たちだからこそ、ルイは敢えて謙遜したのだ。
謙遜した上でかけられる賞賛が気持ち良いことを知っているから。
「……ありがとうございます。それでなんですが」
ルイはパソコンを操作し全員の端末にリストを送った。
そこには現段階で確実に牽制出来るであろう組織の名が記されている。
【ほう、これはこれは】
【これに合わせてこちらも動きをある程度、変える必要があるな】
【人員の再配置を始めとするリソースの再分配か。こりゃ骨が折れそうだ】
そこから全員での調整が始まる。
ここまでよりも随分長く話し合いは行われ終わる頃には日付が変わりかけていた。
だが今日の仕事はもう終わり! 家帰って寝ようとはならないのが課長の辛いところだ。
ルイも他と同じくオフィスに戻ってデスクワークに勤しむこととなった。
普通なら過酷な労働環境を嘆くものだが、
(フフ、今回もまた存在感を示せた。近付いてる、近付いてるぞ着実に。局長の椅子へ!)
生憎とルイは普通ではない。
(だが焦るな。一歩ずつ、一歩ずつだ。地道にコツコツ積み重ねていくんだ)
そこじゃねえだろ。
暫定ラスボスの機人佰號がだ。十二月二十四日を指定したんだぞ。
世界が滅ぶのは翌日のクリスマス。
そこの差異は何だろうと考えるとかやるべきことが他にもあるだろ。
「む」
だがご機嫌気分は長くは続かない。
オフィスに近付いて来る不快な気配を察知したからだ。
気配の主にはナイスと言わざるを得ない。
「こ、こんばんはぁ」
「こんばんは。どうしたんだいハジメさん?」
「や、その……まだ仕事してるって聞いてさ。その、差し入れ」
とハジメは照れ臭そうに包みを差し出す。
どうやら手作り弁当らしい。
(僕に残飯を食わせるつもりとは良い度胸だな)
という本音を押し殺しつつ笑顔で感謝を告げる。
「えへへ、うん。どういたしまして」
ニマニマモジモジ。
今のハジメに擬音をつけるならそんな感じだろうか?
(何だコイツ。やけに上機嫌だな。気持ち悪い)
……もうちょっと考えろよ理由を。




