再現
ハウンドは静かに椅子を引き、立ち上がった。
「おい、もう一度見せてやる。」
「……?」
「よく観察しておけよ。」
レインが反応するより早く、ハウンドはスッと構えを取る。
先ほどよりも、動作の無駄が削ぎ落とされ、洗練された型になっている。
(……さっきより細部まで視える。)
体重の移動、重心の位置、関節の動き、力の流れ……
"情報"として目の前に展開されているかのように、明確に理解できる。
(才能を発動させているからか?)
ハウンドは一連の動きを終えると、レインをじっと見据えた。
「やってみろ。」
レインは深く息を吸い、再び構える。
さっきとは違う——動きの"芯"が分かる。
腕の角度、足の踏み込み、呼吸の使い方……
記憶を再生するだけでなく、"理解"して再現しようとしている。
そして——動く。
「……!」
シオリが驚きの声を上げた。
「すごい!60%くらいまで再現率が上がったよ!」
レインは拳を握ったまま、一瞬驚く。
(確かに……さっきより"しっくり"くる。)
ただのコピーじゃない。
"観察"したことで、自分の体格に合わせて修正ができるようになっている。
「……成長したな。」
ハウンドが低く言った。
「だが、それだけではまだ"私"にはならない。」
「まあ見てろ。そのうち、"お前"が俺を追う番になる。」
「寝言は寝て言え。」
レインはわずかに笑う。
(こいつの"カンフー"を完全に再現するには、まだ足りない。)
だが、確実に"人間観察"の才能は、進化している——
そう確信できた瞬間だった。
ハウンドは腕を組み、レインを一瞥すると、ふっと息を吐いた。
「少し用事が出来た。今日はその辺にして早く休め。」
「……ん?」
「明日から忙しくなるぞ。」
そう言い残し、ハウンドは扉を開け、部屋を出ていった。
レインはその背中を見送りながら、ふとテーブルの上のコーヒーカップに目を向ける。
(……持ってくるだけ持ってきて、ほとんど飲んでないじゃないか。)
カップには、冷えきったコーヒーが半分ほど残ったままだった。
レインは軽く肩をすくめ、カップを持ち上げると、一口だけ飲んだ。
(苦ぇ……)
先が思いやられるな。
レインはため息をつき、バングルの表示を消しながら、ベッドへと向かった。
レインは軽く伸びをして、ベッドへ飛び込んだ。
シオリのホログラムは、部屋の隅でぼんやりと浮かんでいる。
「……今日は色々あったな。」
ベッドに仰向けになりながら、レインはため息をついた。
「うん。現実って思ってたよりも複雑だね。」
シオリの声は少し沈んでいた。
「どうした?」
レインが顔を向けると、シオリは少しだけ考え込むように視線を落とした。
「……レインは、これからどうするの?」
「どうするって?」
「ハウンドさんも、ザイオンさんも、みんなレインを試してるみたいだから。」
「……まぁな。」
レインは枕に体を預け、天井を見上げた。
「でも、それは俺がここに来たばかりだからだろ。俺がどういう人間なのか、何を考えているのか、全部測ってるんだ。」
「ふぅん……」
シオリは頷きながら、微かに口を尖らせる。
「レインは、誰かの期待に応えたいの?」
レインは少し考えた。
「……いや。」
「じゃあ、何のために頑張るの?」
レインは天井を見つめたまま、ゆっくりと目を閉じた。
「"俺"のためだよ。」
「レインのため……?」
「ああ。誰かに求められるからやるんじゃない。俺が"俺"を知るためにやるんだ。」
静寂がしばし続いた。
「……そっか。」
シオリの声が、少しだけ柔らかくなる。
「おやすみ、レイン。」
レインは目を閉じながら、小さく呟いた。
「……おやすみ、シオリ。」
部屋の明かりが少し落ちる。
ホログラムのシオリの光も、徐々に薄れていった。
レインはそのまま、静かに眠りについた。
お疲れ様、ゆっくり休んでね、レイ。
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