初めての
文化祭が始まって数分が経過した。これから、アルス達の白雪姫が始まるのだ。司会役の生徒がステージの前に立ち、咳ばらいをした後でナレーションを始めた。
「これは昔々の物語です。あるところに、白雪姫と言うとんでもなく美しい娘がおりました」
それとともに、ステージの幕が上がった。そこにはすでに白雪姫の衣装を着た弓彦が座っていた。その後ろ姿を見て、観客たちは驚いてこう言った。
「おお、何て綺麗な……」
「美しい」
「あんなかわいい子がいるなんて知らなかったぞ」
「情報がない……ホント、どういう事なんだ?」
と、観客達は絶賛の声を上げていた。そんな中、事情を知るムーンはその声を聞いて少し笑っていた。
「ねぇ、どうして笑ってるの?」
「あれ誰か知ってるの?」
雀と乃小がこう聞くと、ムーンは白雪姫を演じているのが弓彦だと知らせた。その答えを聞き、二人は笑いそうになった。
そうこうしているうちに、場面は徐々に変わって行った。最初のシーンである、兵士が白雪姫を逃す場面となった。
「うんうん、いい感じじゃない‼」
「弓彦君もなんだかんだ言ってたけど、何とかやってくれてるみたいだね」
生徒達は弓彦の演技を見てホッとしていた。そんな時、横から兵士役の生徒が現れた。
「なぁ、俺の兵士衣装知らないか?」
この言葉を聞き、生徒達の目は点となった。
「え……じゃああれ誰なの?」
「代役も立ててないし」
周囲がざわつく中、アルスは嫌な顔をしていた。
「奴だな。なぁ、黒子用の衣装はないか?」
その後、アルスは黒子の衣装をまとい、セットの後ろに隠れながら兵士に近付いた。
「白雪姫、ここなら安全です。お逃げなさい」
「でも、この事がばれたらあなたは……」
「私の事は心配しないでください。何とか生き延びてみます。それと……ここは誰も来ない森の中。今いるのは私とあなただけ……」
兵士役の生徒の不穏な空気を察し、弓彦の顔が青くなった。弓彦は小声でこう言った。
「おい、何やってんだ世界!?」
何と、白雪姫の正体が弓彦だと気づいてしまった世界が、劇に入っていたのだ。
「フフフ。私が勘付かないとでも思ったの?」
「クソッたれが‼いいから早く出ていけ‼お前の出番はもう終わりだ‼」
兵士役となった世界が怪しげな行動をとったせいで、観客がざわつき始めた。
「何か様子がおかしいぞ」
「あれ、兵士が変なことをやりそうだ」
「おいおい、これって学生の劇だろ、なんか変な劇だなー」
ざわつき始めたのを察した弓彦は、世界に帰れと伝えたが、世界は帰らなかった。
「さぁ……皆が見守る中一緒になりましょう……」
「劇を台無しにされてたまるか」
セットの裏にいたアルスが、神的速さで世界をセット裏に連れ出した。弓彦はアルスが何とかしてくれたと察し、ホッとして劇を続けた。で、舞台裏の方では。
「全く、貴様という奴は本当に呆れたぞ‼」
アルスが騒いで暴れる世界を縄で六甲縛りにし、廊下の外に追い出していた。
「ちょっと、この縛り方はまずいんじゃないの!?ほどいてよ、結構きつく縛られてるから腕と足が痛い‼」
「しばらく反省していろ変態ストーカーが‼」
アルスは扉を閉め、世界の言葉を遮った。
「ごめんねアルスちゃん、変態が紛れ込んだのを察知できなくて」
と、女生徒がこう言ったが、アルスはいやいやと言ってこう付け加えた。
「私にも責任がある。あの変態の行動を見抜けなかったからな」
しばらくし、劇は小人が出てくる場面となった。小人役はモブの生徒である。それから劇は続いたのだが、小人に交じって変なのが紛れ込んでいた。それに気付いたアルスは、また黒子の服を着て変態を連れ出した。
「今度はお前か変態魔王‼」
世界の次に紛れ込んだのはショーミだった。アルスはショーミを縛り上げた後、光魔法で焼き始めた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア‼熱い、ちょっと待って、マジで熱い‼火傷しちゃう!おしりに火が付いちゃう!」
「貴様の汚れたシリなど焼いて無くなってしまえ‼」
「アアアアアアアアアアアアア‼助けて神様仏様‼」
「それが魔王の言うセリフか‼」
その後、ショーミを半殺しにしたアルスは廊下へ出て、窓から外へ放り投げた。
「全く、どいつもこいつも……」
「本当に大変だね、アルスちゃん」
生徒の一人が、荒く呼吸するアルスを見てこう言った。そんな時、別の生徒が慌ててアルスの元へ駆け寄った。
「次、アルスさんの出番だよ‼」
「私の出番か、よし‼」
アルスは自分自身に喝を入れ、ステージへ向かった。
場面は最後のシーンとなっていた。毒リンゴを食べてしまった白雪姫に王子様がキスをする場面だ。
「姫様~」
「何で怪しい人から貰ったリンゴを食べちゃったんだよ~」
「変な人から物を貰わないって教えてもらえなかったの~?」
小人役の生徒が泣く演技をしながら、弓彦の前でおいおい言っていた。そんな時、王子様の衣装を着たアルスがステージに現れた。
「キャアアアアアアアア‼お姉さまァァァァァァァァ‼」
アルスの王子様姿を見て、ムーンはかっこよさのあまり悶絶してしまった。
「ムーンちゃん!?」
「あらまー、夢の世界に行っちゃってる」
気を失ったムーンを抱え、雀と乃小がこう言った。
「美しい娘だ。だが、どうして目をつぶっているんだ?」
「変な婆から貰ったリンゴを食べたらしいんです」
「それで、眠ったままなんです~」
「やべー、脈がない。今夜が峠かも」
小人のセリフの後、アルスは目をつぶっている弓彦に近付いた。弓彦自身は早くこの劇が終わってくれとずっと思っていた。
「かわいそうな娘だ……まだ私と同い年位なのに……せめて、最後に口づけを……」
ようやく終わる。弓彦は心の中でこう呟いた。だがその時、アルスが小声でこう呟いた。
「すまん弓彦、劇を盛り上げるのに手を貸してくれ」
「何をするんだ?」
「お前、キスはしたことがあるか?」
「無いけど」
「……すまん。ファーストキスを私に捧げてくれ」
「え?」
その時、弓彦の口が何かで抑えられた。耳に聞こえるのは観客と小人の驚く声。しばらくし、口にふさがっていた物がどかされた。何でこうなったのか分からなかったが、後で考えようと弓彦は思い、劇を進めた。
無事に劇が終わった後、三毛が目を丸くしながらアルスと弓彦に近付いた。
「ねぇ、あれ本当にやったの?」
「あれって何?」
「察してないのか?お前とキスをした」
アルスの言葉を聞いた弓彦は、その言葉を理解するのに少し時間がかかった。
「嘘だろ……お前……俺と!?」
「ああ」
弓彦はうろたえながら、アルスにこう聞いた。
「いいのかよ、キスの相手が俺で!?」
「別に構わないさ。おっさんが最初の相手よりましだろ」
「まぁ……確かにな」
その後、弓彦は顔を真っ赤にしながら着替えをしに戻った。アルスも自分の唇に手を当て、少し頬を赤く染めていた。
そんないいムードが漂っているとは知らず、観客席にいる雀と乃小は、気を失っているムーンを見てこう言った。
「今のシーンをムーンちゃんに見せなくてよかったね」
「うん。きっと暴れて大変なことになってたよ」




