勇者の一年
夏が過ぎ、あっという間に秋が来た。
「もう一年か……」
アルスはカレンダーを見て、小さく呟いた。丁度この日は、アルスがここに来て一年になるのだ。
(あれから、ずいぶん私は変わったものだ)
アルスはこう思いながら、階段を上がって行った。
クリスルファーにいた頃は毎日モンスターや魔王側の人間と戦ってばかりいた。同い年の女の事遊んだり、異性の子とロマンチックなことなんて起きたりしなかった。あの時は、魔王討伐の事しか考えていなかった。
だが、今は違う。戦いとはかけ離れた生活をしていたせいもあるが、三毛などの同世代の友達が出来た。そんなこんなでアルスの異世界ライフは充実していた。
しかし、この前のムーンの言葉がきっかけで、アルスはある事を考えていた。今はクリスルファーに戻る手段はないのだが、いつかきっと、戻る手段が見つかるかもしれない。その時、アルスは一体どうしようか考えていたのだ。
「どうしたのアルスちゃん、そんな考え込んだ顔しちゃってさ」
アルスに近付いてこう言ったのは、弓彦姉だった。
「お姉さん」
「何か相談事?聞いてあげるよ」
その後、アルスと弓彦姉は近くのカフェへ行き、話をした。
「実は、もし元の世界に戻る事が出来たら、どうしようかと思って
「元の世界?」
「はい。今はクリスルファーに戻る方法はないのですが、いつか戻る方法が見つかると思うんです……しかし……」
「この世界も気に入ったってことだね」
弓彦姉はコーヒーをすすり、アルスにこう言った。
「はい。今までの私はずっと戦ってきたから、同い年の子と同じようなことをするのは少し抵抗があったんです。しかし……この世界に来て……多分、私は変わったんだと思います」
「だね。最初の頃よりも大分柔らかくなってると思うよ。相変わらず魔法は使うけどね」
「便利なので」
アルスはコーヒーを飲み、小さく苦いと呟いた。
「うーん。アルスちゃんが今後どうしたいのかは、アルスちゃんが自分で答えを出すしかないと思うかな」
「自分もそうだとは思いますが……一つだけ、心配事があるんです」
「心配事?」
「あの変態の事です」
アルスは窓を指さしてこう言った。窓の外には、ショーミが窓に顔をくっつけながらアルスを見つめている姿があった。
「あー、あの変態魔王か」
「もし、私がここに残るとしても、あの馬鹿をほおって置けません」
「確かに。あの変態を倒せるのはアルスちゃんしかいないよね」
「私がここに残ってあの馬鹿を戻したとしても、あの馬鹿はきっとクリスルファーで悪さをすると思います」
「悪さって?」
「国中の女を攫ってハーレムを作るんでしょう」
「あり得る」
しばらくすると、アルスは外に向かった。そして、相変わらず凝視してくるショーミをぶっ飛ばした。
「失礼しました」
「いいよ、気にしてない」
弓彦姉はこう言うと、アルスにこう聞いた。
「ねぇ、もしここに戻るとしても、今後はどうするの?」
「うーん……もしあれなら、高校卒業後に自立して働こうかなと思ってます」
「へー、残った時のことを考えていたんだ」
「あくまで私は居候の身です。これ以上弓彦達に迷惑をかけてばかりではいけません」
「私としては、妹が自立するみたいで切ないなー」
この時、弓彦姉はあるアイデアを思い浮かんだ。
「何ならさー、弓彦と結婚してこの家にすんじゃえばいいじゃん‼」
この言葉を聞いたアルスは、口にしていたコーヒーを吹き出してしまった。
「け……けけけけけけけ結婚!?」
「弓彦もあまりモテない奴だし、多分この先いても彼女は出来なさそうだしさー。アルスちゃんがあいつの嫁になるんだったらいいかなーって」
「ちょ……そそそそそそそそそれは……その……えーっとその……」
動揺するアルスを見て、弓彦姉はこう聞いた。
「遭難してた時、弓彦となんかあった?」
「いえ特に……」
返事を聞き、弓彦姉はため息を吐いた。
「全く、こんなかわいい子と遭難しながら、何もしなかったとはねー。本当に男なのかしらー?」
「手を出したらいろいろとアウトなんでしょう」
冷や汗をかきながら、アルスはこう言った。
「でもま、何かあったら私やお母さんに相談してね。私に何か言ったら、少しは楽になったでしょ?」
「はい。大分スッキリしました」
アルスの答えを聞き、弓彦姉は笑みを浮かべた。
「それならよし。今日は私のおごりだから気にしないでね」
「はい。ありがとうございます」
会話後、二人はカフェから出て行った。
その日の夜。アルスは弓彦にこう聞いた。
「なぁ、もし私とムーンがクリスルファーに戻る事になったら、お前どうする?」
「は?何だよその話。もしかして、戻るのか?」
「もしものことだ。まだ見つかってない」
「もしもか……」
弓彦は考えながら、アルスにこう答えた。
「引き留めるかもしれないな」
「どうしてだ?」
「なんだか……これまで積み重なったお前との関係が壊れそうで……なんと言うか……二度と会えない気がして……うーん……」
この変な返事を聞き、アルスは変な笑みを浮かべた。
「何だよその顔!?」
「つまり、寂しくなるってことか?」
「うーん……それもある。だけど、それ以上に何だかモヤッとするんだよなー」
「何だそれは?」
「自分でも分からねー」
「そうか。邪魔をしたな。お休み」
と言って、アルスは部屋から出ようとした。だが、その前に弓彦がアルスにこう言った。
「アルス」
「何だ?」
「引き留めるって返事をしたよな」
「ああ」
「とりあえず言っておくけど……冗談じゃなくてマジの返事だからな」
「本気の返事か……分かった」
と言って、アルスは部屋から去って行った。その時のアルスの姿を見て、弓彦はぽつりとつぶやいた。
「なんだか今日のアルス、変だなぁ」
アルスは就寝前、隣にいるムーンにこう聞いた。
「ムーン、もしクリスルファーに戻る事が見つかったら、お前はどうしたい?」
「私ですか。私はお姉さまと……」
「私は関係なく、お前個人としてだ」
こう言われた後、ムーンは考えながらこう言った。
「この世界に戻りたいです。ですが……あの変態をどうにかしないと」
「ははは。私と同じ考えだ」
「お姉さまもですか?」
「ああ。もし、戻れることがあってもここに戻るつもりだ。だが……あいつを無視するわけにはなぁ……」
「ですねぇ……」
と言って、二人はため息を吐いた。




