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フツメンの場合

 私には、『人の顔』というものがよく分からない。


 目が細いとか、鼻が大きいとか、耳が尖っているとか。そうしたパーツ単位では、ちゃんと区別できる。ただ、これを『全体を合わせて一つの顔』として認識できないのだ。


 だから、人の顔が綺麗とか汚いとかも判別できない。周囲の女子がイケメン(らしい)芸能人の話題で盛り上がっているのを、どう反応して良いか分からず、曖昧に笑って受け流す日々だった。


 そんな事情もあって、私は他人の顔を覚えるのもすごく苦手だ。興味のない事柄を、根気強く何度も何度も頭にブチ込むが如く。効率の悪い受験勉強のような方式を取る事により、ようやく覚える事ができる。


 例外は、本当に小さい頃から今の今まで私の側にいてくれた人達だ。

 それは、私の父と母。それに、私が生まれる前から家ぐるみで付き合いがあったという、池家のおじさんとおばさん。



 そして……池 照吉。



 私の幼馴染、私の初恋の人、私の何より大事な人。

 産まれた時からイケメン(らしいと人づてに聞いた)であり、それを鼻にかけて不細工を見下す嫌な奴。でも、それは周囲の環境に半ば強制された事で、心根はもう少しマシで最低限の線引きは守る人。


 周りからの誘惑も多い彼を『正しい方向』に導くのは、幼馴染たる私の義務であり使命でもあると、ずっと思って実行してきた。時には暴力に頼ってでも、この危なっかしい幼馴染を矯正しなければという意欲があった。


 そして、そんな彼も心持ち私を贔屓してくれているようで……だから、気づいたら好きになっていた。『この人は私がいなければダメになる』という考えは、まるでダメンズウォーカーそのもののスタンスだけど、別に気になりはしない。

 照吉が、おっかなびっくりながらも真っ当な道を歩けているのは、池家のおじさんおばさんや、私を始めとした岸下家の尽力あってこその物だという自負心があったからだ。


 電波な奇人扱いされている私と、イケメンらしく人気者の照吉。友人同士での付かず離れずの雰囲気も嫌いではないけど、いつかは恋人同士に……そんな甘い夢を、私はいつも見ていた。



 そして、そこに照吉の顔は関係がない(・・・・・・・・・・)



 なにせ、私は人の顔が判別できないのだ。

 だからこそ、照吉の内面に惚れたという自負があったし、それによって照吉を好きでいる負い目もなかったのだが……ところが、そう思っていたのは私だけで、当の照吉本人は『顔』こそを何よりも重視しているようだった。

 彼の口癖である、【顔の美醜っていうのは、人間にとって最も大きな能力だ】という台詞にも、それは現れている。


 実際、照吉はそのイケメンっぷりからトラブルに巻き込まれる事が多かった。そして、周囲からイケメンという事で不当に甘やかされる事で、徐々に心の方向性も定まって行く。だから、彼のそんな価値観は当然といえば当然のものだったのだろう。


 でも、それは困る。非常に困る。

 親や友人から聞いた話だと、私の容姿は十人並みらしい。良くもないが悪くもないと。対して、照吉の周囲には、見目麗しい(と思われる)女子達が、大量に寄ってくるのだろう。

 私も化粧で対抗しようとしたが、『基準になる美顔』が分からなければ、どうしようもなかった。


 【顔の美醜っていうのは、人間にとって最も大きな能力】だと、そう主張する照吉。そんな彼は、普通の顔しか持たない私にはいずれ興味を失い、どこかの美女の下に去ってしまうのでは。その考えは、胃の底が冷たくなるくらい恐ろしい未来だった。


 事実、地元の有力者との縁談や芸能プロダクションからの引き抜き。更にはファンクラブの結成等で、外堀は着々と埋められていた。

 私は焦った。私は運動にも勉強にも秀でているという自負はあるが、流石にここまで大きくなった事態を収集できる程の自信はない。どうにかしなきゃ、どうにかしなきゃ……!




 だから、私は『神頼み』をする事にした。




 手水舎でのお清めや二拝二拍手一拝といった、最低限のマナーをこなしてから『彼女』に話しかける。お願いがありますと。どうかお聞き届け下さいと。

 そして、目の前に神秘が具現する。



「うーん、誰ぞー……? って、恵ちゃん? 待ってて、今起きるから」



 こうして、私の目の前に顕現しようとしているのは、手品でもマジックでもない。言い方は悪いが、純然たるオカルトだ。

 そう、この人……いや、このお方は――



「やぁやぁ恵ちゃん、久しぶりだねぇ。会いに来てくれて、おねーさんは嬉しいぞよ。でも、神である私に『お願い』なんてどうしたの?」



 ――私の実家である神社が祀る、芸学と財宝の神様である。ギミックでもトリックでもない、本物の超自然的存在だ。

 煌びやかな衣装・手に持った神々しい光を放つ楽器・そして何より、人間には決して出せない圧倒的な存在感。口調こそ軽いものの、まごうことなき偉大なる神格がそこに在った。


 この神様は、かつて大陸にいた神格が日本で改変されて~ といった経緯を辿り、今では日本全土で結構な信仰を集めている……といった事情は、今は重要ではない。

 大事なのは、私の家系の者は代々この神様を視て、聞けて、触れて、そして話せる事。更に言うなら、神様であれば私の『お願い』を成就させられるかも知れない、という事だ。



 だから頼んだ。好きな人がいると。この想いを成就させて欲しいと。

 そうして私は語り始める。照吉のイケメンぶりを示すエピソードを、それに付随する彼の価値観を、私の顔の普通っぷりを、私が照吉へと抱く想いを。

 話の主題は、どうにかして私が美人になれないかという事だったのだが……



「ふーん? つまり、顔面至上主義の照吉君を振り向かせるために、何とかして、地味顔の恵ちゃんを綺麗にして欲しいんだ」



 身も蓋も無い言われ方だが、つまりはそういう事だ。しかし同時に、話の内容が過不足なく伝わった事に安堵する。これで、打開策が見つかればいいが……



「とは言ってもね、まず前提。私は学芸と財宝の神であって……美容は司ってなくもないけど、もっと尖った専門の神にはちと劣る」



 私は黙って頷くしかない、分かっていた事だ。日本の『神様』は、全知全能の『ゴッド』じゃない。それでも、超常たる我が神社の神様ならあるいは、と思ったが……しかし、次に神様が放った言葉で、私の感情は歓喜に変わる。



「まぁまぁ、早とちりをするでない! 私と話せる貴重な巫女のお願い、無碍にするには忍びない! アレだ、神様同士にもコネクションってのがあってね? 十何年か前にも力を借りた事があるから、その時の伝手を使って、どうにかしてやろうさ!」



 本当ですか!? それが実現するなら、私のこの想いは……!


 詰め寄る私に少し引きつつも、神様は鷹揚に答えてくれる。



「まーねー、可能っちゃ可能さ。あ、でも先に言っておくけど、恵ちゃん本人が美人になるわけじゃないよ? 顔の美醜観を持たない恵ちゃんに、美容を司る神様が『理想の美人になれ』って働きかけるのは大変らしいんだ」



 勢い込んだ流れを、綺麗に止められた。理想が実現しそうになったのに、またしても美醜を認識できない自分が足を引っ張る。

 本当に嫌になる。このハードルがなければ、照吉は私を好きになってくれていたのだろうか?



「落ち着きなさいって、手段はあるんだから。要は、照吉君が持つ美醜への思想と、恵ちゃんの気持ちが合致すればいいんでしょ? そんで、結果として両者がくっつけば万々歳だ!」



 あーはい、確かにそれはそうなんですけど……


 なんだろう、神様の声に違和感を覚える。私のために動いてくれているはずなのに、そこに僅かな悪意が混ざっているような……しかし、それは決して口に出してはいけない。こちらは頼む側であり――



「丁度、美容の神も気にかけてた事があったようだし……まぁ、宝船に乗ったつもりでドーンと任せなさい!」



 ――そして、いくら親しくしていても、神は神で巫女は巫女。上位存在からそう言われれば、疑念を持ちながらも私はただ頷くしかなかった。





 いくらか時間が経過し、ようやくその日がやって来た。


 照吉から届いた、『明日の放課後に学校の樹の下で』というメールの文面を見ながらニヤニヤする。その内容は、明らかに『告白します!』という事が前提の文面で。

 最近、照吉の方から遊びに誘われる事が増えてきた。それに伴い、何かしらのプレゼントを買った事も知っている。これはもう、私への告白は秒読み段階なのだろう。


 どうやら、神様はお願いを聞いてくれたらしい。どんな手管を使ったかは分からないが……今は、とにかく感謝しよう。境内の掃除も真面目にやるし、お正月の手伝いは大いに頑張ると決めた。


 そうして、私は有頂天になりながら朝の支度を整えて、居間で朝食の準備を行う。

 ニュースを読み上げる女子アナがいつもとは違うようだが、その程度はどうでも良い事だ。両親がどこかぎこちない態度を取っている事も、今は棚上げにして構わないだろう。



 しかし、いざ実家を出てから高校に到着すると、思わぬハプニングに遭遇する。照吉が何かしら焦った表情で詰め寄ってきて……そして、私に問いただしたのだ。



「恵、俺は一体どうしちまったんだ? 周囲の認識がおかしいんだ! イケメンである筈の俺を不細工扱いするんだ! それとも……俺は! ひょっとして! 不細工なのか!?」



 私は答えに窮する。

 照吉に、私が人の顔を認識できない事は言っていない。顔面至上主義の照吉が、それを知ってどんな態度を取るか。この場合に限っては、幼馴染の私でも読みきれなかった。


 適当に褒めたりおべっかを使う事もできたのだろう。しかし、照吉に対して嘘はつきたくなく、同時に自分の事情を明かせない私は、曖昧な表情でノーコメントを貫くしかなかった。

 しかし、照吉にとってそれは望む答えではなかったようで……彼は絶望的な顔をしながら、どこかへ駆けて行った。


 一体何があった? 照吉がイケメンだという事は、最早近隣一帯の常識と化している。 だというのに、さっきの質問の意図とは……?


 根本が分からない事には、対策の立てようも無い。現在の照吉の様子も気にはなったが、おそらくは『原因』があるであろう、学校で情報収集を行う事にした。


 照吉が所属するクラスに向かい、聞き込みを行う。奇人扱いされている筈の私に対して、特に嫌がる様子もなく……まるで、初対面の人間(・・・・・・)に教えるかのような口調で、学生達は色々と喋ってくれた。



「さっき、何かすっげぇ不細工がいてさー」

「しかも、元気ハツラツで話しかけてきやがんの。ほんとキモかったわ」

「というか、このクラスにあんな不細工いたっけ? もっと悪目立ちしそうな感じだけど」

「別にどうでもいいよ。あんな顔、思い出したくもない」



 事ここに至って、私はこの状況の異常性に気づく。

 イケメンどころか、途方もない不細工扱いされている照吉。『それ』が当然と認識している、周囲の価値観。更には、良くも悪くも有名人である照吉や私を、初対面扱いするという不自然さ。


 まるで、集団催眠か何かに巻き込まれたかの如き違和感だが……しかし、私はこの時点でほぼ確信していた。そうだ、私は知っているじゃないか、こんな異常事態を引き起こせる存在を。

 掛け値なしの超自然的存在であり、オカルトの権化である『神様』という存在を!




 私は、直ちに学校を早退した。


 一刻も早く、神様から事情を聞き出さなければいけない。そして、実家へ帰る道すがらでのコンビニエンスストアの中に……照吉を発見した。かつてないくらいに落ち込んだ、今まで見た事が無い様子の照吉に。

 どうやら、この世界では美醜の価値観が逆転しているらしく、普通顔の私はともかく、以前の世界では顔一つで大抵の要求が通った照吉にとっては、さぞかし居心地が悪いだろう。


 その時、私は憤りを感じた。恐らく『これ』には神様が関わっている。照吉をこんなに追い詰めて、一体何がしたいのだ!

 だが、それと同時に計算を働かせてもいた。『周囲から不細工扱いされている照吉』という、今までに無いシチュエーションは利用できると。あるいは、そこに私がつけ込む余地も――


 ――頭を振り払って、下卑た思考を追い払う。コンビニの外から見る分にも照吉はうなだれていたが、今すぐに物質的・社会的生命がどうこうという訳ではないだろう。ならば、先に神様に会って原因究明をして、一刻も早くこの状況を元に戻す。


 それに……ついさっきの、下劣な野望が頭の隅に残っている私では、照吉に会わせる顔が無かった。





 朝方をやや過ぎた頃、実家の神社に帰宅し、今回はマナーも何もなく神様を呼び出す。


 聞いているんでしょう!? 出てきて下さい!


 そして、目の前に神秘が具現する。



「恵ちゃんは流石だねぇ。私を知っているという前情報があるにしても、こうも早く大枠の正解に行き着いたか」



 煌びやかな衣装・手に持った神々しい光を放つ楽器・そして何より、人間には決して出せない圧倒的な存在感。しかし、今はそんな事はどうでも良い。


 説明して下さい! 『コレ』は一体、どういう状況なんですか!?



「簡潔に言うと、ここはいわゆる平行世界。色々な所に偏在できて思考や情報共有できる神格以外は、決して交わるはずがない軸。それでいて、殆どの点が『前の世界』と酷似しているけど、相違点が二つ程。一つは美醜の価値観の逆転。これは多分、照吉君の様子や周囲の反応及び聞き込みなんかで確信してるんじゃないかな? そして大事なもう一つが……恵ちゃんと照吉君が産まれてない世界って事」



 いきなり話が飛びましたね。

 何かしらのオカルト要素があるとは思っていましたが……平行世界とはむしろ、SF分野の話じゃないんですか? というかそれより、私と照吉が産まれていないとは?



「んー……元々ねぇ、恵ちゃんも照吉君もかなりの難産だったんだ。それこそ、『神頼み』をしたくなるぐらいにね。そしたら、恵ちゃんのお父さんやお母さんも、当然『視える』私に頼むわけよ。私も岸下の夫妻と、その親友の池夫婦には好意を持ってたし、安全に産ませたいのは確かだった」



 それだけ聞くと、父と母が自分の持てる力を使って、事態を解決しようとした美談に聞こえますが……



「だからまぁ、張り切りすぎちゃってさ。安産を司る神様を始めとして、ジャンルに関係なくあらゆる神格に協力を頼んだわけ。言ったでしょ? 『十何年か前にも力を借りた事がある』って。あれね、あなた達のために、多くの神様が結構な力を使って祝福したんだよ? ……それが結局、今の状況を作っちゃったんだけどね」



 それはまた、何とも壮大な話ですが……しかし、『今の状況を作った』とは?



「それがさー、祝福と呪いってのは表裏一体……というか、本質的には同じ物なんだ。お産の際に大量の祝福が降り注いだ恵ちゃんと照吉君には、他にはない特徴が出てきた。それこそ、産まれた瞬間から効力を発揮するぐらいのね」



 それってまさか! 確か、照吉は『産道を通った瞬間からイケメン扱い』だったはずで……!



「恵ちゃんの場合は、無貌の魔眼。他者の顔を判別できない。照吉君の場合は、魅了の鬼面。顔を認識した異性を強制的に虜にする。例外は、とても近しい間柄で『耐性』ができた場合や……そもそも顔が認識できない、恵ちゃんぐらい。両方共が顔に関係した呪いなのは、私が流れてきた地方に四ツ面とか象頭みたく、奇妙なのが多いからかな?」



 その言葉で、ようやく理解する。私が人の顔を判別できないのも、照吉がイケメン故に人生を誤りそうになっていたのも、全てはこの世につつがなく生を受けるための代償だったのだと。



「そもそもさ、おかしいと思わなかった? 『顔が良い』っていうそれだけで、その土地を揺り動かしかねない程の影響力を持つ事に」



 それは、その……どうなんでしょう? 分かりません。顔の美醜の判別がつかない私には、『顔の正常な影響力』という物が分からないんです。



「私は私で、責任を感じてたんだよ。大好きだった岸下夫妻と、その親友の池夫婦。両家の子供達に、呪いを残してしまった事に。やっとこさっとこではあるけど、何とか日常生活をこなしてる君達を見て、毎日安堵のため息を漏らしていた。すぐにでも呪詛を解いてあげたかったけど、関わった神々が多種多様で強力な分、難易度が高すぎてね……まぁ、それ以外にも理由はあるんだけど」



 神様は、落ち込んだ声と所作でそうボヤいた。


 その言葉に、多分嘘は無いんでしょうけど……でも、肝心な所が後回しにされてます。どうして、私と照吉を『この世界』に転移させる必要があったんですか?



「利害が一致したから、だね。さっき言ったでしょ? 『この世界』では、恵ちゃんと照吉君が産まれていないんだ。神様がこんな事を言うのも何だけど、ちょっとタイミングや運に恵まれなくてさ。岸下家も池家も、両方の赤ん坊が流れちゃった。結果として、両家の夫妻には消えないトラウマが残された」



 ……何といえば良いのか分かりません。私は確かにここにいるのに、『この世界』では既に死んでいて……いえ、そもそも産まれてすらいなくて。それを聞いてもどうしようも無いのが、更にどうしようも無いというか。

 それでも、『この世界』での両家の境遇には同情しますが……重ねて聞きます、それが照吉や私を呼び寄せる事と、どう繋がるんです?



「だから利害が一致したんだよ、『こっちの世界』と『向こうの世界』で。『こっち』では、岸下家と池家は未だに流れた子供達の事を引きずっていた。それこそ、別の世界では無事に産まれてくれた恵ちゃんや照吉君を欲する程に。私達は私達で、助けられなかった負い目があったから、社会的地位をねじ込んだりして協力したよ」



 ……それに関しては何とも言えません。私は妊娠も出産も経験がありませんから。流産をした夫婦の気持ちなんて、分かりようがあるはずもなく。

 それでも、世界を超えてまで『取り替え子』をするのはどうかと思いますが。というか、『向こう』での私達の両親はどうなるんですか? 自分達の子供が奪われる事に納得してるんですか?



「非常に渋々ながらも、ね。『向こう』では、照吉君の鬼面による影響が日々酷くなって行った。恵ちゃんも必死に止めててくれたけど、悪い誘いを受ける事も多々あったでしょ? 良い能力……過分なまでに良い能力ってのは、周囲が放っておいてくれない。照吉君の顔を利用しようとするわるーい奴らに目を付けられてねぇ。実際、照吉君がその気になって鬼面を利用すれば、いくらでも悪い事ができるだろうし」



 照吉本人が誘拐されかかった事もあったし、刃傷沙汰に巻き込まれた事もあった。そして、照吉自身も不当なまでのイケメン扱いで徐々に性格が捻くれて行った事も考えると……



「事実を全部知らせるには、結構微妙な年齢だったし。最初は、恵ちゃんにも照吉君にも二十歳になったら全て話そう、ってのが両家の合意だったんだけど……日に日に照吉君を取り巻く状況が、大きすぎる流れになっていってね。結局、何一つ話せない事になった。パンパンに膨らんだ風船を、針で突くのは危険が大きすぎたんだ」



 人の顔を認識できないせいで、不利益を被った事は間違いなくある。照吉だって、あの顔のせいで人生を振り回されたと言って良い。だから、私達には怒る権利があるとは思うのだが、しかし……



「でも、転機が訪れた! 恵ちゃんが、恵ちゃん自身が! 神様(ワタシ)の力を頼ってくれたんだ! こっちが事情を話さなくても、『本人の同意』があれば扱える神の力はかなり増幅される! だから――」



 だから、呪いの対象であり、厄介者でもある照吉や私をこの世界に追放したんですか? ついでに、『こっち』で寂しく暮らしてる、子無しの夫婦に慰めをくれてやろうと?



「否定はしない。さっきも言った通り、照吉君の能力は悪用すれば酷い事になる。だから、『悪用できない状況に置く』事が一番だと、神様達で合意があった。『当事者』の一人である恵ちゃんの協力込みであれば

、相当大掛かりな事もできるから。追放というよりは、保護の面もあったけど……騙すような形になったのは、ごめん」



 ふざけないで下さいよ! それが今の状況ですか!? 周囲から疎まれて嫌われて! 『だから悪い事はできない』って!? 元々、神様達が引き起こした事態でしょ!? 神様達が収集してよ! 照吉が善良だとは思いませんけど、ここまでの仕打ちを受ける程の事なんですか!?


 激昂する。

 彼らはつまり、照吉を不細工に(・・・・・・・)するためだけ(・・・・・・)に、平行世界への転移を行ったのだ。



「祝福、もしくは呪いを解く上で、一番気をつけなきゃいけないのは『呪詛返し』なんだよ。人を呪わば穴二つ掘れ。出産を助けてくれた、多種多様で強力な神々へ恩を仇で返す事はできない。これが、さっき言った『それ以外の理由』だね。君達の呪いは、背負うしかない物なんだ」



 ……! ……!! ……!!!


 私達は『生かしてもらった』存在だ。神様達の手助けが無かったり、ちょっとでもタイミングが悪ければ、そもそも産まれる事すらできなかった。呪いを受けなければ、そもそもの選択肢すら無かったんだろうが……しかし! それでも!



神々(ワタシタチ)も、責任から逃げる気はない。これから、恵ちゃんと照吉君の事は生涯を通して守護する。あなた達が生きてる内は、その周囲や血縁まで守りきると誓うわ」



 そして、『補填』を口にする神様に対して何も言えなくなる。いくら親しくしていても、神は神で巫女は巫女。上位存在からそう言われれば……

 それでも、一応確認だけはしておこうか。


 神様、その守護で照吉は幸せになる事ができますか?



「客観的には、十分に。幸運は勝手に舞い込んでくるし、巡り合わせも良い物ばかり。長く付き合えば、『耐性』のできる人も少数ながらも出来るでしょ。ただ、主観的にどうかは恵ちゃんや周りの頑張り次第だと思う。ただ、これらの事実は……照吉君には伝えない方がいいだろうね。最悪、心が壊れる」



 それが、一番マシな選択なのだろうか? 神様達が決定して大掛かりに実行した今回の顛末は、まず覆る事はないだろう。であれば、照吉に不義を働きつつも、彼をサポートする事で――



「そう、周りの頑張り次第でね? 例えば、今現在傷心中の照吉君を、恋や愛で慰めてあげるとか……ね? それに、契約の文言にもあったよね? 『結果として両者がくっつけば万々歳』って」



 ――そして、神様の口からその言葉が放たれる。それは、さっきコンビニで意気消沈した照吉を見た時に私が考えた事でもあり……ああ、本当に、神様というのは、本質的には、一緒なのだ、妖怪と、根っこが。『祟り神』という言葉だってある。


 そこに悪意は無い。さっき言った「責任を感じてた」という気持ちも嘘ではないのだろう。ただ、決定的に価値観が違うのだ。神は神、人は人。どれだけ親しくしても、それは揺るぎようの無い事実だった。



 私は神様に何も答えず、走ってその場から逃げた。既に昼過ぎとなった学校へ行き、自分が所属するクラス(として設定された)教室で授業を受け、放課後に巨大な樹の下で照吉を待つ。


 当然来ない、来るはずがない。今の照吉の状況を鑑みれば、私の事を考える余地など無いだろう。それでも私は待ち続けた。

 照吉が約束を守ってくれるという、一縷の望みに賭けたのか? あるいは……『アリバイ作り』のためなのだろうか?

 答えは出ないまま、産みの親でない両親から着信が来るまで、私は待った。





 次の日から、私は必死に照吉から逃げ惑った。事情を知りながら、照吉にはそれを話せない。後ろめたさと罪悪感を抱えたままで、照吉に会わせる顔があるはずもなく。

 これまでとは一転、不細工扱いされる照吉にとって、恋慕の対象である私は最後に残ったヨスガなのだろう。それでも、今の私が照吉に会えば、恐らくは簡単にコントロールできるであろう彼に対して……何をしてしまうか分からない。


 しかし、私は決意したはずだ。照吉に不義理を働きつつも、彼をサポートする形で出来る事もあるんだと。だから、会って話して照吉の不安を取り除かなければいけない。数日に渡って悩んだ末に出した結論を、申し訳なさと共にメールで送る。



『明日の放課後、商店街の喫茶店で』



 これで良い。後は、誤魔化しつつも献身的な態度で接すれば照吉なら理解してくれる。真実は言えなくても、やれる事はあるんだ。

 この時の私は、そう信じていた。……そう信じていたかった。





 翌日、待ち合わせ場所の喫茶店に着いてから、挨拶もそこそこに私は問い詰めた。何故私が怒っているか分かるか? と。照吉は困惑している、告白の約束を思い出せなかったのだろう。

 そして、私自身も困惑している。何故、照吉を責めるような言葉が出たのだ? 照吉が置かれた状況は分かってる筈だ。それこそ、私に気を回す余地が無い事は十分に理解していた筈で。


 しかし、それでも私の追求は終わらない。勝手に口が動く。照吉との会話で主導権を握ろうとする。

 止めろ! 喋るな! 口を塞げ! どうしてこうなる! 私は何をしようとしている!? こんな空気を作り出したら、『この後』に待っているのは……!


 そうこうしている間に、照吉の家で本格的な話を聞く事になった。

 ……大丈夫、まだ挽回の余地はある。ああそうだ、ちゃんと気持ちを伝える事自体は問題ない。後は、照吉の心のケアをしつつ、これからも支え続ける事を明言すれば良いんだ。



「なぁ恵よ、俺は不細工なのか?」



 照吉が、以前にも言った核心に迫る質問をする。しかし、私がこれに答える事はできない。私が人の顔を認識できないという事は話せない。


 あるいは、正式に私達が結ばれてからなら、秘密を共有して絆を強固にする。そういう意味で打ち明けられるのかも知れないが……しかし、状況が混迷している今現在に言うべき事ではない。

 だから、私は「分からない」という回答でお茶を濁そうとした。照吉に嘘はつきたくないが、無貌の魔眼の事も話したくはない。そして、それを聞いた照吉の反応は劇的だった。



「こんな時にまで、お前の奇人っぷりを晒さなくても良いだろう! 真面目に答えてくれ! コレは本当に大事な事なんだ! 例えばの話をするぞ!? 俺はかつて、とんでもないイケメン扱いされていた! それが、ある朝に起きたら世界が変わってた! これまでの美醜が逆転して、俺の顔面が、化物扱いされるようになっちまったんだ!」



 知っている。私のせいという訳ではないが、私は事情を知っている。それでも、ここは黙るしかない。顔で人を判断しないという事は、イケメンを自身の拠り所にしている照吉を否定する事だ。

【顔の美醜っていうのは、人間にとって最も大きな能力】という信念を持つ照吉にとって、その発言は『お前の長所に興味はない』と言っているに等しい。だが――



「お前に分かるか!? 昨日までチヤホヤされてたのに、今日は汚物扱いされる辛さが! 理解できるか!? 俺自身は何も変わっちゃいないのに、世界から爪弾きにされたんだ! この質問は本当の本当に大事なんだ! お願いだから、真面目に答えてくれ! 俺は! 本当に! 不細工なのか!?」



 ――照吉のその『説明』を聞いて、私は全てを理解した。照吉にとって、【顔の美醜っていうのは、人間にとって最も大きな能力】というのは、あくまで韜晦に過ぎなかったのだ。

 だからこそ、人を顔で判断しない私に好意を寄せてくれた。だからこそ、池家の両親や岸下家と上手く関係を築けていた。


 そして、薄々勘づいていた……いや、半ば確信していた神様の策の一つにも思い至る。そうだ、私と照吉が結ばれるには、他の女が近づかない(・・・・・・・・・)方が良い(・・・・)

 イケメン扱いだった照吉であれば、例え私と照吉が好き同士でも、尚も競争倍率は高かったろう。しかし、今のこの世界では……



 どうしようもないこの状況に至っても、私は平静を保つ事だけはできた。別に、何とも思わなかった訳じゃない。むしろ、色々な感情や思惑が渦巻きすぎて、どんな表情も作れなかっただけだ。

 それでも、照吉に対しては何かしらの返答をしなくてはいけないのだろう。苦境に立たされた照吉を数日放置し、彼をここまで追い込んでしまった責任も含めて。


 だが、こんな時でも私は頭の中で手早くソロバンを弾く。混乱の極みにある照吉・事情を知っている私・美醜観の逆転した世界・そして、互いの想いを鑑みれば……



 まず、照吉の顔はどうでも良いと断言し、呆けたような彼から会話の主導権を奪う。更に、思い出をじっくり掘り起こして、『次』に繋がる下地を作り出す。トドメとして、動機も含めて「好き」を言う事で、完全に照吉の心をキャッチした。

 本来なら、『二人だけの思い出』など、照吉と同じ世界から来ていると言ったのも同然だったが……それに照吉は気づかない、気づけない。彼の混乱を利用して、私がそう誘導したから。


 今の私は、プロの女優もビックリの演技ができているはずだ。照吉を好きだという気持ちは嘘じゃないし、裏事情を知っているという余裕も取り戻せたからこその……表面だけ取り繕った、中身は醜すぎる告白だった。

 後は、適当に背中を押してやれば良いだけ。



「なぁ恵、俺はお前が好きだ」



 うん、と。泣きそうになりがら答える。何故泣くのだろう? 今の私に、涙を流す権利なんて無いというのに。



「だから、俺が好きな恵に頼む。俺と付き合って下さい!」



 喜んで!


 そう言って照吉を受け入れる私は、この瞬間に神様達の『共犯』となった。これまでであれば、まだ被害者面をしていられたが、こうも積極的に状況を利用してしまっては、もう言い逃れはできない。



 そう、私はこの状況を利用して、照吉への想いを成就させる事を選んだのだ。



 こうして、私は何よりも愛する人を得ると同時に、どうしようもない秘密も得る事となった。自分の最愛の人を騙す、途方もなく汚れた嘘を。














 そして、とても長い年月が経った。


 あの後、照吉と私は付き合い、進学し、就職を決めて、結婚した。神様達の守護は確かだったようで、所々で幸運に恵まれたし、照吉を顔だけで拒絶しない貴重な友人達との出会いもあった。


 本当の両親でない岸下家と池家の夫婦とは、最初はわだかまりもあったが徐々に和解した。照吉の方もかなり難儀したようだが……基本的な所は『前の世界』と変わらず、それでいて献身的な愛を注いでくれた両親に、最終的にはほだされたらしい。


 そして、照吉と結婚してから年月が経てば、自然の帰結として子供をもうけた。そうして実子を産んだ今なら、岸下家と池家の夫婦の気持ちも理解できなくはない。自分が産んだこの子が……いや、産む事すらできなかったら。そう考えると、背筋が凍る。

 まぁ、それで実際に取り替え子をするかどうかは、また別問題なのだろうが。


 そして……そう、年月が経ったのだ。人間である以上は『老い』に勝てはしない。照吉――今では「亭主(おとうさん)」と呼んでいる――も私も既に若くなく……自然の流れとして、つい先日に池家の義父が亡くなった。

 病院のベッドの上で、子供や孫に見守られながらの病死。大往生と言えるだろう。亭主をこの世界に転移させた元凶の一人ではあるが、『共犯』の私がどうこう言える話ではない。

 義父は、死に際まで満足げに笑っていた。



 そんな事があった後、今は遺品の整理に労力を割いている。えーっと、土倉は明日の予定で、弁護士の先生への連絡は……

 思考しながらも手を止めない私に、最愛の亭主から声がかかる。



「おーい、おかあさん! ちょっと来てくれー!」



 はいはい、ちょっと待って下さいね。


 昼前の忙しい作業の時に呼び止められても、ここ数十年は名前ではなく『おかあさん』呼びでも、私の心に一切不満はない。むしろ、亭主に頼って貰えるという喜びで一杯だ。

 パタパタと急ぎ足で廊下を駆けつつ、亭主のいる部屋にたどり着く。同時に、亭主からの困ったような声が飛んでくる。



「あー、この遺品なんだけどさ。芸術品なんだかガラクタなんだか分かんねぇ。どうするよ?」



 んー……多分ガラクタなんでしょうが、万が一という可能性がありますね。一応、複数の骨董屋に鑑定してもらいましょうか。連絡や日取りの調整は、私の方でやっておきましょう。



「おう、頼む! 本当に、おかあさんは頼りになるな!」



 おとうさんへの愛故、ですよ。……ええ、本当に。


 そうだ、それは嘘じゃない。亭主にはどうしても打ち明けられない秘密があり、それを利用している私にとって、亭主に対する献身こそが何よりの愛の証明なのだ。


 そうして、再び遺品の仕分けに没頭する。亭主は亭主で何やらやっているらしいが……それより、今は手早く作業を終わらせるべきだろう。その後、何時間か経ってそろそろ夕食時となった。


 忙しかったので、今日に限っては栄養も味も抜群な愛妻料理は作っていない。出前の寿司を食べ終え、人心地つく。

 子供達は既に独り立ちし、池家の義母は疲れが溜まったのか早めに就寝した。今のこの家のリビングには私と亭主しかおらず、何となく新婚時代を思い起こすような雰囲気が流れている。


 そんな空気だからこそ、私は懐古する。

 あの日からこうして、私は常に亭主と共にあり、そしてずっと一緒に過ごしてきた。神様からの呪いによる被害もあったが、全体としてはとても良い人生だったと思う。


 『良い人生だった』


 この言葉が言える人がどれだけいるかと考えると、私……私達の人生は非常に恵まれていたのだろう。そんな風に、落ち着いた空気の中でボンヤリと考える。



「なぁ、おかあさんよ、ちょっと聞きたい事があるんだが」



 はいはい何ですか? 遺品の整理の日程ならつつがなく進んでますよ?



「いやさ、俺の顔の話。今更だけど、俺の顔ってブッサイクだよな。でもさ、これって――」



 でも、だからこそ、こんな状況下で――



「――神様達が関わってるよな?」



 ――性格から何から、全て把握しているはずの亭主から、こんな根本的な質問が出るとは、夢にも思わなかった。


 あ、なた……なに、を……?


 手が滑って箸を床に落とす、声がうわずるのを止められない、頭が『何故?』で埋め尽くされる。突然の事態に、所作も何も取り繕えない。

 亭主は神様の実在すら知らないはずだ。証拠となるような筆記やデータは、一切残さなかったはずなのに……



「お前自身の証拠隠滅は完璧だったけどな。ただ、関わった人数が多すぎたな。今日さ、遺品を整理している時に、俺の親父の手記が出てきたよ。中身に何が書かれてたかは……言うまでもないよな? これに関しては、『誰かと会った』事を覚えておきにくい、お前のミスとも言える」



 亭主には、私が顔を認識できない事は知られていた。結婚後の事であり、十分な信頼関係を築いた後だったので、笑って許してくれた。だから、無貌の魔眼程度なら問題ない。似たような病気は存在するし、それで押し通した筈だった。


 ただ、神様達の事だけは……誰かの都合で、不細工を理不尽に押し付けられた事だけは、知られちゃいけなかったのに!



「ああいや、別に責めようって気はサラッサラないよ? ごめんな、誤解させて。ただよ、感謝はしておきたくてよ。」



 …………は?


 そして、亭主からはまた埒外の言葉が出た。自分の容姿を醜悪に見られるようにした神様達。そして、それを知りながら黙認した挙句利用した私。

 どちらも、普通に考えれば恨み骨髄のはずなのに。




「俺はよ、今の世界に転移してしばらくするまでは、【顔の美醜っていうのは、人間にとって最も大きな能力】だって本気で考えてた。そういう生い立ちだったし、周りもそういう態度だったしな」



 …………私は、亭主の言葉は馬鹿みたいに呆然と聞くしかない。そうする事しか許されていない。罪人は、処刑台で騒いではいけないのだ。



「でも、この世界での数々の出会いがそれを変えてくれたんだ。勿論、顔で差別する奴もいたが、それ以上に多くの良い出会いに恵まれた。そういう『巡り合わせ』は、神様達のおかげなんだろ? だからまぁ、不細工になった事を差っ引いても感謝してぇな」



 あなた……それでも、私はあなたを騙すように……あそこであなたを射止めるのは簡単だった。だから、後先考えずに、事情を話す事もせずに……


 罪人(ワタシ)は懺悔する、今までの咎を。どうか裁いてくれと、石を投げてくれと。

 しかし――



「なーに言ってやがる! 惚れた男を、誘って・なびかせて・口説き落として! そんで、その男を守るために、重たすぎる秘密を墓まで持っていくつもりまである! なんつーかな……そうだ、アレだ!」



 そして、亭主は言う。私が数十年もの間背負い込んだ、『本当の呪い』を解き去るように。



「『男冥利に尽きる』ってやつだろ? 世界一不細工な俺だからこそ断言できる! 恵、お前は最高の女さ!」



 瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。ぼやけた視界はしかし、何よりも愛しい人の表情(カオ)だけはしっかりと捉えている。

 もはや、私達に神様達の呪いなど意味は成さない。なにせ、お互いの顔しか見えていないのだから。他に比較対象がいない状況で、『美醜』もあったものじゃない。



「恵、俺にはお前しかいない」



 わ、私にも……照吉しか……いないよぉ……


 鼻をグズグズとすすりつつ、それでも精一杯の笑顔と共に言葉を返す。

 私は美醜逆転世界で、途方もなく大きな後悔と決して拭えない罪を得た。それは、来世までこびりつく汚泥のようであり。



「愛してるぞ、恵!」


「ええ、愛してるわ、照吉!」



 だが、同時に得た愛情と信頼は、それ以上に確かな物だった。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

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