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ブサメンの場合

 俺への風当たりは、日に日に強くなっていった。



「えーっと、じゃあ次の文章を池が読んでくれ」



 現代文の教師が、俺に教科書の音読を指示する。同時に、教室のあちこちから舌打ちやため息が聞こえてくる。席順で指名される事は分かってたろうに、いざ名指しされると『コレ』だもんなぁ。まぁ仕方ない、授業中だしとりあえずは音読するしかないだろう。



 えーっと……雨は、羅生門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて――



 そうして文章を読んでいる間にも、俺の背中には消しゴムのカスや丸めた紙クズが投げつけられている。背中に当たるだけならまだ良いが、髪に絡まったり首筋からYシャツの間に入ると非常に面倒だ。

 だから、当然そんな事は止めて欲しいのだが……今の俺に、そんな発言力は無い。


 どうやらこの世界では、サラサラの髪にスッと通った鼻筋、パッチリとした目にシャープな顎のライン、そしてツヤツヤの肌が好まれるらしい。奇妙過ぎる美醜観だが、それが常識と言われればどうしようもない。そして、この要素に全力で歯向かっている俺の顔は、紛れもない不細工という事だ。

 【顔の美醜っていうのは人間にとって最も大きな能力】であり、不細工という無能の象徴たるレッテルを貼られた俺は、どんな扱いでも粛々と受け入れるしかない。

 実際、教師も見て見ぬふりをしているしな。



 ――積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。



 朗読が終わり、着席する事でようやく嫌な雰囲気から解放される。しかし、休み時間も気を張っていなければならない。不細工に転落した俺は、そこにいるだけで空気を悪くするらしい。自分の所属するクラスから逃げるように去って、ほど近い空き教室でスマートフォンを弄るだけだ。


 こんな感じで、俺へのいじめは日々続いている。

 不幸中の幸いなのは、暴力沙汰や私物に被害が無い点だろうか。『池 照吉に触ると汚れるから』らしい。ありがたてぇんだか、怒ればいいのか。

 世の中には、もっと苛烈ないじめを経験した人も五万といるんだろう。しかし、これまでイケメン補正により人気者としての経験しかしてこなかった俺には、今の状況との落差はあまりに辛かった。


 俺も、現状を打破しようと多少なりとも努力はした。これまでおざなりだった勉強も、毎日の予習復習をするようにした。体力の無さを痛感したので、筋トレ・ランニング・ストレッチを日課に組み入れた。

 徐々にではあるが効果が出てきているようで、勉強も運動も中の下からようやく普通ぐらいにはなれた気がする。

 しかし、それでも俺への扱いは変わらない。不細工というだけで、努力もやる気も嘲笑される。くしくも、かつての俺がイケメン扱いされている事を鼻にかけて同じような事をしていた。今はそれをやり返されているだけだから、何も反論はできない。

 先の見えない道筋に、俺の心はガリガリ削られていった。




 放課後のチャイムが鳴る。

 ついこの間までは、学校が終わった後は、俺への遊びの誘いは引きも切らないのが常だった。ファンクラブによって『順番待ち』が整理されるぐらいだったが……今の俺に話しかけてくる奴なんて、そうそういやしない。

 かつては、鬱陶しいくらいに鳴り響いていた携帯電話の着信がまるで無い。予定がパンパンに書き込まれていた手帳は、白紙のままだ。

 暇を持て余した俺は、精々がゲームセンターやカラオケで一人で遊ぼうとするのだが……



「げっ、池の奴がいる。最悪……空気読みなさいよね」

「折角良い気分で遊んでたのに、台無しです」



 見ず知らずの女子から、聞えよがしに愚痴られる。どうにも行き場がなく、俺は家に直帰するしかない。

 しかし、その実家ですら……



「あ、お、おかえりなさい。その……照吉君? 今日の晩御飯は、照吉君の好きな麻婆豆腐で……」



 どこかオドオドした態度の母が出迎えてくれる。そこに嫌悪の表情はなく、むしろ俺が帰宅した事が嬉しそうですらある。父だって同じような対応だ。可能な限り俺の機嫌を取ろうとしているように見える。

 外でありったけの悪意をぶつけられてきた俺には、あるいは心のオアシスと言えるのかも知れないが……



 しかし違う、断言できる。目の前の人物は母じゃない。



 俺の両親は、もっと毅然としていた。幼少期の俺が芸能事務所にスカウトされ、目のくらむような大金を提示されても、それを突っぱねるだけの芯の強さを持っていた。

 それと同様に、俺に対しても真っ当な教育を施していた。悪い事をすれば叱るし、良い事をすれば褒められた。俺のイケメン補正が通じない、数少ない例外的な存在だった。鬱陶しく思った事もあったが、とてつもなく真っ直ぐな親だったんだ。

 それが今は、俺のご機嫌取りのために腐心している。俺の一挙手一投足に気を配りながら、俺に嫌われる事を極端に恐れている。


 何だこれは。これじゃあまるで、俺に気に入られようと必死でアピールしていた、イケメンだった頃の俺に惑わされていた女共と変わらないじゃないか!


 顔も体型も声も同じ。それでも、俺は目の前の母からどうしようもない違和感を感じ取っていた。帰宅の返事のおざなりに、自分の部屋へと直行する。

 鞄を部屋の隅に投げ捨て、ベッドにヤケクソ気味にダイブし、頭を掻き毟りながら喉の奥から嗚咽を絞り出す。そうして、価値観が逆転して以来、毎日のように繰り返す煩悶を行う。



 何でだ、どうしてこうなっちまった?



 幼少期に勧誘された芸能事務所に行ってみたら、「ゲテモノ系としては一級品かもね。でも、次からはアポを取ってよ?」と言われた。

 政略結婚を組まれそうになった権力者の家に行ったら、「誰だ貴様は!  汚い面を見せるな!」と、にべもなく追い返された。

 かつて行われた、権力者同士の綱引きは『無かった事』になっていた。俺がイケメンだったという過去は消え去り、単なる不細工されているのが今の俺だ。


 高校でもそうだ。『とんでもない不細工』という評価こそ得ているものの、俺の姓名を覚えている奴は殆ど存在しなかった。悪い意味で有名人になっていてもおかしくないのに、これはあまりに不自然だろう?

 俺と親交のあった連中も、まるで『始めて見る不細工』に対する付き合い方を実践しているかのようだ。



 だからおそらく、俺はSF物なんかでよくある『平行世界』か……あるいは、それに準ずる場所に転移してしまった可能性が高い。美醜の価値観が逆転した世界に、何故か俺という『部外者』が紛れ込んでしまったのだ。



 だとすると腑に落ちないのが、何故かこの世界で俺の社会的身分は保障されている事だ。高校に通えているし、両親も一応は、俺がこの家に住む事を受け入れている。これは一体……いや、そんな些末な事を考えてもしょうがない。まずは原因究明。次いで、何とかして元の世界に戻るのだ。


 理由は分からない。俺を呼び寄せたような科学者や魔術師に心当たりは無いし、そもそも俺をこの世界に転移させて誰に何の得がある? モテない男共が黒魔術でも使って、俺に意趣返しをしたのだろうか? それとも、俺を孤立させた後に擦り寄るような、マッチポンプ的手段を考えている女子科学者が転移装置でも開発した?



 どれだけ考えても答えは出ない。頭を切り替えようと、俺は一縷の望みを賭けて恵へと連絡を取ろうとする。


 そう、恵だ。この絶望的な世界において、俺は恵に縋ろうとした。


 単に、初恋の人なら俺の境遇を理解してくれると考えた訳じゃない。思い出したのだ、恵の反応だけが『他』とは違っていた事に。

 この世界に迷い込んですぐ、俺は自分の教室で絶望的な事実を突き付けられて、学校から逃げようとした。その時、校門で恵に出くわし……恵の側から挨拶をしてくれたのだ。それも、『普段と同じような態度』で。


 その後の対応は微妙にしこりが残る物だったが、考えてみれば当然だ。いくら幼馴染とは言え、息を荒くした年頃の男に詰め寄られ、「俺はイケメンか!?」なんて聞かれたら、そりゃあ困惑もするだろう。そこを除けば、恵の俺への対応は実にフラットな物だった。

 これは、学校の人間関係や両親すらも信用できなくなった俺にとって、地獄に垂らされた蜘蛛の糸にも等しい。


 だから、必死に恵に連絡を取ろうとするのだが……電話もメールも無視される。声をかけても無反応。直に接触しようとしたら、瞬足を発揮して逃げられた。

 ……俺の勘違いだったのだろうか? 結局は、恵も俺の顔しか見ていない女で、不細工になった俺に興味なんて無かったのだろうか?

 頭を振りながら、奈落の底に落ちそうな思考を脇にどかす。そして、今日もまた嘆願にも似た内容のメールを送り……ようやく、待ちに待った返信が来た。叫びそうになる衝動を抑えつつ、内容を確認する。



『明日の放課後、商店街の喫茶店で』



 これだけの短文だが、俺には十分だった。この世界に来てからは、そこいら中の女から敵視された。何かあれば俺のせい、問題が起これば真っ先に俺が疑われる。それでいて、普段は存在感を消せという圧力がかけられる空気だ。

 そんな状況で、『話し合いの余地がある』とも取れる恵のメールは、何よりの救いだった。





 そして、その時がやってくる。

 随分早く着いた喫茶店で、俺はコーヒーを3杯おかわりしていた。焦る気持ちを隠せない。話し合いの余地はあるんだろうが……『その後』がどうなるかまでは分からない。

 この美醜観が逆転した世界で、恵にまで拒絶されたら、俺は本気で自殺を考えるかも知れない。そんな末期的な思考に支配されつつある俺の前に、ようやく待ち人が姿を現した。



 美人でもないが不細工でもない、特徴のない顔。セミロングの黒髪・体格はやや小さめ・一度視界に入れても、10秒後には忘れてる。そんな印象しか持てない地味っぷり。しかし、今の俺には女神にも思える初恋の人。



「やぁ、待たせちゃったかな?」



 そう言って、恵は俺の対面に座りながら、喫茶店のウェイターにコーヒーを頼む。その所作は自然で、目の前にいる俺に嫌悪感を表すような雰囲気は見られない……が、違う。『いつも』とは雰囲気が違う。

 恵、まさかお前まで、俺の両親と同じように……

 底冷えするような気持ちを味わう俺に対して、しかし恵はこう言った。



「それで? 照吉はどうして私が怒ってるか分かってる?」



 ……? 怒る? 恵が? 不細工扱いされるようになった俺に対して、『気持ち悪い』でも『不快』でもなく、『怒り』とは?

 あえて言うなら、不細工で周囲からの評判も悪い俺と幼馴染扱いなのが、我慢ならないとかか?



「大きく違う。あのね照吉、私は待ってたんだよ? あの日ずっと、期待に胸を躍らせながら。暗くなっても、実家から心配した着信があっても」



 ……良く分からない。『あの日』ってのは一体何だ?



「もう忘れちゃった? ついこの間、私を学校の大きな樹の下に呼び出したでしょ? 私ね、ずっと待ってたんだよ?」



 その言葉で思い出す。俺が恵に告白しようとした日は、ちょうど俺がこの世界に迷い込んだ日だった事を。プレゼント等の段取りを整えて雰囲気の良い舞台を設定し、万全の準備を整えた日だったという過去を。



「すっごい待ち続けても、連絡一つなくてさ。何か事故に合ったんじゃないかと、気が気じゃなかったんだけど……それでも、翌日からも普通に登校はしてくるし。それでいて、私へのフォローはなし。本当に、訳が分からなかったよ」



 ……返す言葉が無い。これは、完全に俺の落ち度だろう。美醜が逆転した事に落ち込み、恵に気を回す余裕がなかったのだ。

 学校での居心地の悪さは異常で、スマートフォンを弄るくらいしかやる事がなかった。放課後は遊ぶような施設には寄りづらく、勉強や運動で少しでも事態が改善するよう必死だった。



「私は、正直すっごい期待してたし楽しみにしてた。前フリのデートやら何やらで、照吉が私への告白をしようとしてたのは気づけたし。だから、こっちも心を固めてたんだけど……」



 俺には事情があった。それこそ、他の全てを後回しにしてもしょうがないような事情が。しかし、だからといって恵にも『それ』を納得しろというのはフェアなのだろうか?



「ここ最近、照吉が何となく思いつめていたのは分かってた。それが原因で、私への事が疎かになったんだろうってのも理解してた。でも、だからこそ寂しいよ。そういう時だからこそ、私を頼ってくれても良かったんじゃない?」



 いや、接触しようとしたら、お前すっげぇ逃げたじゃん。

 これには流石にツッコンだよ? そう、余裕が無いなりに、一応その合間を縫って恵に話かけてはいたけど、お前脱兎の如くだったじゃん。



「まず、告白予定日に待たせた事を謝ってれば、話は聞いてたよ! その過程を抜きにして、「俺の話を聞け!」はないでしょ? それは公平じゃないよ」



 そう言われると、どうにも反論しづらい。俺が不義理を働いたのは間違いないし、正当な手順を踏めば相談に乗ってくれたと言っているのだ。

 そうだ、恵はどういう訳か『不細工というだけで女に避けられる俺の相談に乗ってくれる女子』なんだ。それを鑑みれば、多少の面倒くささは許容すべきか。


 だから、俺は謝った。すまないと。俺の勝手な都合で、お前の心身に肩透かしを食らわせてしまったと。

 この埋め合わせはすると約束するから、どうか俺の話を聞いてくれないかと。



「よろしい、許す! ……ところで、『それ』って喫茶店で話していい内容?」



 うんにゃ、移ろう。そうだな……俺の部屋でいいんじゃね。どうせ、勝手知ったる他人の家だろ?

 とりあえずは仕切り直しと行こうか。恵には、言わなきゃいけない事や聞かなきゃいけない事が沢山あるしな。





 そうしてやって来た俺の部屋。

 両親もオドオドしつつも歓迎してくれて、お茶とお菓子を出しつつ本題に切り込む。恵相手だと、遠慮とか前置きとかしなくて良いから本当に楽だな。

 まぁアレだ、まずはこれだけは聞いておかなきゃいけない。



「うん、何でも言えばいいよ。そもそも、照吉は私に隠し事なんてできないよね?」



 シャクな台詞だが、否定できない……が、それよりも優先して聞くべき事がある。

 なぁ恵よ、俺は不細工なのか(・・・・・・・・)



「照吉が……不細工?」



 そう、俺はこの点が何よりも気になっていた。

 俺の考察の通りなら、以前に俺がイケメン扱いされていた世界とは、『この世界』は良く似ているようで全く別の世界なのだろう。例え住んでいる人間が同じでも、どこかで決定的な違いがあるはずだ。

 だからこその価値観の逆転、だからこその周囲からの当たりの強さ、だからこその両親の違和感。


 なのに。

 恵は、恵だけが変わらない。これは一体どういう事だ?


 故に、この質問は必須だった。不細工扱いされるようになった俺に対して、普通に笑い、普通に怒り、普通に対応をする恵は……ひょっとしたら、『俺と同じ価値観を持って、俺と一緒にこの異世界に来たんじゃないか』と。

 そして、何より大切なその質問は――



「さぁ、分かんないかな。前にも聞かれたけど、同じように返すよ? その言葉を私から言う事はできない」



 ――すっとぼけたような発言で流された。

 こんな時にまで、お前の奇人っぷりを晒さなくても良いだろう! 真面目に答えてくれ! コレは本当に大事な質問なんだ!


 例えばの話をするぞ!? 俺はかつて、とんでもないイケメン扱いされていた! それが、ある朝に起きたら世界が変わってた! これまでの美醜が逆転して、俺の顔面が、化物扱いされるようになっちまったんだ!


 ああそうだ、お前の言う通りだよ! 俺が恵に隠し事なんてできっこない! この際だから、ここ最近で溜まった鬱憤を、全部ブチ撒けさせて貰うぞ!?


 お前に分かるか!? 昨日までチヤホヤされてたのに、今日は汚物扱いされる辛さが!

 理解できるか!? 俺自身は何も変わっちゃいないのに、世界から爪弾きにされたんだ!

 この質問は本当の本当に大事なんだ! お願いだから、真面目に答えてくれ!

 俺は! 本当に! 不細工なのか!?



 激情に駆られる。自分より体格の小さい女の子に詰め寄る。口角泡を飛ばしながら、大声でがなりつける。普通の少女なら、怯えて泣いてもしょうがない状況で――



「……照吉が不細工かどうかって?」



 ――その場面でも、尚も恵は平然としていた。良く見知ったはずの幼馴染が、この時ばかりは超常的な存在に見えた。これはもう、奇人とかそういう次元ではない。今の恵には、一体何が見えているのだろう?

 その余裕を崩さないまま、恵は答える。俺にとって決定的な言葉を。



「何度でも繰り返すよ。照吉が不細工がどうかは分からない。その言葉を私から言う事はできない。だって、私にとっては照吉の顔なんてどうでもいい事だし」



 …………あ? 今、コイツは何て言った?



「照吉の口癖だったよね。【顔の美醜っていうのは、人間にとって最も大きな能力】だ、って。でもね、私はそうは思わない。少なくとも、私が照吉に感じる魅力は『そこ』じゃない」



 何だそれは……どういう事だ?

 前の世界でも今の世界でも、ずっと俺の芯金にあった言葉を否定されて、俺は大いに動揺する。『顔がどうでもいい』なんて、今までの俺の人生には全くない言葉だったぞ!?



「そうだねー、照吉は覚えてるかな? 物心つくかつかないかの頃、私達ってば、近所の野良犬に威嚇されたじゃん?」



 うっすらと覚えは……なくもない。何か大きな犬がいて、俺と恵がそれに対峙していた気がする。



「あの時、照吉は真正面に立って私を庇ってくれたよね。私に任せておけば万事解決って分かってた筈なのに、震えながらも「けいはおれがまもる!」ってさ」



 ……ああ、思い出した。結局、その犬はお前がボコって保健所に連行したんだよな。

 しかし青臭ぇな。黒歴史とは言わないが、あまり聞きたい事でもねぇぞ。



「小学校の時は、登校班の班長とかもやってたよね。猿みたいにギャースカわめく低学年達を諭して、学校で唯一、無遅刻の金字塔を打ち立てた」



 これは覚えてる。

 ただまぁ、それにしたって副班長だったお前の統率力ありきだったろ? それに、強い奴(イケメン)には相応の義務がある、って考えてたからな。



「中学で私がいじめられた時はさ、本気の本気で怒ってくれたよね。あっちこっちに走り回って……いじめを解決してくれた事もそうだけど、『私のために動いてくれた』ってのが嬉しかった、ってのは勝手かな?」



 いや、それは……お前がやられてたいじめは、到底許せる事じゃなかったし。大体、それまで運動に勉強に世話になった貸し借りを考えると、見捨てるとかありえねーから。



「うん、だから(・・・)私は照吉が好きなんだ」



 そして、何の前触れもなく恵はその言葉を口にした。



「イケメン扱いされて、チヤホヤされて、調子に乗る事もあって。結果として悪い誘惑があっても、私にボコられる恐れを加味した上で、最後の一線は超えない。そんな所が好き。それに、何だかんだで身内を大切にして、誰かを守ろうとする態度が好き。顔だけと言いつつも、勉強も運動も最低限の努力はする所が好き。……まぁ、私にダメンズウォーカーの素質がある事を差っ引いても、他にも惚れた要素は沢山あるよ? とにかく! 私は! 照吉が大好きです!」



 恵からの突然の告白に、俺の頭が正常に働いてくれない。前の世界なら、女からの告白なんざ日常茶飯事だったが、それが自分も想いを寄せている相手となると、ここまで違うのか!?



「ごめんね、雰囲気のない告白の仕方で。……でも、これで少しは伝わったかな、私の気持ち?」



 いや、いや……いやいやいや! というか、お前急に何言ってんの!? 



「だからさ、今言った言葉を思い返してみてよ。私、照吉の外見には一度も言及してないよ。だって、『どうでもいいこと』なんだもん。さっきも言った通り、私が照吉に好意を抱くのに、顔がどうとか本当に関係ないし」



 恵からの告白。本来なら待ち望んだ筈のそれを、今までの常識が頭を変な方向に持っていく。


 だってそうだろ!? 【顔の美醜っていうのは、人間にとって最も大きな能力】で! 少なくとも、俺は『前』も『今』もそう判断されてきた!

 顔の美醜一つで、人の態度なんていとも簡単に変わる。それは、俺の今までの人生と不可分の価値観だったはずだ!

 イケメンによるメリットも、不細工によるデメリットも……それら全てが形作った、俺のポリシーで!



「喫茶店でも言ったでしょ? 『心を固めてた』って。私としては、照吉から告白されるのを、ずっと心待ちにしてたんだけどね」



 だけど……やっぱり、その……俺は石を投げられるレベルの不細工で。付き合う恵にも迷惑が、その……



「じゃあ、逆に聞くけど……私は運動や勉強こそ得意だけど、顔は普通らしいよね? その上で奇人変人扱いされてて、こんな女は照吉とは恋人になれない。……なーんて言ったらどう思う?」



 そんなのは俺は決める事だ! 俺が恵を好きになったのは――



「つまりは、そういう事でしょ。私は照吉が好き、『顔なんて関係なく』ね。それで? 女から言わせておいて、まだ返事を保留するわけ?」



 ……ここまで言わせちゃ、しゃあねぇわな。つーか、さっきの俺の反応は「返事」も同然だったし。だから言う、万感の想いを込めて。何よりも愛しい少女に。



 なぁ恵、俺はお前が好きだ。



「うん」



 昔も今も、俺を顔で判断しなかったってのが最大の理由だが、それ以外でも結構美点は見つけてるつもりだ。普段は奇人変人の癖に、良い事は良い悪い事は悪い、と言える真っ当な感性であったり。それを力ずくで解決して、我を押し通せるだけの実力だったりな。



「うん、照吉もちゃんと、私の事を見てくれてたんだね」



 だから、俺が好きな恵に頼む。

 俺と付き合って下さい!



「喜んで!」



 こうして、俺と恵は男女のお付き合いをする事となった。なんつーか、ここに来るまでに随分遠回りしちまったけどな。



「ネズミの嫁入りみたいだよね」



 そうさ、結局は簡単な事だったんだ。何よりも大切な者は、すぐ傍にあった。

 【顔の美醜っていうのは、人間にとって最も大きな能力】という俺にとっての信念は、これからも覆る事は多分ないと思う。

 おそらく、俺はこれからも笑われ罵られ見下され続けるだろう。

 でも、こいつと……恵と一緒なら乗り越えていけるという自信がある。だから、俺は恵にこう提案した。



 それじゃあ、晴れて恋人同士になった事だし、『アレ』をやってみないか?



 瞬間、恵の顔がかつてない程に赤くなる。そして、モゴモゴとした口調で歯切れが悪そうに呟く。



「えっ!? ま、まさか、照吉……!? でも、もう夜だし、ここは照吉の部屋だし。ぶっちゃけ、私達の仲は両親公認みたいなもんで――」



 そして、半ばパニックになっている恵の手を取り、強く強くギュッと掴む。『恋人同士で手を繋ぐ』って、一度やってみたかったんだよな!

 しかし、慌てて涙目になっている恵とは、面白い絵面を見る事ができたな!



「…………わ、私はエロくない! 誤解させる照吉が悪い!」



 そうさ、いつまでもこの手をつないでおこう。何より大切な者が遠くに行かないように。

 ブツクサと文句を言う恵のその手は、字面通りの人肌で、大きさも形も特筆すべき箇所はなく。だけど、俺にとっては救いの手に等しい。


 だから、そうだ――



「まぁ、別に嫌じゃないけどさ……」



  ――俺が美醜逆転世界で得た者は、人間にとって最も大きな能力である顔は普通の女であり。しかし、俺にとってだけは特別な奴だったんだ。

もうちょっとだけ続くんじゃ。

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