第27話 南の守護龍
翌々日。
陛下に挨拶を終えた俺達は城門前で馬車の準備をしている。
「陛下、なんでエド見てニヤニヤしてたの?」
「……知らねーよ」
『エドもやはり男だな』とか呟いてたし、ろくでもないことしか考えてないなあのオッサン。
俺達は馬車に乗り込みアバルト領を目指す。
「馭者さん、行先は聞いてます?」
ギルマスが手配してくれた馬車だから知っているとは思うが……。
「はい、ですがどちらにしろアバルト領への通行は止めてまして……」
「ドラゴンの影響ですか?」
「ええ、王都にも出現報告が挙げられてますし……申し訳ございません」
「大丈夫ですよ」
通行規制がかかるほどに影響が出てるのか。
これは思ったよりも大事かもしれないな。
「あの……エドラス様……」
「っ!?」
ルミナがいそいそと俺の方へ寄ってきて、コソッと耳打ちをする。
その……なんというか、色気というか、その格好で寄られるとちょっと……。
「ど、どうした?ルミナ」
「すみません……。えっと、以前の記憶もお持ちなのですよね」
以前の記憶?
あぁ、神だった時の記憶か。
ルミナが俺を様付けで呼ぶ時は、神であった時の俺に用があるみたいだ。
「まぁ、1000年くらいの記憶はばっちり」
それより前の記憶は天界にある"万神の図書館"に保存されている。
神といえど長年の記憶保持は流石に負荷が大きい。
「でしたら、その中にゼノに関する記憶はありませんか?」
「ゼノに関する記憶?……あるっちゃあるが」
800年間の怠惰な生活のお陰でちょっとした記憶しかないけどな。
でも、あいつとは何かしら縁があったような気が?
「800年前の魔神討滅戦争では人間の味方をしてたな」
「そ、それは教科書にも載っていますが……」
「ぐっ……えっと……」
なんかあいつと因縁があったはずなんだけどなぁ。
『全能の神よ……』
脳裏に響く声。
「……あぁ、そうだった。ヒリスも聞いてくれ」
800年前、俺がまだやる気に満ち溢れていた頃、俺は下界のとある洞窟に赴いたことがある。
「あいつ……守護龍ゼノは昔、ただの無名のドラゴンだったんだ」
「昔って、800年以上も前のことよね?」
「ああ」
◆◆◆
800年以上も前のこと。
とある話が天界に舞い込んできた。
「無名のドラゴンなのに恐ろしく強い?」
ベッドに寝転がり地球のお菓子とジュースを貪り食べる俺に白ひげを生やしたじいさんが話しかけてきた。
「うむ。オーガリット大陸(後にルーカディア王国が建国される大陸)の南方の洞窟に居着いてのう」
「それをなんで俺に言うんだよゼリオス。討伐しろってんならそれは過干渉だぞ。神は下界に過干渉しない。常識だ……んー、やっぱうすしお派だな」
このじいさんも耄碌したか?
最高神なのに掟を蔑ろにしちゃダメだろ。
「話は最後まで聞け。とりあえず、調査に行ってほしいんじゃ」
「んなもん下界のガキ共に任せりゃいいだろめんどくせぇ」
「なんでもかんでも面倒くさがるな!……これは恐らく神が赴かなければならん事案じゃ」
神が直接……?ってことは。
「"理"絡みか」
理。
神よりも上位に位置するこの世界の理。神や人間のように物質としては存在しない、世界を構築する概念そのもの。
世界の均衡を第一に考えている神よりも神みたいな存在だ。
「無名のドラゴンが人間にとって害となる存在であれば討伐しても理は目を瞑るじゃろう」
世界の均衡を守る存在ねぇ。
簡単に言えば、魔王が誕生すれば勇者が誕生する。魔神が誕生すればそれに対抗する英雄神が誕生する。そんな感じで世界の均衡を保っているらしい。
「つまり、世界のバランスを保つ為に生まれた理絡みのドラゴンかもって訳だな」
「そういうことじゃ、頼めるか?」
「おう」
まぁ、面倒臭いが理絡みなら仕方ないか。
ちゃちゃっと終わらせてゲームしよっと。
◆
オーガリット大陸南方の大地、とある洞窟の前。
1柱の神が降臨する。
黒を基調とし、赤の差し色を入れた"着物"と呼ばれる異世界の装束を気だるげに着崩した男。次期最高神と目される『全能の神エドラス』。
「張り切って降りてきたはいいが……とんでもないマナの重圧だな」
神の中でも最上位の存在である俺にも重圧を感じさせるレベルのモンスター。下位の神だと苦戦しそうだな。
洞窟へと足を踏み入れる。
殺意の籠った数多の視線。
上位のフレイムドラゴン、赤龍、青龍に黄龍、最下位種のワイバーンまで。
「随分な歓迎じゃねぇか……トカゲ如きが」
ドンッと洞窟中に重力の磁場が発生する。
【破重滅】重力系統の上級スキルだ。
俺に殺気を向けてきたドラゴン達が地面に押し潰された。
〔グオオッ……〕
「無理して動くな。死ぬぞ」
重力を操作し、道を作る。
「ん?俺の【破重滅】が中和されている。……ふーん、なるほど」
宙に浮くガラスの階段を降りていく。
進むにつれてその重圧は増していく。
「確かに、これはガキ共の手には余るな」
階段を降りた先、金色の眼光を覗かせた白銀のドラゴンがこちらを見ている。
「おい」
〔グルルル……〕
警戒してるのか。
「はぁ……バカの振りはやめろ。重力系統のスキルを扱えるお前がただの獣な訳が無いだろ」
『……なるほど、貴様は神か。我と同じ系統……我にスキルを与えた重力の神か?』
おお、ドラゴンが喋ってら。
ドラゴンと喋るのは神龍の野郎と話して以来か。
「いや、残念ながら俺はただの猿真似の神だ。んで?なんでお前こんな所で引き篭ってんの?」
理絡みだとすると、何かしら使命を与えられているはずなんだが……。
それにこの違和感……僅かに禍々しいマナを感じる。
『なぜ……なぜ、か。なぜだろうな。なんとなくだが、貴様が来るのを待っていた気がする……」
「待っていた?」
自分の使命すら忘れて俺を待っていたと。
「ふーん。まぁ、いいや。で?なんだその殺気は」
『……』
俺への警戒は解いてないらしい。
眷属のドラゴンを退け、得体の知れない自称神が現れたらそりゃ警戒するよな。
「一応言っておくが、俺に殺意や敵視を向ければ俺はお前を殺さなければいけなくなる。言動には気をつけろよ」
【破重滅】
【破重滅】
ドラゴンが放つ同じ【破重滅】で相殺された。
まぁ、そうだよな。
このドラゴンは重力のスキルを操れる。それも高位の物を。
【天雷】
辺り一面を覆い尽くす稲妻がドラゴンを襲う。
『グオオオ……』
「部を弁えろよ」
【滅神覇】
『くっ……【破重滅】』
〔パン!!〕
『なっ……』
ドラゴンの重力スキルは為す術なく破壊された。
「殺さねぇように手加減してんだよ。全く……スキルを相殺出来たからって、権能を有する神に勝てるとでも思ったか?」
『き、貴様……は……』
ドラゴンの額に手を置く。
【ディスペル】
ドラゴンから紫紺のオーラが溢れ出た。
やっぱりな、【忘却の呪い】か。
だから自分の使命を忘れて洞窟に引き篭っていたのだろう。全く世話のやける。
「俺はエドラス。模倣の権能を有する、所謂全能の神ってやつだ」
『全……能の……神……そう、か……』
殺意が薄れていく。
やっと落ち着いたか。
「無名のドラゴンに問おう。貴様は人類に仇なす獣か?」
『我は……我はこの地を守護する者。人類に仇なすなど以ての外』
よし、しっかり自分の使命を思い出したようだな。
「無名のドラゴン……ってのは呼びづらいな」
名前があった方がいいよな?
「んー、そうだなぁ……じゃあ、ゼノ。お前の名前はゼノだ」
最近アニメで見たカッコイイ名前だ!
『ゼノ……』
「守護龍ゼノ。この世界の人間を守ってくれ」
俺が楽できるようにな。
ゼリオスのじじい、下界の問題事は何かと俺に押し付けてくるんだよな。
『神エドラスよ、我は人間達に受け入れられるだろうか』
「なんだ?デカイ図体してビビってんのか?まぁ、そこら辺は任せとけ」
俺はゼノの背に乗り、洞窟を飛び出した。
そして、近くの城塞都市に降り立ち、高々と宣言をした。
ゼノは害悪な存在ではない、彼は人類を守護する存在だと。
全能の神からの神託ということもあって、ゼノは快く受け入れられ、この地を守護する神聖なドラゴンとなった。
◆◆◆
そういや、名付けたの俺だったな。
「結局、ゼノに忘却の呪いを掛けたのは自陣営の戦力にしようとした魔族の仕業だったんだけどな」
「……」
「……」
2人が唖然としている。
「えっと……ゼノの名付け親はエドラス様だったのですね……それに元は無名のドラゴンだったと……」
「ねぇ、エドはどうしてそんな事まで知ってるの?800年以上前の文献なんてほとんど残ってないじゃない」
「あ……っと、それは……エ、エドラス様から聞いたんだよ……」
「ふーん」
「っとまぁ、ゼノに関しての情報はこんぐらいだ。その後は歴史の教科書にも載っている」
ゼノのやつ、まさかまた魔族に唆されたんじゃないだろうな。
「今の話から察するに、解呪された後は使命に忠実な龍だったということですよね?」
「ああ、己の使命を全うする良い奴だ……って聞いている」
流石に2度も呪いを受けるようなヘマはしないと思うんだが……。
「そのゼノが隠れていた洞窟ってどこにあるの?」
ヒリスが干し肉を貪りながら聞いてくる。
ちゃんと飲み込んでから喋りなさい。
「……さぁな。エドラス様も忘れちまったみたいだ。ちょっと寝る」
俺は2人に背を向け眠りについた。
「……」
そんな俺の様子にヒリスは黙って視線を送り、1つため息を吐き、瞳を閉じたのだった。




