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6 新しい居場所

 翌朝、ガンガン痛む頭を堪えながら目を開けると、師匠が俺に水をくれた。パンを汁に浸した物を枕元に持ってきてくれて、それがびっくりするほど美味しくて、腰が抜けるかと思った。師匠は天才だと伝えると、食べ物の有り難みを知ってる奴はいい奴だと何故か逆に褒められた。なんだかこそばゆい。


 ぺろりと完食すると、師匠は器を下げながら今日は寝とけ、と笑って言う。そういう訳にもいくまいと無理に起き上がろうとすると、「目がパンパンに腫れてるからいい男が台無しだ、タチアナに笑われちまうぞ」と言われ、お言葉に甘えて大人しく寝ていることにした。


 タチアナは俺が目を腫らしててもあざ笑ったりする様な人間ではないのは分かっていたが、そんなに腫れるほど泣くような男だと思われるのは、俺の人並みにはあるであろう男の矜持が許さなかった。師匠に甘えるだけ甘えている時点で、矜持も何もあったものではなかったが。


 師匠が工房で働いている間、俺は窓を開けて窓の外に広がる茶色い町並みをぼんやりと眺めていた。時折室内に飛び込んでくる風は砂っぽいが、それでも俺には心地よく感じられる。作られた上辺だけのものではない、逞しく生き抜く人々の生活が感じられる匂いだと思った。


 いつの間にかウトウトし、次に起きると茶色い町が赤く染まっている。信じられないほど鮮やかな赤の夕焼けが、ハンナおばさんの工房を眩しく照らしていた。夕日が入ってくるから日除けが欲しいんだよねえ、なんて笑っていたことを思い出す。何か買ってあげようか、そう思い、身分を捨てる覚悟でここへきた以上、人への施しをしている余裕などもう俺には残されていないことに今更ながらに気が付いた。


 師匠に師事してきて、ここの暮らしに余裕などないことくらい、呑気な俺にだって分かっている。あんな風に逃げてくる前に、もう少し計画的に金銭問題について考えたらよかったのだと考えたが、今更もう遅い。


 結局、土色のまま取り残されたこの地域のことを、俺は頑張って父王に働きかければ何とか出来たかもしれないのに、何も行動に移さなかった。ただ憐れみ、この場に降り立って同じ目線に立ったつもりで、分かったつもりになっていたのだ。


 それは恐ろしく傲慢で、愚かしい行動だった。


 だが、後悔したところでどうしようもない。俺はもうあそこには戻りたくはない。


 ならば、ここで堅実に生きていこう。師匠の助けになるよう学び、少しでも助けてくれた恩を返していきたい。


 身分がなくなった俺は、多分この地域に住んでいる誰よりも役立たずだろう。だが、大勢を救うことはもう出来なくとも、隣のひとりを助けられる様になりたい。


「――よし!」


 俺は気合いを入れる為に両頬をパン! と叩くと、まだ少し痛む頭を堪えながら、ゆっくりと起き上がる。工房に出て、片付けを始めている師匠の元に急いだ。


「アリス、もう大丈夫か?」

「うん! あれ、滅茶苦茶強い酒なんだな!」

「泣きすぎもあるだろうがな、はっはっはっ」


 そういうものなのか。俺は今まで、こんなにも泣いたことはなかったから、それが事実なのかは分からない。だが、師匠が知っているということは、そういう経験をしてきたということだ。それが何かを尋ねるほど、俺は無神経ではない。いつか師匠が俺に話してくれたら、その時はこれのことだったのか、と覚えていたいと思った。


「手伝うよ!」

「おう、じゃあこれをあっちに――」


 こうして、俺の庶民としての新たな生活が始まったのだった。

推敲終わり次第続けて投稿します。

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