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俺が光源氏に……?  作者: 入江 涼子
光源氏五歳編
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十五話

 俺が麗子さん――弘徽殿女御に石鹸の作り方を聞いてから、一週間が過ぎた。


 その間に、俺はあの随身の兄ちゃん達や左大臣家の若君の鶴若との四人で材料や道具類を探した。いわゆる奔走したとも。そして台盤所のおばちゃん達にも協力してもらい、石鹸を幾つか作成するのに成功した。

 まず、試作品を俺や鶴若で使い、感想をおばちゃん達に告げた。二度か三度改良をしていき、やっと母や祖母、父帝達に献上できるまでには二か月が過ぎていた。


 量産はできないが、また材料などを採取しに行くのに、鶴若や兄ちゃん達は快諾してくれた。彼らの協力がなければ、成せない事ではある。後でこっそりとお礼の品を送っておいた。(鶴若には唐菓子、兄ちゃん達には酒にしておいたが)

 祖母や母には好評だった。父帝も体がさっぱりと洗い上がって良いと言っていた。


「……光、今度は私も連れて行ってはくれないか?」


「どこにですか?」


「いや、材料採取にだ。そなたばかり、狡いというか」


 父帝はとんでもない事を言い出した。けど、俺ばかり狡いって。んな事を言われてもな……。

 返答に困るな、正直言うと。


「……分かりました、父上が一緒だと色々心配ですが。鶴若君に話はしておきます」


「そうか、頼むぞ」


 父帝はなんとはなしに嬉しそうだ。俺は居た堪れない気持ちになる。これは母や麗子さんのお説教、確定だな。

 重たいため息をついたのだった。


 数日後、俺は合歓の木の皮などを採取しに行った。何故か、傍らには侍烏帽子に直垂姿の男性がいる。実は変装した父帝だった。鶴若や兄ちゃん達は奇妙な物を見る目つきでいる。主に父帝に対してだが。


「……なあ、光の君。隣のおっさんは誰だよ?」


「おっ……いや、この人はな。ここだけの話ですが、僕の父上ですよ」


「は?」


 鶴若は目が点になった。兄ちゃん達もだ。


「いや、訳が分からないんだけど。何で畏き(かしこ)辺りの方が?」


「……話をしたはずなんですが、聞いていませんでした?」


「俺は冗談だとばかり、思っていたよ。まさか、本当にいらっしゃるとはな」


 鶴若は呆れたように言う。父帝は苦笑いをした。


「……君が鶴若君か、うちの息子が世話になっているな。一度は挨拶をしたいと思っていたんだ」


「あ、あの。何とお呼びすればいいんですか?」


「そうだな、桐矢(きりや)とでも呼んでおくれ」


「分かりました、桐矢様」


「いや、様はいらない。せめて、さん付けで呼んでくれ」


「はあ」


 鶴若は何とも言えない表情になった。兄ちゃん達も躊躇っている感じだ。


「……では、桐矢さん。行きましょう」


「分かりました、若君」


 俺が呼びかけると父帝もとい、桐矢さんは丁寧に返答した。これでも俺の父で一国の君主なんだがな。いわゆる王様というか。そう言いたいのを堪えたのだった。


 俺は桐矢さんの馬に乗っけてもらう。北山にまた向かうためだ。鶴若は随身の其の一の兄ちゃんの馬に乗っけてもらっている。


「桐矢さん、これから向かうのは危ない場所ではありますよ」


「分かってはいますよ」


「藪の中とか入らないといけませんし」


 俺が言うと、桐矢さんはクツクツと笑う。


「心配し過ぎですよ、若君」


「まあ、桐矢さんのお手並み拝見といきますかね」


「お任せください」


 桐矢さんは自信満々に頷いた。俺は本当に大丈夫かなと一抹の不安に駆られた。


 合歓の木の皮を剥ぎ、縄でグルグル巻きにするのは随身の兄ちゃん達が手際よくやってくれる。桐矢さんも意外と役立った。実は手先が器用だったのなと驚かされたが。

 次に蜂蜜の採取は鶴若が鉤縄と呼ばれる道具を使い、行った。桐矢さんは蜂の巣をキャッチする役目を果たした。草木の灰集めも一所懸命にやってくれたしな。


「……ふう、思ったよりは重労働だな」


「それはそうでしょう」


「若君、これくらいでいいのですか?」


「ええ、バッチリです!」


「はあ、なら。帰りますか」


 俺は頷いた。桐矢さんはまだ、どことなく帰りたくなさげだ。けど、もう日暮れが近くなっている。時間切れといえた。


「……桐矢さん、今日はお疲れ様でした」


「ええ、鶴若君もですね」


「今回の事は両親に報告しておきますね」


 鶴若が言うと、桐矢さんはぴしりと固まる。あ、忘れてたよ。鶴若のご両親はあの左大臣さんと大宮さんじゃねーか!

 左大臣さんは側近だし、大宮さんは桐矢さんの兄弟だしな。こりゃあ、麗子さんや母以上に厄介な相手だ。


「つ、鶴若君!」


「ん、どした?」


「桐矢さんの前でご両親の話題は出さない方がいいですよ」


 俺がさり気なく言うと、鶴若も固まる。


「……あ、あの。桐矢さん、父にはお手柔らかにとは申し上げておきます」


「……頼みますね」


 桐矢さんはポツリと言った。俺は胸を撫で下ろしたのだった。


 この後、執務をほっぽり出していったのが麗子さんや母にバレた桐矢さんもとい、父帝はこっぴどく絞られたらしい。しかも、左大臣さんには普段の倍の仕事を割り振られ、数日間は缶詰め状態にならされたとか。大宮さんも文で「貴方様はご自身の立場をお忘れですか?」と苦情を言ったそうだ。俺は言わんこっちゃないと思ったのは内緒だ。

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