3
心配そうな、そして申し訳なさそうな顔をした伯父と別れ、父親らしき男と二人になってリーンはちょっと困っていた。
一応先程、伯父にお父さんだと言われて「おとうさん…?」と呼びかけてはみたのだ。
だがそれに対する返答は無く、しばらく呆然と見下ろされた後で椅子に座り無言で何かを考え込み始めた。
リーンは部屋の入口に突っ立ったままだ。
長い移動に大分疲れているし、お腹も空いたし喉も乾いた。でも、リーンは五歳にして空気が読める。
何やら深刻そうな "おとうさん" はちょっとそっとしておいてあげた方が良さそうだ。ウンウンと頷き放置を決めた。
そうしてお互い無言のまま時間が過ぎていったが、家の玄関の方からドアが開く音と共にガヤガヤと賑やかな話し声が聞こえてきた。
ドランがビクリと肩を震わせて慌てて立ち上がり、部屋の入口に立つリーンの方に歩き出す。
リーンはそれをパチクリと瞳を瞬いて見ていた。半ば置物のように思い始めていた父親が急に機敏に動き出したのでびっくりしている。
ドランが部屋の入口にたどり着く前にパタパタと軽い足音が部屋の前までやって来てガチャリと扉が開く。扉の向こう側には背伸びをしてドアノブを握る、焦げ茶の髪をおさげにした緑色の瞳の小さな女の子。
女の子はドランの顔を見てパッと笑顔を浮かべるが、父親の横に居るリーンを見て不思議そうな顔をした。同じく不思議そうなリーンとしばしの間見つめ合う。
えっと。どちらさまでしょうか。
明らかに自分側が言うセリフではないので、リーンは心の中だけで思い浮かべてヒョイと首を傾げた。体ごと。女の子もパチパチと瞳を瞬き真似をして傾く。
子供達のよく分からないコミュニケーションにドランは正直困惑しているが、迂闊に何も言えない。
これ、突っ込んでいいのか?初対面の息子……息子、なんだよな?との初会話が突っ込みで良いのか?いやそれよりこの子の事をどう説明すれば。
そのうちに段々胃が痛くなってきたドランを救うか地獄に叩き落とすかする新たな人物の声が部屋に届いた。
「お嬢様!お客様がいらしているのなら邪魔をしてはいけませんよ」
扉の向こう側から、焦ったような少ししわがれた女性の声と足音が近付いて来る。
「クレア、おきゃくさまいないよ!……おともだち?」
女の子が後ろを振り返って、クレアと呼ばれた使用人らしき女性に返事をするが、言っている本人も分からないのだからクレアには余計に何が何だか分からない。
「お友達…?ですか?どういう……」
部屋の入口にたどり着いたクレアは主であるドランの後ろめたいような表情を見て不思議に思い眉を寄せる。
そしてその横の子供を視界に入れ、子供の瞳の不思議な色に気が付くとハッとして枯れ枝のような自身の両手の指をギュッと握りしめた。まさか。
「クレア、キャシー、どうしたの?お客様は帰られたんでしょう?旦那様はまだそちらに?」
女の子、キャシーとクレアの後ろから赤子を抱いた妙齢の女性が姿を現す。
「おかあさん」
キャシーがその女性を見上げてニコリと呼びかける。
クレアはリーンの瞳を凝視していたが、女性の声に慌てて振り向き咄嗟に「お、奥様…!あの……」と声を出したきり口篭ってしまった。
女性は帰宅した際の使用人達の微妙な表情とクレアの慌てぶりから、部屋の中に何か良くないものがある事には気付いていた。自分をこの部屋から遠ざけようとしていた事も。
気付いてはいたが、そのまま笑顔で部屋に踏み込んだ。
「旦那様、只今戻りまし…た……」
蒼白な顔色の自分の夫と、その夫と全く同じ珍しい色味の瞳をきょとりと瞬く子供を見て思考が停止した。
どこぞの女が居るものと思って乗り込んだが、子供。しかも結構大きい。娘と同じくらい?
良かったのか悪かったのか分からないと困惑していると子供がトコトコと歩いてきた。目の前でペコリと頭を下げる。
「えっと。リーンです。はじめまして」
お利口だ。そしてこちらを大きな瞳でじっと見上げてニコリと笑う様がとても、とても可愛らしい。
隣でクレアがうっと小さく呻き胸を押さえているのを横目で見て頷く。わかる。
それぞれ何かを葛藤する大人達を他所に子供達の方は順調に初遭遇イベントを進めていく。
「キャシーはね、キャシーなの」
「キャシー。うん。よろしくね」
ニコニコと頷き笑い合う小さな子供達の姿に大人達は苦笑し、ひとまずこの場を収める事にした。
言いたい事も聞きたい事も全部後で。大人の醜い姿はこの子達には見せるべきじゃ無い。