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結論から言うと、豚の頭は無かったしお肉もちゃんと出た。
ただ、食事に降りたリーン達はガヤガヤザワザワと大勢の人間が銘々に酒や料理を楽しむ光景に圧倒され、先程の話は全く頭に残っていなかったが。
馬車から見た時は気付かなかったが、普通の人に混じって獣の耳が頭に付いた獣人と呼ばれる種族もチラホラ見える。前の村には猫の獣人の一家が住んでいた。流行り病で父親以外皆死んでしまい、その父親も村を出て……
「危ねえ」
過去に意識を飛ばしていると二の腕をグイッと引かれた。すぐ横をとても大きいおじさんが通る。イワンよりも大きい。
「おっと。お嬢ちゃんごめんよ。見えんかったわ」
ガッハッハと笑って去って行く大男を呆然と見送り、瞳をパチクリと瞬いてセオにお礼を言った。お嬢ちゃん……。
天井からいくつかぶら下がっている灯りは魔道具だろうか。随分と明るい。上を見上げて口を開けていると、苦笑したドランにヒョイと抱き上げられた。
「またぶつかってしまうよ?」
「ぶつからなかったよ。セオが」
「ふふっそうだったね。セオが助けてくれた」
うんうん頷く。
「でもお父さんも、たまにはナイト役がやりたいなぁ」
抱き上げられたまま、良く分からない事を言うドランをじっと見る。目が合うと、何でもないよと頭を撫でられた。
結局席まで運ばれてしまった。高い場所から部屋の中が良く見れたので何も文句は無いが。
「お父さんありがとう」と言うと、満足そうに頭をポンポンして向かいの席に歩いて行った。その隣の席にはイワンがニコニコして座っている。
リーンが降ろされたのはキャシーの右隣。二人ともこちら側の真ん中だ。旅の間は夕食時に半分寝ている事が多かったが、今日ははっきり起きているらしい。
「ごはん、おいしいよって」
「そうなんだ?楽しみだね」
キャシーとニコニコ話をしていると、狩人達と友人達も席についた。狩人達は向かい側の残りの席。こちら側はキャシーの隣がケネスで、リーンの隣がセオ。
これはあれだ。お世話される席順だ。初日はだいたいこの並びだったが、途中からキャシーは疲れて寝ている事が多かったのでドランの膝の上がいつの間にか定位置になっていた。
ほんの三日前の話なのになんだか懐かしい。しっかりしようと決めたのだし、ケネスにお兄ちゃん役を取られないように頑張ろう。
食事はとても美味しかった。名物だと言うソーセージも、肉を揚げた物もシチューもたくさん食べて大満足だった。
しっかり出来たのかどうかは……。自動的に口に入ってくるパンや肉を避けるのは難しい、というのは学習した。
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自宅のフカフカのベッドでも村長さんちの藁ベッドでもない固い感触に目を覚ます。ガラス窓からオレンジの光が暗い部屋に差し込んでいるのを見て、ようやく宿屋に泊まったのだと思い出した。
「おう、おはよう」
「おはよう」
いつもよりほんの少し寝過ごしたので、今日はセオの方が早く起きていた。
「で、こいつどーする。またひっくり返すか?」
「うーん。宿屋だし。ひめいは迷惑かも」
二人揃って毛布の塊を見つめるが起きる気配は無い。
しゃーねえな、と呟きながら塊に近寄るセオを見守る。どうするのだろう。
ため息をひとつ吐いて、ガバっと左手で毛布を剥ぎ取り間髪入れず右手でガッと口元を覆う。そして目を白黒させるケネスに顔を寄せ、
「朝だ。起きろ」
あの起こされ方はちょっと、遠慮したいなぁ。
寝起きが良くて良かったと今日程思った事はない。
ブツブツ言うケネスを宥めながら身支度をする。
「もう二度と、二度としないでほしい」
「起きるんならしねえよ」
「ほんとに何事かと思ったんだよぉ?死んだかと思った」
「だから起きるんならしねえって」
これを機にケネスの寝起き良くならないだろうか。
身支度を終え、室内を見回して頷きドアに向かう。丁度その時ドアがノックされてイワンが朝食に誘いに来たので、一緒に一階に降りた。
一階は昨夜の喧騒の気配はさっぱりと消え、全くの別空間に見えた。人が多いのは同じなのに何故だろう。
朝食はパンとベーコンとチーズとスープ。量が多いのでセオとケネスに食べてもらいながら美味しく食べた。
さて、名残惜しいが出発だ。ここでは驚く事が山ほどあったが、ここよりも大きくて立派だというギールの街に俄然期待が高まる。
どんな場所なんだろうと瞳を輝かせる子供達と、それを微笑ましげに眺める大人達。ここ数日で見慣れた光景を乗せて馬車が走り出した。