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「あの、1度家に帰ってもいいですか?」


 英治さんが宿泊するホテルへ一緒に行こうと言うのだが、私はいつも通り仕事をするつもりで朝家を出てきている。荷物は……財布とスマホのみだ。

 1日コックコートを来ていたので服はほとんど汚れていないにしても、仕事は重労働なので汗はかく。お風呂に入ったら下着くらい替えたいし、明日の過ごし方によってはメイク道具とか、服とか色々必要だ。明後日直接出勤するならその様に支度をしなくちゃいけないし。

 それにやはり……勝負下着とかいるよね?

 あぁ、なに考えてるんだ、私。


「勿論だよ。夏月の住んでるところも見てみたいし」

「狭いですよ? 寝るだけの家ですから……」


 一応、セキュリティがそこそこのマンションに、建ってすぐの頃から入居しているので、築年数も浅く、それなりに綺麗ではある。しかし、以前1度訪れた英治さんの部屋に比べたら猫の額の広さだし、殺風景でとても誰かを招き入れる様な部屋では無い。……って、大切な事を思い出した。

 私が住んでいるのは女性専用の物件だ。

 男性は家族以外侵入禁止というところに惹かれてここに決めたんだった。


「あの、大変申し上げ難い事なんですが……うち、女性専用で男性の来客は家族以外ダメなんです。エントランスでお待ち頂くことは可能でしょうか?」


 英治さんは少し膨れた顔で言った。


「その話し方、よそよそしくない?」


 少しホッとする。入れなくて怒ったわけじゃなさそうだ。


「ごめんなさい」

「可愛いから許す」


 よくわからないけど許してもらえたらしい。


「良いよ、外で待っても良いし。でもなるべく早く来てくれる?」

「はい。ところで明日は何か予定あるんですか?」

「まだ固いんじゃない?えっと、佐伯君と話す時みたいに……って癪だけど、そんな感じで喋ってみて?」

「あ……はい。明日は何か予定あるの? こんな感じですか?」

「最後の『ですか』はいらないけど、そんな感じ。明日は兄と会って欲しいんだけど良いかな? 何処かで食事をしながら夏月を紹介したい」


 お兄様と食事か……ちゃんとした服も持っていこう。


 英治さんにはロビーで待っていてもらう。

 荷物をまとめ、着替えて軽く化粧をする。髪は仕方ないので、簡単に直す程度。

 靴も履き替えて英治さんの待つロビーへ向かう。


 英治さんは何処かへ電話をかけている様だった。

 私の姿を見つけると、少し驚いて目を丸くしていたが、すぐに嬉しそうな表情へと変わる。


「夏月、よく似合うよ。素敵なドレスだね」

「大好きな人に見立ててもらったドレスだもの。似合わないわけないでしょ?」


 2人で顔を見合わせて笑う。


「でも、何か物足りない様な……そうだ」


 そして英治さんは鞄から何かを取り出し、私の首にかけた。そして、私の左手を取る。

 それは、あの日、私が着けていたネックレスとリングだった。


「うん、これで完璧。それじゃあ行こうか」

「これって……何で今持っているの?」

「いつも持ち歩いてるから」

「なぜ……?」

「いつ夏月に会っても良い様にね。それに、これ見て夏月の事考えてたから……。それだけ君を思っていたんだからね? 明日朝起きていなくなってたら許さないよ?そういう夏月だって、そのドレスと靴とバッグ、すごく綺麗に取っておいてくれたみたいだけど?」


 せっかくメイクしたのに涙が溢れてきた。もう、涙腺弱すぎる。

 勿論、嬉し泣き。


「だって、もしまた会えたら、着ている姿を見せたかったから……大切にしまっていたの」







 ***


「ここって……」

「そう、あの時と同じ部屋。ここは兄のホテル。僕が泊まるのは大体この部屋。あの後、1人で泊まるのがものすごく辛かったんだ……危うく今日も泣きながら寝るところだったよ」


 私たちがチェックインして案内された部屋はあの日2人で泊まったのと同じ部屋だった。ドアを開け部屋に入ると、大きな花束とロゼのシャンパーニュが用意されている。

 部屋に入って間も無く、英治さんのスマホが鳴った。


「ああ、兄さん? 祖父から聞いたのか? ありがとう。明日の夜食事でも……あ、それも聞いてる? 予約まで? ありがとう。……え? は!? 兄さんも知っていたのか? 何!? それは聞いていない!! ああ、明日またゆっくり……って、え? はぁ!? ……そこまでお気遣いありがとう。それじゃあまた明日。おやすみ。」


 どうやらお兄さんからの電話だったらしい。

 なぜかやたらとあたふたする姿が可愛らしくて思わず笑ってしまう。


「夏月、お風呂を見て来てご覧?」

「お風呂……ですか?」


 英治さんに言われて一緒にバスルームへ行くと、バスタブにはお湯が張られ、薔薇の花びらがたくさん浮かんでいた……

 英治さんは苦笑していた。


「せっかくだから冷めないうちに入っておいで」


 どうやらお兄さんが用意していてくれたらしい。

 お兄さんも5年前の経緯をご存知だそうで、今日の事を英臣さんに伺い、喜んで下さっているそうだ。

 初めて入る薔薇のお風呂は凄く良い香りで気持ち良かったけれど、掃除とか後始末がとても大変そうだなと思ってしまうロマンチックのかけらもない私。

 お風呂から上がり、髪を乾かしている間に英治さんも入浴を済ませたらしい。

 タオル1枚で出て来られると困る。腹筋が割れてる……。何か着て欲しい。恥ずかしい……ドキドキする……。

 って私もバスローブだった。入浴前に「はい」って渡されて、何の疑問も持たずに着ちゃったけれど……よく考えると大胆すぎやしないか?


 そんな事言ったら、あの時は……。


 絶対顔が赤いわ、私。

 そんな私を見て、英治さんがからかう。


「同じ部屋に泊まるって意味ちゃんとわかってる?」


 そう言って笑っていた。

 悔しくて思わず仏頂面になってしまう。


「怒った顔も可愛いよ?」




 それから、用意されていたシャンパーニュを飲みながら、英治さんが5年前の事を話してくれた。

 英治さんのおじい様はラグジュアリーなホテルチェーンを経営されているらしい。

 おばあ様、意外に大物とお知り合いだったのね。




 ◇◇◇


 一応ね、僕は次男だけど身内がホテル経営してたりすると色々あるんだよ。

 恋愛や結婚も、僕自身じゃなくて、僕の肩書きや家柄と付き合いたいとか結婚したいって女性も少なくなかったし。

 兄がそういう面で、もの凄く苦労していてね。それを見ていたから、どうしても慎重になってしまって。

 女性不信になった時期もあったよ…。

 それに自分と相手の気持ちだけでは結婚が許されないしね……相手の家柄、とまではいわないけれど人柄は大事だから……。


 あの時、僕は28になる歳で……恋愛(イコール)結婚だったから、どうしても付き合う前に家族の許可が必要で。


 付き合って、結婚したいですって紹介して、反対されたらお互い辛いだろう?

 スムーズに事を進めるために、先に許可を取っておいて、結婚を前提にしたお付き合いを夏月に申し込むつもりだったんだ。

 流石に、本当の事を言えなくて、あんな嘘をついてしまった訳だけれど……凄く後悔した。

 あんなに夏月を傷付けてしまっていたなんて思わなかった。


 僕は1人で舞い上がっていたんだ。

 せめて、君を抱く前に本当の事を言っておくべきだったんだ。あの時、随分飲んでいたから、僕の言葉を信じてもらえるか自信が無かった。だから、翌朝、酔いが覚めてから、きちんと結婚を申し込むつもりだった。でも、朝起きたら君は……あの時の手紙もまだ取ってある。もし、君に会えたら、プロポーズするつもりでいたけれど、自信が無かった。

 もし、君が他の誰かと結婚していたら……そう思うと苦しかったし、現実的に考えたら、その可能性の方が高いだろう? 僕は君に身代わりになれと言ったんだから……。

 でも諦めきれなかった。帰国したら改めて捜すつもりだった。

 そして今、こうして僕の目の前に夏月がいる。もう、嘘はつかない。

 大切にする。一緒に幸せになろう。


 ◇◇◇




 大好きな人と一緒にいられることがこんなに幸せなことだなんて私は今まで知らなかった。

 以前は、幸せなだけじゃなくて辛いことでもあったのだから…。


 2人でボトルを空けた頃、私は睡魔に襲われていた。疲れのせいか、酔いが回るのが早い。よく考えたら夕食を取っていなかった。胸がいっぱいで空腹を感じていなかったらしい。


 英治さんも酔っているのか随分可愛らしくなっている。


「夏月」

「なぁに?」

「呼んでみただけ。……ねぇ、夏月?」

「……また呼んでみただけですか?」

「うん」


「夏月?」

「なぁに? また呼んでみただけ?」


 英治さんが首を横に振る。

 どうやら呼んでみただけではないらしい。


「ねぇ、夏月? 同じ部屋に泊まるって意味わかってる?」


 私は首を横に振る。


「わかりません…。」


 ニヤリとなんだか悪そうな顔の英治さん。


「これでも?」


 優しいキスだった。

 それが段々激しくなり、舌が絡み合う。

 気持ちが良くてとろけてしまいそう。

 あまりの気持ち良さに、思わず声が漏れてしまう。


「まだわからない?」


 意地悪だ。

 再度首を横に振る。


「わかんない…。」


 そういう私を抱きしめて、彼は耳元でこう囁いた。


「そんなに怖がらないで良いんだよ? もう初めてじゃないんだから……」


 耳まで真っ赤になる。

 身体中が熱い。


「……気付いていたの?」


 英治さんは、私の顔を見てにっこり笑うと頷いた。

 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。


「恥ずかしがる姿も可愛いすぎるから……」

「だって……恥ずかしいんだもの……」

「それに気付いたから、朝起きて余計後悔したんだよ。ごめんね。あんな形で……」


 私は再び首を横に振った。


「あの時、大好きなあなたに抱いてもらえたから今日まで頑張ってこれたの……初めての人があなたで本当に良かった。幸せだったから。その思い出があったから、嫌なことされても、強い心でいられたから……落ち着いて対処することが出来たの」


 言ってから後悔した。


「夏月? もしかして……」


「ううん、なんでもない。もう上書き修正しなくても平気だから……。あの日の事、ちゃんと覚えているもの」


 誤魔化せただろうか。

 前回、あんな姿を見られてしまっている。同じ様なことがあっただなんて知られたくない。


 抱きしめられ、優しくキスされる。


「大好き……」

「夏月、愛してるよ」


 肌が触れ合うってこんなに幸せなんだ。

 大好きな人が近くにいる。

 私は英治さんの腕の中にいる。

 夢のようだった。

 もし、これが夢だったとしても覚めないで欲しい。




 朝、眩しくて目覚めると私の目の前には微笑む英治さんがいた。


「夏月、おはよう」


 優しいキス。

 夢じゃ無かったらしい。


「おはよう」


 私もキスを返す。

 誤算だった。チュッとしておしまいにするつもりが、抱きしめられ、濃厚なキスになってゆく。

 昨夜は、そのまま眠ってしまった様で、私も彼も何も着ていない。

 寝起きでぼーっとしているせいか、昨日以上にとろけてしまいそうになる。

 この人はなんてキスが上手いのだろう。

 自然と私も彼に答えるかの様に……。

 ……案の定声が……漏れた。


 それを待っていたかの様に、彼の唇は私の首筋へと移動して……。





 あっという間にそういうことになっておりました。

 気がつけばカーテンは開いていて、そういえば眩しくて目が覚めたんだった……なんて考えてるうちに恥ずかしくて身体が熱くなって……。

 外から見えないから大丈夫だなんて笑われるし、そもそもお日様の光を浴びながらというのが、逆にいやらしいというか、はっきり表情を見られていると思うともう余計恥ずかしくて、目も合わせられなくて……。

 そんな私の反応が彼の悪戯心に火をつけてしまったみたい。

 お陰でもうヘトヘトです。起き上がれないのは気のせいでしょうか?


「夏月? 起きないの?」


 そのにやけ顏は分かってて言ってますね? 英治さん。


「もう……意地悪……」

「何? もう一回したいの?」


 膨れっ面の私を見て、大爆笑し始めた。


「思う様に動けない……」

「嬉しいこと言ってくれるね? 最高に可愛いよ。」


 何でそうなる?


「シャワー浴びたい……」


 フラフラしながらもなんとか歩いてバスルームへ連れて行ってもらい、シャワーを浴びて着替えて、部屋でルームサービスの朝食を取り、連れて行かれたのはホテルの中にあるエステだった。

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