理由
息吹は七之助の世話をしながら、百目数珠の訓練を始めた。尊治が言うには、息吹が百目数珠を使えるかは定かでは無いが、可能性はまだあり、訓練も無駄では無いと言う事だった。
百目数珠には、人の魂がやどっており、帝以外は簡単に制御できない事。
使えるようになっても、命は削られることが説明された。
息吹は、命が削られる事については不安で、怖かったが、今迄の様に逃げ出すのではなく、どうすればいいかよく考える事にした。
(戦にならなければいいんだ。……私が産まれた事で、色んな人の運命が変わったんだったら、またいいように変わるよう頑張ればいいんだ)
息吹は毎日百目数珠の部屋に連れて行かれた。
百目数珠はあいも変わらず気味悪く、部屋にいる間、息吹は何度も吐きそうになった。
息吹が数珠の前であぐらを組み、尊治が後ろに立って祝詞を唱える。すると数珠は青白く光り、その光は息吹の身体を包み込む。ただそれだけの作業を何度も続けられた。
「百目数珠には意志がある。……まだお前の封印が解かれていないから使えるようにはならんが、こいつに気に入ってもらえば、命を削る作業も少なくて済む。お前の事を数珠によく知ってもらった方がいい」
息吹にはなんとなく尊治の言ってる事が理解できた。
ーー数珠は生きている。
もし大きな力を持っているなら、とんでもない怪物だ。
毎日瞑想を続ける中で、息吹は、今までの旅の事、倭国に訪れてからのことを思い返していた。
(私には逃げちゃダメな理由がある)
息吹は、いつかの看板の上でトカゲに誓いを立てた事を思い出していた。
(私が逃げ出せば、誓いを破る事になっちゃう。……それに私を信じてくれた沢山の人を裏切る気がする)
息吹は逃げ出した時、その時は苦しみから解放された様に思えたが、いつも頭の中に浮かぶのは自分を助けてくれた人達の笑顔だった。
(コウテカさんもトカゲさんも、あのモグラのおじさんも私達の為に危険を承知で助けてくれた)
嘔吐を繰り返す息吹を見て、今日はもうやめるかと尊治が尋ねた。息吹は口をぬぐい、大丈夫と言ってまた目をつぶった。
(尊治様は利用するためでも、私に居場所を与えてくれた)
目を瞑ると、青い光が近寄って来ているのを感じる。
(七之助さんは、自分の命よりも私の事を優先してくれた)
激しい頭痛が息吹を襲い、手足の先が痺れて来る。
(お姉さんと神谷様は、命を救ってくれた。あったかく包んでくれた)
脳裏に二人の心配そうな顔が浮かぶ。胸の中に、暖かく確かな物がある様な気がした。
(先生が今まで守ってくれてたから……)
懐かしい笑顔を久しぶりに思い出した。会える事が出来なくなっても、一緒に過ごした時間が消える事は決して無いのだ。 ……どうして今まで、そんな簡単なことを忘れていたのだろう。
息吹は目を開け、数珠を見つめた。青い光は生きているかの様に蠢き、まるで息吹を値踏みしているかの様であった。だが、今はなんだか怖く無かった。息吹は初めて数珠に話かけた。
(百目数珠、お願い。……私に力を貸して!!)
光は青く輝き、息吹は目の前が真っ白になった。
(寒い……)
遠くで尊治が自分を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、ーーーそのまま意識は遠のいた。




