願い
「願いだと……」
尊治の目は釣り上がり、切れ長の美しい瞳は怒りに満ちた。神谷は、背筋が凍る思いがしたが、屈せず、ゴクリと唾を飲み込んで必死に訴えた。
「お前は解放されたいと望んでるんじゃあないか?俺は、あの子を通して知らなかったお前の姿を見た気がしたんだ。……俺はそれに賭けたい」
ぬるい風が二人の間を通り過ぎた。神谷は喉がカラカラで、自分でもきちんと喋れてるかどうか分からない。だが、蛇に睨まれた蛙のように、尊治の視線から一歩も逃げることはできなかった。
「だとしたら、どうする。お前が、俺の代わりでもしてくれるのか」
神谷は、尊治が無機質な、他人を思いやれない人間だと思っていたが、それは間違いだと思った。尊治は見捨てる事が出来ないのだ。不条理に滅ぼされた、彼の一族を……。
「俺なんかが代わりにはなれないだろう。だが、一族の怨念を晴らす方法なら考える事ができる」
尊治は黙った。日差しは少し傾き、美しい顔は影でよく見えない。
「帝を含め、俺たちもろとも皆殺しにすれば、もしかしたらお前の背後の者たちは、気が済むのかもしれんが、そうすれば、新たな憎しみを生む事になる。お前は永遠に自由にはなれない」
温い風は尊治の美しい黒髪を揺らし、神谷の心を少し落ち着かせた。
「なんでそんな必死になる。お前の仲間を使えば、俺を消すなど容易だろう。俺を説得して、お前に何の得がある」
尊治にすれば当然の疑問だった。彼らは、兄弟であっても、蹴落としたい相手でもあるのだ。神谷の行動はちぐはぐで、尊治には理解できなかった。
「あの子をハヤテ殿に預けた事、後悔はしたが、正しかったと思いたいんだ。あの子が俺たちの関係を変えてくれると信じたい」
尊治は、刀を鞘から抜き、流れるような動きで、神谷の首に剣先を突きつけた。神谷の額に、一雫にの汗がすうっと流れた。
「お前を信じろと?」
「俺の行動は今の所、信じるに足るものだと思うんだが……」
神谷は、頬を引きつらせながら無理矢理笑った。少しの沈黙であったが、神谷は生きた心地がしなかった。
生ぬるい風は強くなり、キラキラ光る緑の葉を揺らした。
尊治は剣をしまい、背を向けた。
「話は城で聞こう」
神谷は胸を撫で下ろした。初めの一歩を今やっと踏み出せたのだ。
猫背の男はノロノロと、尊治の背後をついて行くのであった。




