面会
「いやあ、久しいな尊治!ますます男っぷりが上がって、びっくりしたぞー」
神谷は素直な気持ちを言ったつもりであったが、尊治は眉間にしわを寄せ、汚いものでも見るかのように目を細めた。
「……兄上こそ、次の帝とは思えない凡人ぶり、さすが能ある鷹は爪を隠す」
尊治は吐き捨てるように、嫌悪感丸出しで応えたが、神谷にとってそんな事は慣れっこであった。
「次の帝って誰が言ってるんだよお。俺が帝になっちゃったら、民は誰でもなれるもんだと思っちゃうだろう?そんな事、口にするもんじゃあないぞ!」
神谷は、尊治にウインクすると、さあ〜城へ連れてってくれと、前を向いて歩き出した。尊治は、神谷のウインクが大層気持ち悪かったのか、黙ってついて来た。
しばらく、日差しの中二人は黙って歩いた。神谷の額は汗だくで、猫背の背中は汗ビッショリだった。さっきまで吹いていた風は、一体どこに行ってしまったのだろう。
長い沈黙を破って、尊治がようやく口を開いた。
「……何が目的だ」
パカラパカラと、馬の足音だけが響き、空気は暑さで歪んでるように思えた。
「目的がなきゃあ、可愛い弟に会いに来たらダメってわけでもないだろう。久しぶりにこの辺も見たかったんだ。お前が、どういう所で暮らしてるのか知りたくてな」
パカラパカラ、足音だけが妙に大きく聞こえる。
「……要件を言え。俺がお前消す事など簡単だ。老いぼれに頼めば、お咎めもない」
歪んだ空気は、緊張感を持ち、馬の足音は遠くに聞こえるように神谷は感じた。
「そうだろうな。……父上も俺が死んでもさほど悲しまないだろう。お前と違って、父上の心の中に俺はいないのだから」
最後は少し神谷も反撃したが、尊治にとってはどうでもいいことだった。
「老いぼれの心のうちなどどうでもいい……お前が見た目通りの男ではないことは承知している。俺を試すような事を言うのは止めろ」
神谷は何食わぬ顔で試してなんかいないぞおと大袈裟に笑った。
「ところで、今日は七之助殿はどうした?お前が留守の時は、必ず七之助殿が応対してくれるんだが、今回は顔を見てなくてな」
尊治は片眉を上げ、少し黙った。風は一向に吹かない。
「あいつには暫く、休みを取らせている」
それ以上尊治は説明しなかった。神谷はそりゃあ俺も便乗したいなあとおどけたが脳裏には最悪な事態が浮かんでいた。
(まだ殺していない……謀叛者として処罰したなら、切腹させても咎められない。わざわざ俺に隠す理由があるとすれば、戦力の痛手を相手に知られたくないからだ。もしそうだとしたら、状況はかなり悪い)
尊治がいつ、宮中へ帝を殺しに来るか分からない。悠長にしている暇はない。
「尊治……俺たちは兄弟であったが、随分真逆の人生をおくってきた。お前の苦労など俺にわかる日が来るとは到底思えん。お前の孤独は、きっとはかりしれないもんなのだろう」
尊治は何も喋らなかった。美しい横顔からはなんの感情も読み取れず、暑さで遠くに見える白鷺城は蜃気楼で、まるで中に浮いてるように見えた。
「やっぱり、俺にはお前を救う手立ては見つけられない。ここに来るまで、お前を出し抜く方法を色々考えたが、優秀なお前を俺が上回ることなどできん。俺にできる事は、お前に対して誠実である事だけだ」
神谷は、自分が知っている尊治ではなく、息吹からみた尊治に賭けてみようと思った。普通の悩める青年として……。
「……お前に誠実になられても俺にはなんの得もない。要件が済んだなら早く立ち去れ」
尊治は、尊治の横を通り過ぎ、立ち去ろうとした。蝉の声が遠くで聞こえる。白鷺城はもうすぐ近くだ。
神谷は、尊治が側を通る習慣、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「……イブキ」




