愛
賑やかな酒の席で、七之助は父にまとわりついて話しを聞きたがった。息吹は自分にもお父さんがいたらこんな感じなのかなと寂しい気持ちになった。
ーー突然男達は話すのを止め、表情を硬くした。
他の者達も、異様な空気を察し喋るのを止めた。
森の奥から、ざっざっと不気味な足音が聞こえてくる。
七之助の鼓動が、息吹にも伝わり不安な気持ちが流れ込んでくる。
男達は、立ち上がり女達にひそひそと指示した。七之助の母親が駆け寄ってきて、谷の向こうの隠れ家へ逃げるよう指示した。女達は子供たちを抱え、急いで村からでていく支度を始めた。
「俺もここに残る」
七之助は頑として首を縦にふらなかったが、母親は決して譲らなかった。
「父上の事を本当に誇りに思うなら、生き延びる事こそ……本当の親孝行というものよ」
七之助は拳を強く握りしめ、それでも嫌だと抵抗した。母の顔を見る事はできず、今はただ、暗闇をにらみつける事しかできない。
「七之助」
父親は七之助をそっと抱き上げ、目を細めた。
「随分重くなったな……お前が産まれた時の事を今でも目を瞑れば思い出す」
七之助は堪えきれず目からぽとっと涙をこぼした。母親はそっと涙をぬぐうと、七之助の髪を優しく撫でた。
「……生きるとは辛く険しいものなのだ。だが……だからこそ命の尊さ喜びを、我々は知ることができる」
七之助は歯を食い縛り、泣かないよう我慢したが、涙は止まらなかった。
「母さんの事頼んだぞ」
七之助はようやく首を縦にふった。父親は七之助を下ろすと、母親を見つめ早く行けと静かに言った。
「どうか、ご無事で」
やはり母の顔を、七之助は見ることができなかった。母に促され、父に背を向けた。振り向かずとも、父がこちらを見ているのが分かる。
――振り返らず、今はただ生き延びなければならないのだ。
息吹は、両親の愛を知らずに育ったが、二人が深く七之助を愛してる事はわかった。流れ込んでくる七之助の悲しみが、息吹の胸をつまらせた。
暗闇の中人々は足を止めず、ひたすら隠れ家を目指した。崖の上まで上がると、谷の村がよく見えた。
――――青い炎が、転々と浮かび上がった。
皆息をこらし、村を見つめた。
青の炎はたちまち村を飲み込み、大きく燃え広がった。
一人一人と、すすり泣きが聞こえ、皆は村へ背を向けた。
息吹は遠のく意識の中で、七之助の声を聞いた。
絶対に忘れるものか




