ウラギリモノ
今日会うのはお前の母だよ。と神谷に伝えられ、息吹はゴトゴト揺れる荷馬車の端の方で膝立てて座り込んでいた。
(尊治様の所に連れて来られた時もこんな感じだったな……)
息吹は柱に頭をもたげてぼんやりと考えていた。格子状の光が顔の上でユラユラ揺れていたが、あまり煩わしくは感じなかった。
(あの人達に私が敵うはずない……)
息吹はぎゅっと拳を握りしめた。あの瀬尾という大男、明るい雰囲気で快活そうそうだったが、息吹はそんなものより血の匂いを感じていた。きっと何人も殺してるに違いないと息吹は思った。神谷から感じた事のない恐怖。どうやって神谷があのような男達をまとめられているのか不思議でしょうがなかった。
(戻れないって分かってる……でも……お兄さんに助けてもらったのに、私は又七之助さんにした事と同じ事をしようとしてる)
息吹は胸がぎゅっと苦しくなるのを感じながら、外を眺めた。雨上がりの空は、まだ少し黒い雲と湿気を残していたが、陽の光が少しずつ差し込んで雫達が木々をキラキラと光らしている。
(私はウラギリモノなんだ)
息吹は先生と離れてから、肉体的には強くなっていたものの、精神的には脆弱になってきてるのを感じていた。
(私はウラギリモノのカラスのこ)
息吹は自分自身が悪者であると思い込むように、心の中で唱え始めた。
(私はウラギリモノのカラスの子)
胸の苦しさは消えず、目の端がぼやけて涙が溢れそうになるのを感じた。
(私はウラギリモノのカラスの子)
涙を吹き飛ばそうとぎゅっと目を瞑って息吹はしまったと思った。
大好きな先生がこっちを優しく見つめている。
---------お前は自慢の弟子だ
息吹はぎゅっと縮こまり光から体を遠ざけた。
(……助けてよ、先生)
息吹の悲痛な心の声は届かず、荷馬車の音がガタゴトと虚しく鳴り響いているのであった。