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母
相良の古い城の中で、珍しく手入れされた部屋があった。相良はこの城以外にもいくつか管理している城があったため、古く汚いこの城に近づくことは滅多になかった。にもかかわらず、この部屋だけは、いつも掃除されていた。
襖の向こうから、筆を動かす音が聞こえる。部屋のなかで女が一心不乱に筆を動かしている。
「ここにあったはず……ここにたしかに」
女はブツブツ呟きながら、這うようにして描き続ける。
「そうだわ……ここにも」
描かれているのは、大きな船と岬の風景だ。
「違う……やっぱりこうじゃない」
女は急に筆をの動きを止めさらにブツブツ呟きだした。
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う」
狂ったように繰り返し問答したかと思うと、紙をビリビリ破り始め、怒り心頭で紙をふすまに投げつけた。鬼のような形相でウロウロし、またブツブツ呟く。
「大丈夫。大丈夫。……忘れてない。忘れてない。忘れてない」
また紙をどこからともなく取り出してきて女はまた筆を走らせ始めた。
「………すぐに会いに行くから……息吹」
聞こえる聞こえないかの声で女はまた一心不乱に描き続ける。
今彼女に、神谷一行は会いに行く。たった一人の娘、息吹を連れて。




