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-Yggdrasill gate-(ユグドラシル・ゲート)  作者: ると
竜と妖精の琥珀

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竜と妖精の琥珀・1

新章のプロローグです。

挿絵(By みてみん)


 〈扉〉の向こう側を見た者達がいる。

 世界樹が朽ちゆくこの世界では、並行世界同士が綻びから繋がってしまうことが稀にあった。〈扉〉と呼ばれるその綻びは、見たことのない景色を覗いた者へ与える。異なる文化水準に触れた彼らは時にその知識と技術を自分の世界に持ち帰り、独自に研究を続けることがあった。

 彼の者の名はクライヴ・レーヴェントン。後に狂科学者と呼ばれることとなる彼は〈扉〉の向こうを見た者の一人だった。〈扉〉の向こうの技術を己のものにすべく研究を続けるクライヴには、一人の息子がいた。その名はアンバー・レーヴェントン。アンバーもまた、優秀な研究者だった。

 クライヴの研究所は多くの優秀なヒトが集い、日夜研究が行われていた。ここでは主に生命科学──新しい生物の発生と発見にまつわる研究が行われていた。人為的に種を交配させ新しい生命を誕生させることが彼らの目的の一つだった。

「父上、被験体D6と被験体F31の交配ですが、やはり難しいようです。魔力を人工魔石で補ってみても途中で崩壊してしまう。他の生物と同じ手順では限界があるかと」

 アンバー・レーヴェントンは琥珀色の瞳に鳶色の髪を持つ十歳程度の少年だ。歳に似合わぬ落ち着いた声は彼の聡明さを感じさせた。

「ふむ。竜と妖精ではやはり無理か……」

 片眼鏡の男が掠れた声で言った。クライヴ・レーヴェントンは壮年の細身の男だ。猫背気味で、白髪混じりの鳶色の髪が少し老けた印象を周囲に与えている。

「引き続き模索していきますが、時間はかかります」

「よい。くれぐれも被験体を死なせぬ程度にな」

「はい、父上」

 アンバーは父親の背中を見送ると培養槽に浮かぶ被験体を眺めた。竜や妖精といった魔法生物は魔力を生命の源とする種族である。特殊な薬液に浸けられ微睡みの中にいるのは大型犬ほどの大きさの仔竜と小さな花の妖精だ。

「レックス、ピンキー……」

 その呟きは培養槽に向けられていた。被験体をわざわざ名前で呼ぶのは彼の悪い癖だった。アンバーは後ろを振り返ると、いくつもの培養槽が視界に入った。それら全てには目の前の仔竜や妖精同様、数々の被験体が入っている。竜や妖精のような魔法生物から兎や犬のような動物までその種類は様々だ。被験体から魔素を抽出して特殊な薬剤に浸した細胞に注入すると、細胞が変異を起こして被験体と同じ生物が誕生することがある。魔術と科学が融合した技術はこの研究所独自のものだった。

「混ざることのない魔素……互いに食い合うのか?」

 アンバーはいくつもの失敗を積み重ねながら、研究に没頭していった。


 ある日のことである。その研究所はクライヴの不在時に大規模な爆発を引き起こし、建物と人命双方に甚大な被害を与えた。建物は屋根が半分以上吹き飛び、室内は跡形もなかった。詳しい原因は不明だが、前日に火竜が運び込まれていたことが確認されている。爆発の規模から生存者は絶望的だったが、奇跡的に一人だけ生き残りがいた。アンバー・レーヴェントンである。

「……一体、何が……」

 彼はこの惨状の中において無傷であった。瓦礫に

埋もれている状態で発見されたアンバーは、一糸纏わぬ姿だった。

「アンバー、無事だったか⁈」

 クライヴは自分の白衣をアンバーにかけると、周囲の状況から何かを察する。クライヴは瓦礫を拾ってアンバーの腕に突き立てた。

「父上、何を……⁈」

 薄い皮膚が破けてじわりと血が滲むが、その傷口はみるみる塞がり血の痕だけを残して跡形もなく治っていった。

「見ろ、驚異的な再生能力だ。これは竜か? 妖精か? ……アンバー、よくやった。私が直々に調べてやる!」

 クライヴは己の息子が生きていたことよりも、その原因に価値を見出すような男だった。

 その日から、アンバーの人生は一変した。研究する側からされる側へ、クライヴは彼を息子としてではなく被験者として扱い始めたのだ。爆発から残っていた別棟の機材を用いて、魔素の抽出からあらゆる人体実験をアンバーに対して行っていった。

「アンバー喜べ、お前の中には竜と妖精が混ざっているのだ。実現不可能な禁忌の血、さしずめ〈トリニティ・ブラッド〉といったところか」

 クライヴは得られたデータを嬉々として眺めながら呟いた。ヒトの手でどれだけ足掻いても得られなかった成果物が目の前にある。

「その眼の能力もそのうち明らかにしてやろう」

 身体を切り刻まれてもたちまち治ってしまうが、痛みを感じない訳ではない。逃げ出すこともできず、鎖に繋がれて目隠しをされているアンバーには全てがどうでもよくなっていた。


 およそ三年にも及ぶ実父による非人道的な扱いにも慣れた頃、アンバーは何者かの声を聞いた。目隠しをされていても周囲の気配くらいは分かる。頭の中で聞こえた声は、実体を伴わない者から発せられていた。

(ニンゲン、ワレラノコエ、キコエルカ)

(……イマナラニゲラレル)

「……どうやって? お前達は誰だ?」

 アンバーは声の主に問いかけた。

(レックス)

(ピンキー)

 どこかで聞いた覚えのある名前に、アンバーは思考を巡らせた。それは、かつての被験体に付けていた名前だった。

(ピンキー、イチドダケナラ、バクハ、デキル)

(ワレラノチカラヲツカエ、ニンゲン)

 あの日の爆発で生き延びたのはアンバーだけではなかった。被験体の竜と妖精も、アンバーの中で生きていたのだ。

 内なる声を聞いたアンバーは、妖精の言う通りに能力を解放するとまずは竜の怪力で目隠しと鎖を引きちぎり、そして妖精の魔力によって小規模な爆発を起こした。それは研究所内の引火性の液体によって大きな爆発となり、アンバー達の逃亡を手助けすることとなった。

 爆発の混乱に乗じて、アンバーはひたすらに走った。最低限の水と食事しか与えられていなかったが、走れる限界まで彼は走り続けた。やがて研究所から遥か遠く離れた場所までくると、アンバーは草原に仰向けに横たわる。

(ワレラハネムル)

(イキロ、ニンゲン)

 内なる声が聞こえなくなり、アンバーはただ青空を眺めていた。ずっと地下室に目隠しをされて閉じ込められていたので、青空を見たのは実に数年ぶりだったのだ。

「青空……」

 アンバーがこれまでの名前を捨てて『青空』を意味する名前を名乗るようになるのは、この日からだった。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)



   * * *



 港に近いその村は、小さな村だった。漁に出て獲れた魚は傷まぬよう魔道具で冷やして大きな街まで売りに行くため、暮らしはそれなりに豊かだった。道をゆけば海産物を天日干しにして干物を作っている様子が数多く見られた。昼時を少し過ぎてからこの村に到着したノエルとエルトは、日用品の買い出しをしていた。

「痛み止めと包帯、携帯食料に茶葉、……大体こんなものだろう」

「なあなあ、あっちの魚の干物も買っていい? 美味そう」

「そうだな、日持ちしそうなやつを選んでいくつか買おう」

 エルトは支払いを済ませて荷物袋にしまうと、ノエルが指差していた干物を見に行く。

「お兄さんたち、冒険者かい?」

 干物屋の店主に声をかけられてノエルは首を振った。

「いや、おれ達はただの旅人。でも、日雇いの仕事あるなら何か紹介してよ」

「旅人さんなら荒事は無理だな。最近野盗が悪さをするんでとっちめて貰いたかったんだがなあ……日雇いの仕事なら村長さんを訪ねるといい」

 店主は顎髭を撫でながら朗らかな声で言った。

「村長さんだな、わかった。日持ちする干物でオススメある?」

「旅人さんなら、こっちの小魚の詰め合わせとかお薦めだな。腹が減ったときそのまま囓れる。イカの干物もいいぞ」

「じゃあ小魚とイカで。いいよな? エルト」

「ああ」

「毎度あり。村長さんの家はこの道をまっすぐ行って突き当たりを左だ。大きい建物だからすぐ分かるよ」

「突き当たりを左だな、ありがとうおっちゃん」

 支払いを済ませて干物を受け取ると、ノエルは満面の笑みを浮かべた。旅の途中で精霊の力を借りて干物もどきを何度か作ったことはあるが、やっぱり店で買ったものの方が何倍も美味しいのだ。

「大事に食べるよ」

「良い旅を」

 店主に手を振って店を出ると、潮風が二人の頬を撫でた。ノエルは干物の包みを荷物袋にしまうと、精霊達が騒がしいことに気が付いた。

「ノエル、向こうに黒煙が」

 エルトの示した方向を見ると、黒い煙が立ち昇っていた。青空を黒く染めるその煙は瞬く間にその勢いを増していく。

「火事か!」

「行こう、ノエル!」

 二人は煙の昇っている場所へと走り出した。


 道なりに進んで左へ曲がると、大きな屋敷が燃え盛る炎に包まれていた。火を消そうと集まった者達が水をかけているが、炎の勢いは増すばかりだ。

「旅の魔術師だ! おれ達が火を消すから下がって!」

 ノエルは勢いよく飛び出すと、魔術師と名乗りをあげた。

「旅の方! まだ中に子どもが……」

 中年の女性がノエルに縋り付くように声をかけた。

「ノエル、ここまで大きな火を消すには空気を奪う必要がある。先に子どもを助けよう」

「わかった。おれ達に任せて、お姉さん」

 ノエルは安心させるようにウインクをすると、エルトと共に燃え盛る屋敷の中へと飛び込んだ。

 精霊の加護を持つ二人にとって、炎は脅威ではなかった。

「お前達、少しはおとなしくしろ」

「アクア、力を貸してくれ」

 ノエルは火の精霊を鎮めながら、エルトは水の契約精霊の力で炎を消しながら子どもを探して進んでゆく。

「こっちだ」

 階段を登り、気配を感じたノエルが進んだ先には一人の子どもがうずくまっていた。

「助けに来たぞ! もう大丈夫だ!」

 ノエルの言葉にうずくまっていた子どもが顔を上げる。十歳程度の少年だ。

「お兄ちゃんたち、助けに来てくれたの……? ぼく、もうダメかと……ぐすっ」

「おれ達がついてるから大丈夫だ。……これを着て」

 ノエルは自分のローブを脱ぐと少年に被せた。戸惑う様子の彼にノエルはウインクをして明るく言った。

「火龍草で染めた特別製だ。火に強いから燃えないんだぜ! さあ脱出するぞ」

「建物が崩れないうちに、早く!」

「うん!」

 二人の言葉に少年は頷き、立ち上がった。

 

 三人は出口を目指して足早に進んだ。炎は勢いを増して踊り狂っており、ノエルでも目の前の火の精霊にしか命令を下せない。階段を降り、あと少しで出口というところでそれは起こった。焼けた梁が崩れ落ちてきたのだ。

「危ない!」

 エルトは二人を突き飛ばすと、焼けた梁の下敷きになった。

「ぐっ……」

「エルト!」

 駆け寄ろうとするノエルを、エルトは制した。

「先に少年を外へ! 早く!」

「……わかった!」

 ノエルは全力で火の精霊に鎮まるよう命令を下すと、少年の手を引いて出口まで走った。短いはずの廊下がやけに長く感じる。ノエルは外にいた村人に少年を託すと、もう一度燃え盛る屋敷へと飛び込んだ。精霊の加護がある限り、炎は脅威ではない。しかし、崩れ落ちてくる瓦礫までは無力化しきれない。

「エルト……!」

 ノエルは叫ぶが、返事はなかった。瓦礫の下敷きになっているエルトは意識を失っていたのだ。水の精霊アクアティートが懸命にエルトの身を炎から護っている。ノエルはエルトの元に駆け寄ると、その呼吸を確かめた。

(大丈夫、ちゃんと生きてる)

 息をしていることに安心する暇もなく、ノエルはバンダナを首元に下ろして全力で集中した。

「……ノエラルド・ユラシルが風の精霊に命ず、炎の周りから全ての空気を奪え!」

 ノエルは全ての精霊を従える精霊使いだ。しかし、その力は万能とは言い難い。両手の届く範囲ならともかく、屋敷を包むほどの広範囲に影響を及ぼす為には相応の集中力を要するのだ。

「火……消えた……」

 火の精霊の気配が変わり、無事に消火できたことを確認したのも束の間、次はノエルの上に瓦礫が落ちてきた。

「やべっ」

 炎を消すのに既にフラフラだったノエルは、精霊に命じる間もなく瓦礫の下敷きになった。


〈つづく〉

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