竜と妖精の琥珀・4(完結)
その日、ノエルはカイトと共に森に来ていた。まだ熱の下がらないエルトをプロトに任せて、薬草の採取に来ていたのだ。
「薬の原料って、もっと専門的な所から仕入れてると思ってたぜ」
「そういう奴もいるけど、オレは自給自足がメインなのよ。仕入れてるものもあるけどな、高くてさあ」
「だからって、こんな森の奥……」
村からそこそこ離れた森の奥は草木が鬱蒼と茂っていた。陽射しは木々に遮られ、昼間だというのに薄暗い。
「無理して来なくていいって言ったろ? ノエル君が暇だから手伝うって言ったんだから、頑張って歩けー?」
「はいはい……」
ノエルは背負い籠を背負い直すと先を進むカイトの後を追った。しばらく歩くと、陽当たりの良い広場に到着した。
「ほい、着いたぞ。ここら一帯が薬に使う植物が色々生えてる。いくつか種類があるから、オレが教えたものだけ集めてちょーだい。忙しくなるぞー」
「わかった」
ノエルはカイトに植物の種類を教わりながら丁寧に葉や根を採っていった。新芽の方が良いもの、樹皮を使うものなど部位も様々で、ノエルは植物達にお礼を言いながら分けてもらった。
「カイトってすごいんだなあ……」
「まあそれほどでもー? オレって勉強家だから」
カイトはへらへらと笑いながら言った。
「でもなー、毎回ここまで採りに来るの大変なんだよなあ。家で栽培できたら楽なんだけどな……」
「確かに。無理なのか?」
「何度か試してみたけど、全部失敗だったんだよなあ……。種はまだあるけどね。この場所みたいにもさもさ生えてくれたら助かるんだけど上手くいかないのよ」
カイトのぼやきを聞いたノエルは少し考えてから、バンダナを首元までずらした。
「じゃあ、直接聴いてみるよ」
ノエルは手袋を外して近くの樹に触れると、目を閉じて意識を集中した。額で幹に触れると樹と意識が混ざり合う。
「……」
十呼吸程度の間を置いて、ノエルは目をうっすらと開いた。
「……ありがとう」
ノエルは樹にお礼を述べると、手袋とバンダナを元の位置に戻してカイトの方を見た。
「土が悪いってさ」
「へ……? 土?」
「カイトの家の土が合わないんだって。貝殻を砕いて土に混ぜたら、きっと芽吹いたあともちゃんと育つよ」
ノエルは樹を背にしてもたれかかるように座り込んだ。カイトの驚くような顔を見るのはなんだか気味が良かった。
「エルトを助けてもらった借りはこれでチャラだな!」
ノエルは悪戯っぽく笑って言った。
「どうして、オレの家の土が悪いって判ったんだ? ここから結構離れてるぞ?」
「草木は意識が繋がってるんだ」
カイトの言葉に、ノエルは精霊使いの顔で呟いた。
採った植物は麻の小袋に種類ごとに入れて、大きな籠山盛りの量になっていた。二人はカイトの家に戻ると、早速仕分けをして加工を始めた。
よく洗って乾燥させるもの、生の葉を使うもの、薬品に漬け込むものなどその加工方法は多岐に渡る。ノエルはカイトに教わりながら作業を手伝っていた。
「こんなに沢山の種類、よく覚えてるよな」
「そりゃまあ飯の種だからな。薬師には負けるがよくある怪我や病気ならオレ程度でも充分よー」
カイトはへらりと笑いながら葉を丁寧に一枚ずつ並べる。
「道具屋でも買える葉っぱあるでしょ、痛み止めのやつ。あれ、シロガネヤナギって名前の」
カイトの言葉にノエルは頷いた。
「知ってる。おれ達も常備してるよ」
「あれさあ、手軽に手に入るし便利なんだけどー、副作用もあんのね。だからさあ、あまり使うなよ?」
カイトは眼鏡の奥の瞳を光らせて静かに言った。
「大量に長期利用すると内臓がやられる。エルト君無茶するタイプっぽいし、まあ一応、な」
「伝えとくよ」
ノエルは曖昧に笑って誤魔化した。カイトの言う通り、エルトはあの痛み止めにはよくお世話になっているのだ。
「オレたちは痛み止めのお世話になることほとんどないからな。だからこそ副作用には気を付けておかないといけないのよ。お前の隣に立つ以上、エルト君は無茶し続けるぞ」
「……うん」
「痛み止めに使える植物のこと詳しく教えてあげるからさあ、覚えておきなよ」
「そうだな……よろしく頼むよ」
ノエルはカイトの申し出に素直に頭を下げた。
夕方近くになって、ようやくエルトの熱が下がった。
「エルトさんのお熱が下がってよかったのです」
「ありがとう。プロト達のおかげだよ。もう大丈夫だ」
エルトはそう言って起きあがろうとしたが、鋭い痛みにそれは叶わなかった。
「無理しちゃダメなのです」
「うぅ……」
「全然大丈夫じゃねーなエルト」
痛みにうずくまるエルトに、ノエルは軽く声をかけた。
「ヒビとはいえ骨が折れてんだ。最初にも言ったが20日くらいは痛み続くぞー。まあ、ちょっとずつ慣れていくことだな。熱も下がってるし、風呂入るならノエル君かプロトに手伝ってもらうといい」
「……後で、ノエルに手伝ってもらいます」
「任せとけ!」
エルトは痛む胸部に気を配りながらベッドサイドへと腰掛けた。痛みは相変わらずあるが、熱が下がっただけ随分とマシに動ける。
「手土産じゃないけど、痛み止めの煎じ薬の素を山ほど持たせてやるから心配すんな。あー、眠くならない方のやつね。ノエル君には煎じ方を教えてあるし、旅に戻ってもしばらくは大丈夫でしょ」
「わざわざありがとうございます。どうして、こんなに良くしてくれるんですか?」
「だから言ったでしょ? 治療費たんまり貰ってんのよ。村長慌てて桁ひとつ間違えたかな? ってくらいねー。だから、これはサービス」
カイトはニコニコしながらエルトに告げた。
「熱は下がったばかりだし、今日はもう夕方だ。とりあえずもう一泊くらいしてってちょうだいよー。風呂入ったら薬と包帯取り替えるから」
「はい」
「じゃ、オレは煙草でも吸ってくるから後は適当にやってて」
カイトはそう言って退室すると、プロトも続いて退室していった。
「……おれさあ、さっきカイトに薬草のこと色々教えてもらったんだ」
ノエルはぽつりと呟いた。
「ああ」
「いつも買ってる痛み止めの葉っぱ、あまり使うなって言われた」
「あー……それは、一応、心掛けておく」
エルトは目を伏せて歯切れ悪く返答した。
夕食後、エルトが椅子に座って湯を浴びているとき、ノエルは彼の頭を洗うのを手伝っていた。絹糸のような銀髪は手触りが良く、洗っているだけでなんだか楽しい。
「そろそろ流すぜ」
「ああ、頼む」
ノエルはシャワーのノズルをエルトの頭の上に持っていくと、泡を湯で流していく。
「……痛くないか?」
「まあ、耐えるさ」
エルトの体は擦り傷と痣が多く、特に胸元の痣は見ていて痛々しかった。左腕には縫われた傷もある。
「腕、大丈夫か?」
「問題ない」
そう告げるエルトの声は少し震えていて、痛みを我慢しているのは一目瞭然だった。ノエルは濯ぎ終わった髪を軽くまとめると、次は手拭いに石鹸を付けてエルトの背中を軽くこすった。
「ありがとうノエル、後は自分でやるよ」
ノエルから手拭いを受け取ったエルトは、腕を洗おうとしてそのまま固まった。
「……っ、ぐ……」
「……やっぱおれが洗うわ。無理すんなよ」
「頼む……」
ノエルはエルトから手拭いを回収すると、傷口に響かないようにできるだけ優しく洗っていった。幼い頃から何かとエルトに世話を焼かれていたので、こうしてエルトに何かをしてやれるのはノエルにとって貴重で楽しいものだった。湯をかけて泡を完全に流してしまえば、あとは大きなタオルで拭くだけだった。
「自分で拭く」
「無理だろ」
ノエルは断言した。
「自分の体のことだ、自分が一番解っている。自分で拭く」
「そう言って固まるのがオチだろ。潔くおれに拭かれろ」
ノエルのもっともな言い分に渋々従うことにしたエルトは、覚悟を決めて左腕を差し出した。
「……優しく頼む」
「任せろ、お兄ちゃん」
ノエルは心底嬉しそうに笑うと、エルトの体をふんわりと拭き上げて服を着るのを手伝ってやった。
「……不甲斐ない」
浴室から出てベッドサイドに腰掛けていたエルトは、己の不甲斐なさに落ち込んでいた。結局あの後、包帯を巻く時は悲鳴が出てしまったし、借りた部屋着は袖を通すのも一苦労で何もかもが上手くいかない。
「アクア」
エルトは水の契約精霊・アクアティートを喚ぶと、濡れた髪の水分を適度に奪ってもらった。瞬時に乾いた銀髪がはらりとほどけてエルトの肩に落ちる。
「ありがとう。……最近笛が吹けてなくてすまない」
アクアティートは首を横に振ると、水の球をいくつも浮かべて淡く光らせた。エルトを励まそうとしているのだ。
「そういえば火事の時のお礼がまだだったね。炎から護ってくれてありがとう。おかげで一人の命を救えたよ」
エルトは穏やかな瞳でアクアティートを見詰めた。翠玉色の瞳はこの水の精霊にとって好きなものの一つだ。アクアティートは満足そうに微笑むと、泡をいくつも浮かべてパチンと弾く。嬉しいのだろう。やがてアクアティートはエルトの銀の髪に触れると頬擦りをしてから還っていった。
(炎に包まれた屋敷の中の景色……どこかで見覚えがある気がする)
遠い記憶の中に、似た景色があった気がした。遠い記憶の欠片が泡のように浮かんではすぐに消えていく。
「はあ……」
エルトはベッドに横たわると、窓の外の月を見た。細い月が笑うように、夜空に昇っていた。
* * *
その悲鳴が聞こえたのはまだ陽が昇る前の出来事だった。夜明け前、皆が寝静まる時刻、プロトは盗みに入った野盗の集団に捕まっていた。
「このガキ、騒ぎやがった」
「離すのです! お前らは一体何者ですか!」
物音と気配に目を覚ましたプロトは、カイトの家に盗みに入った野盗の集団と運悪く鉢合わせしてしまったのだった。
「死にたくなけりゃ黙りな小僧」
野盗の一人がプロトを後ろ手に拘束し、首元にナイフを当てた。カンテラの光を受けて鈍く光る刃物の冷たい感触が、プロトの首筋を撫でる。プロトが恐怖で息を飲んだとき、部屋の空気が動いた。
「プロトどうした⁈」
「お前達何者だ!」
『枝』を手にしたノエルと白衣姿のまま寝落ちしていたカイトが部屋に入ってきたのはほぼ同時だった。薄暗い室内に照明が灯されて位置関係が明確になる。野盗の数は五人。そのうちの一人がノエルに斬りかかると、ノエルはナイフを『枝』で受けて軌道を逸らし風の刃を叩き込んだ。
「何事だ⁈」
少し遅れて部屋に入ってきたエルトは、状況を理解して水の精霊を喚ぶと瞬時に水の矢を野盗達に放つ。
「何だ魔術師かあ? お前ら人質がいるの目に入ってねえのか」
プロトを拘束している野盗がこれ見よがしにナイフをプロトの首元に突き立てた。
「これ以上抵抗するならこのガキから殺す。武器を捨てな」
「武器を捨てたらダメです!」
「……」
プロトの制止を無視してノエルは『枝』を床に投げ、エルトは水の精霊を還した。カイトは両手をあげながら野盗達に交渉する。
「こっちは武器捨てたんだからさあ、返してよ人質。もうそっちの勝ちでしょ」
「ふん……」
野盗はプロトを解放すると、カイトに向かって蹴り飛ばした。
「ノエル君たちさあ、ちょっとの間耳塞いでてよ。プロトもな」
カイトは息を大きく吸うと、珍しく大声を出して叫んだ。
「ハチ! お尻ちょい見せでいけッ!」
そう言ってカイトは両耳を塞ぐと、すぐにヒトならぬ者の悲鳴が部屋の中に大きく響き渡った。
『キャーーーーーーーーーーーーッ!!!!』
つんざくような悲鳴が静まり返るのと同時に、野盗は全員気を失っていた。
マンドラゴラを抜く時の悲鳴は聞いた者を絶命させるという。鉢植えのマンドラゴラは、自分で悲鳴の量の調節ができるのであった。
「ってな訳でー、鉢植えマンドラゴラも役に立つってこと。我が家の警備システムなのよこいつ。意外でしょ?」
カイトはノエル達に手を振りながら説明をした。目の前で起こったことがまだ信じられないでいる様子の二人に、カイトは悪戯っぽく笑う。
「ナイショにしといてねえ。バレると効果ないからさー」
カイトは口元に人差し指を立てると、ウインクをした。
「さて、プロト。大丈夫だったか?」
「はいなのです……」
腰が抜けて立てないプロトに、カイトは手を貸して立たせてやった。
──その時。
「……‼︎」
カイトの背中にナイフが突き立てられ、彼の胸を貫いた。刃先が胸まで貫通し、鮮血が噴き出す。
「やったぞ、心の臓を一突き! 妙なことするからだ!」
意識を取り戻していた一人の野盗がカイトを背後から刺したのだった。野盗はナイフに力を込めて引き抜くと、プロトを再び人質にしようとその腕を伸ばした。しかし、それは叶わなかった。
「……何してんだてめえ」
刺した筈の男に、野盗は首を掴まれていた。
「なんで生きている⁈」
「……この程度の痛みでオレが怯むとでも思ったか?」
カイトは空いている方の手で眼鏡を外すと、野盗の目を正面から睨んだ。最高出力の〈邪眼〉で意識ごと奪われた野盗を床に転がすと、奥の部屋から持ってきたロープで野盗達を片っ端から縛り上げていった。
「命までは取らないんだな」
ノエルの呟きに、カイトは飄々とした態度で返事をした。
「そりゃあそーよ。だって、殺しちゃったら後片付けめんどいもん。村の自警団に突き出した方が余罪も追及できるし謝礼金とか貰えちゃったりするし、お得でしょ」
「その……傷は大丈夫なのか?」
エルトの問いにカイトは明るく答えた。
「あー、全然平気。それよかさあ、この血とか酷くない? この白衣気に入ってたんだけど……」
「……プロトがお洗濯をするのです!」
「穴も空いちゃってるしさあ……」
「プロトが繕ってあげるのです」
「部屋の中血だらけだしさあ……」
「プロトが、ピカピカにお掃除するのです!」
「プロト……好き!」
「プロトもカイトのこと大好きなのです!」
ひし、と抱きしめ合っている二人をノエルとエルトは生暖かく見守っていた。カイトの傷口はもう跡形もなく完治していた。
自警団を呼び野盗達を引き渡した頃には、既に夜は明けていた。片付けで忙しいプロトの代わりにノエルが朝食のスープを作ったまでは良かったのだが、実食の段階になって問題が発生していた。
誰が最初に食べるかである。
「だいぶ個性的なスープだな。干した魚が丸ごとに、こりゃまた丸ごと煮込んだ野菜か。皮付きのニンジンはともかくタマネギの根っこごとっていうのは新鮮だな」
カイトが冷静に分析する。この家の大きな鍋があってこそ可能な調理法であった。
「スプーンで崩せば食えるだろ?」
「ノエルは……刃物が使えないから……ははっ、痛ッ」
エルトなど笑いを堪えすぎて自滅している。
「着眼点は悪くないな。少なくともオレより家事センスはマシだ。ノエル君には伸び代があるぞ」
散々言われ放題なのに腹を立てたノエルは、各々の椀にスープを取り分けた。
「見た目より味だぜ!」
素材を丸ごと活かしたスープが配られてエルトとカイトとプロトは目を見合わせた。
「さあ食べようぜ!」
食前のお祈りがなぜかいつもよりとても丁寧に行われて、ノエルは暇を持て余していた。
「わかったよ、おれが最初に食うから……」
ノエルはスプーンを左手に持つとタマネギの根の部分を取り分けて捨て、全体的に崩してから口へと運んだ。魚の出汁と野菜の甘みが調和しており味はそこまで悪くない。
「……美味い」
とろけるようなタマネギはよく煮込まれていて甘く、優しい味がした。
「見た目は悪いけどさ、美味いと思うよ、これ」
ノエルの言葉を聞いて三人は頷くと、それぞれスープに手をつけ始めた。
「これは……」
「意外と……」
「おいしいのです!」
食べられない部分を取り除く手間さえ目を瞑れば、悪くない味だった。丸ごと煮込まれた魚の干物もスープを吸って柔らかくなっていた。
「悪くねえな、これ。いやあ、食べてみるまでわからんものってあるのね。エルト君さあ、こういう小魚みたいな骨ごと食べられる魚は怪我を早く治すから覚えておくといいぞー」
「そういうものですか?」
「そういうもの。骨の怪我には骨食って治すっつー言い伝えがあってな。まあ、いろいろ食ってりゃそのうち治るんだけど。旅してると栄養偏るから、意識して魚とか肉食えよ」
「気を付けておきます」
カイトはニンジンを崩しながらにんまりと微笑んだ。
「そんで、今日はどうするんだ? 熱は下がったし、ウチにいる理由もそろそろないだろ?」
「あてのない旅に戻ります」
エルトはきっぱりと言った。
「それでいいよな? ノエル」
「エルトがいいなら、いいよ」
ノエルはニンジンを口に運びながら言った。
「じゃあ決まりだな。食ったら旅立ちの支度ってことで。オレも渡すもんあるし、ちょっと薬とか準備してくるわ」
カイトはそう言って席を立つと、空の食器を持ってキッチンの方へと消えていった。
ノエルとエルトはいつもの服に着替えると、出発の準備をしていた。
「この小袋が痛み止めの煎じ薬ねー。水と一緒にカップに入れて、沸騰させといて水の量が半分になるくらいで飲むのがいいぞ。あと、こっちの容器が貼り薬の素で、ガーゼと一緒に使うやつね。包帯は洗い替えしか入ってないけど、どーせノエル君は洗濯物一瞬で乾かせるからいいっしょ?」
カイトは説明をしながら医薬品のセットを作っていった。一つの包みにまとめてからノエルに手渡す。
「包帯の巻き方は緩すぎずきつすぎずってかんじで。ある程度しっかり巻いた方が痛みは少ないと思いまーす。まあ、頑張れよノエル君」
カイトはノエルの背中を軽く叩くと、エルトに向かって穏やかな顔で言った。
「分かってると思うけど、痛み止めは適量使うこと。勝手に量を増やさないし、他の痛み止めと併用はしない。特にシロガネヤナギはさあ、手軽なんだけど副作用があるから、オレ特製の痛み止めがある間は絶対に使うなよ?」
「わかりました」
エルトのまっすぐな瞳にカイトは満足そうに頷くと、ノエルの方を見て声をかけた。
「ノエル。クライヴ・レーヴェントンという男に気を付けろ」
いつになく真剣な様子のカイトに、ノエルは息を飲んだ。
「生きたまま切り刻まれたり、内臓を引き摺り出されたくなければ、クライヴ・レーヴェントンという男には近付くな。これは警告だ」
「クライヴ……レーヴェントン」
「その名前を忘れるな。お前の体質が知られたら厄介なことになる」
「ありがとう、覚えておくよ」
ノエルはカイトの瞳をまっすぐに見詰め返すと右手を差し出した。
「次に会うことがあったら、そのときは血液分けてねえ、ノエル君」
カイトはノエルと握手をすると、へらりと笑って言った。
「次があったらな。考えておくよ」
「オレの勘だとねえ、割と遠くない未来にまた会うよ。エルト君は、それまで無茶しないでねー」
「気を付けます」
エルトはカイトと握手をすると、プロトの方に向き直った。
「プロトも色々とありがとう」
エルトは膝をついてプロトと目線を合わせると、右手を差し出して握手を求めた。プロトはエルトの右手を両手で包むと、にっこりと微笑んだ。
「エルトさん、あまり無茶はしたらダメなのです。またお会いできる日を楽しみにしているのです……!」
ノエルはプロトの頭をぽんぽんと撫でる。
「プロト、またな!」
「はいなのです!」
カイトはポケットから煙草を取り出すと一本咥えてマッチを手に取った。少し考えてからマッチを擦ると、煙草に火をつける。
「まあ、この数日間は騒がしくて良かったよ。ノエル君もエルト君も、良い旅にしてね。またねー」
カイトは小さく手を振ると、ノエルとエルトも手を振り返した。そうしてカイトの家を後にした二人は、緩やかな坂道を下っていった。
「さあ、旅の続きだ。エルト、大丈夫か?」
「ゆっくり歩けばなんとか……」
歩くたびに痛みが走る胸元をさすりながらエルトは呟いた。
「エルトが治るまで荷物袋はおれが持つから、ゆっくり行こうぜ」
「そうだな、ゆっくり行こう」
エルトはなるべく深い呼吸になるように意識しながら、慎重に歩いた。
「……大きな街に行けば治癒師も見つかるかも」
「それはいいよ、ノエル。治癒師はお金かかるし。のんびり行こう」
ノエルの提案に、エルトは小さく笑って呟いた。久々の外は風が心地良かった。大地を踏み締めるたびに走る痛みも、生きているという実感さえあった。
「やっぱり、外はいいな」
陽の光は眩しく、風はどこまでも自由に吹き抜けてゆく。
「寝込んでいた数日のおかげで、大切なことに気が付けた気がする」
エルトは隣を歩くノエルの頭をくしゃくしゃと撫でると、兄の顔で呟いた。
「ノエル、あまり気にするなよ」
「別に、気にしてねえし!」
エルトは目を細めて微笑むと、ノエルの肩をぽんと叩いた。今回の怪我はノエルの責任ではない。自分で決めた結果のものだ。たとえそう伝えたとしてと、ノエルは納得をしないだろう。
「……父さんだったら、あの火事をもっと上手く解決してたと思う」
「えー? 親父でも無理じゃね?」
「だから未熟な俺たちは、修行あるのみ、だ」
「それはそう……かもしれない」
ノエルはエルトの言葉に同意した。
「強くなろう、一緒に。とりあえずは後悔をしないくらいに」
「そうだな……!」
ノエルとエルトは拳を合わせると、目を見合わせて笑った。今は両手の届く範囲でしか使えない力でも、いつかはもっと届くようになるのだ。二人はいつでも、前向きに進んでいく。
青空に笑い声を響かせて、二人の旅路はどこまでも続く。その行く道を樹々は静かに見守っていた。
【火事の現場で人助けをしたらエルトが大怪我をした。カイトは変な奴だけど信頼はできると思う。プロトもハチも面白い奴だった。エルトが無事で良かったけど、おれは、もっと強くならないとダメだなって思った。──ノエルの日記より抜粋】
〈了〉




