第9話
第一演習ダンジョンの封鎖から、三日が過ぎた。
第三区画では今も調査が続いている。
生徒に知らされたのは、それだけだった。
探索実習は中止されたまま、午後の予定は機巧獣を用いた救護訓練へ変更されていた。
授業が行われるのは、学院東棟にある第二訓練区画。
石造りの広間には、腰ほどの高さを持つ四足型の機巧獣が六体並んでいた。灰色の装甲に覆われた胴体と、石床をつかむ金属製の爪。頭部には青い光を放つ単眼が埋め込まれている。
訓練場の端には、担架と治療具が用意されていた。
「今日の課題は討伐ではない」
城戸先生が生徒たちを見渡す。
「機巧獣の妨害を避けながら、訓練用の負傷者を救出する。救出対象は区画内に置かれた人形三体だ」
ガイが腕を組んだ。
「邪魔するなら、壊しても同じだろ」
「救助の妨げになる機体は止めていい。ただし、救出対象や周囲の生徒を巻き込むな」
城戸先生はガイを見た。
「機体だけを見て破城を振り回せば減点だ」
ガイが小さく舌打ちする。
「お前、こないだ岩壁まで吹き飛ばしたしな」
ツムグが横から笑う。
「破城の間合いに置く方が悪い」
「今日は人形が置かれとるんやで。人形に文句言うつもりか?」
「うるせぇ」
二人のやり取りを聞きながら、セラは訓練場の配置を確かめていた。
右奥には崩れた壁を模した瓦礫。
中央には倒れた柱。
左手には木箱を積み上げた狭い通路がある。
三体の救出人形は、そのどこかに隠されているらしい。
「御門」
城戸先生に呼ばれ、カナメは視線を戻した。
「今回は考え込む前に動け。負傷者が待っている状況を想定しろ」
「はい」
「返事だけで終わるなよ」
「分かっています」
近くにいたセラが、わずかに笑った。
「本当に?」
「たぶん」
「そこは言い切りなさいよ」
訓練場の扉が開いた。
二人の整備士が、大型の機巧獣を押して入ってくる。
生徒の間から声が上がった。
先に並んでいる六体より、二回りは大きい。頭部から背中へ厚い装甲が続き、前脚には盾のような装甲板が取りつけられている。伏せた状態でも、背はカナメの胸元まであった。
後ろから機体を押しているのは、まだ若い男だった。
明るい茶髪を短く切り、焦げ茶色の作業着を着ている。年齢は二十歳を少し過ぎたくらいだろう。作業着の胸には、整備区画の徽章が縫いつけられていた。
「最後の一体、調整が終わりました」
若い整備士が城戸先生へ声をかける。
「遅かったな」
「停止系統の反応が少し鈍かったので、念のため見直していました」
若い整備士は額の汗を拭い、生徒たちへ向き直った。
「お待たせしました。整備区画のエミル・ハウゼンです。今日使う機巧獣の点検を担当しました」
柔らかな口調だった。
「見た目は怖いですけど、訓練用なので心配しないでください。攻撃が防護術式の上限を超える前に、自動で威力が落ちます」
エミルは大型機巧獣の首元へ手を伸ばした。
装甲板の隙間から、小さな銀色の輪を引き出す。
「ここが制御核の確認灯です。青なら正常、黄色なら警戒、赤くなった場合は異常停止の対象になります」
「止め方は?」
一人の生徒が尋ねる。
「教員用の管理盤と、整備士が持つ停止札の二つがあります。実際にやってみますね」
エミルは腰の袋から、白い金属板を取り出した。表面に青い術式が刻まれている。
大型機巧獣の背を軽く叩く。
「起動」
機体の単眼に青い光が灯った。
金属製の前脚が石床を踏む。重い音を立て、巨体が立ち上がった。
「前進」
機巧獣が歩き始める。
エミルが停止札を掲げた。
「停止」
機巧獣の足が止まる。
動きに遅れはなかった。
「停止札は、ほかの命令より優先されます。管理盤からも同じように止められます」
続いて、城戸先生が訓練場脇の管理盤へ手を置いた。
青い印を押す。
機巧獣の確認灯が白く点滅し、その場で膝を折った。
「完全停止です」
エミルが機体の首を軽く叩く。
「訓練中に何かおかしいと思ったら、無理に戦わず教員へ知らせてください。機巧獣は停止命令へ逆らえません」
カナメは大型機巧獣を見上げた。
起動から停止まで、動きの流れは分かりやすかった。
命令が制御核へ届き、核から四肢へ力が流れていく。
脚を動かす前。
首を向ける前。
身体の各所に、小さな黒い点が浮かんでいた。
魔物よりも見やすい。
すべての動作が、決められた命令から始まっているからだ。
「カナメ?」
セラに呼ばれ、カナメは機体から目を離した。
「何か見えたの?」
「動く起点。機巧獣は分かりやすい」
「それなら、救助にも使えそうね」
「ああ。どこへ動くか、少し早く読めると思う」
エミルがこちらを見た。
目が合う。
彼は人当たりのよい笑みを浮かべた。
「機巧獣の仕組みに興味がありますか?」
「少しだけ」
「訓練が終わったら、制御核も見せられますよ。教員の許可があればですけど」
「ありがとうございます」
エミルは一度頷き、機体の反対側へ回った。
そこへ年配の整備士が近づく。
「エミル、その機体の停止試験は終わったのか」
「はい。先ほど確認しました」
「儂が立ち会っていないが」
「予定が押していたので、先に済ませました。反応に問題はありません」
年配の整備士は機体と停止札を見比べた。
先ほど、実際に停止したところは全員が見ている。
「記録は後で出します」
「忘れるなよ」
「分かっています」
エミルは笑って答えた。
城戸先生が訓練場へ向き直る。
「班ごとに開始する。救出までの制限時間は十五分。機巧獣は一定の範囲を巡回し、生徒を見つけると妨害へ移る」
「勝利条件は人形三体の搬出やな」
ツムグが指を三本立てる。
「倒した数は関係ない」
カナメが続ける。
ガイが眉を寄せた。
「全部止めれば運びやすいだろ」
「必要なら止める。でも、追わなくていい機体まで相手にする必要はない」
セラが三人を見回した。
「始まる前に揉めないで。役割を決めましょう」
カナメは訓練場へ目を向けた。
「セラとスピカは人形を探して。ツムグは見つけた人形の状態確認と搬送。ガイは接近してくる機巧獣を止める」
「お前は?」
「全体を見て、必要なところへ入る」
「また後ろかよ」
「今日はそれでいい。でも、必要なら前へ出る」
ガイは鼻を鳴らした。
「遅れるなよ」
城戸先生が管理盤へ手を置く。
「準備はいいな」
四人が訓練場の入口に並んだ。
「開始」
◇
訓練場へ入ると、六体の機巧獣が一斉に頭を上げた。
青い単眼が左右へ動く。
「スピカ!」
セラの声で、白銀の小鳥が天井近くまで上昇した。
長い尾羽が左へ振れる。
「一体目、左の木箱の奥!」
「ツムグ!」
「任せとき」
ツムグの千糸が木箱の上へ伸びる。数本を支柱へ巻きつけ、狭い通路を塞いでいた箱を横へ滑らせた。
奥に倒れていた救出人形が姿を現す。
ツムグは人形のそばへ駆け寄り、膝をついた。
千糸を胸と腰へ回し、首が揺れないよう肩も支える。
同時に、小型の機巧獣がツムグへ向きを変えた。
前脚が石床を蹴る。
「来るぞ!」
カナメの目には、動き出す直前の黒い点が見えていた。
「右へ避けて!」
ツムグは人形の背中と膝裏へ腕を入れた。
抱え上げると同時に、右へ跳ぶ。
機巧獣が二人の脇を駆け抜け、背後の木箱へ突っ込んだ。
ツムグは着地すると、千糸で人形の首と背中を支え直した。
「人形は守る。そっち頼むで!」
「任せて!」
機巧獣が木箱から前脚を引き抜き、ツムグへ首を向ける。
カナメは脚へ身体強化を流した。
走り込み、機巧獣の側面へ片手剣を差し入れる。狙うのは首の下にある停止板だった。
剣先が青い印へ触れる。
機巧獣の確認灯が白く点滅した。四肢から力が抜け、その場へ伏せる。
「一体停止!」
「運ぶで」
「そのまま入口へ!」
ツムグは人形を抱え上げ、入口へ走り出した。
二体の機巧獣が、その搬送経路へ入ろうとしている。
「ガイ、中央!」
「分かってる!」
ガイが両手を前へ出した。
「心装起誓。破城!」
大剣が光の中から現れる。
振り下ろすのではなく、刀身の腹を石床へ置いた。二体の進路を塞ぐ壁にする。
先頭の機巧獣が飛びかかった。
ガイは破城を斜めに立てる。
機体の前脚が刀身へ乗った瞬間、柄を押し上げた。
機巧獣の身体が横へ転がる。
ガイは追撃しない。
二体目の正面へ回り、盾のように破城を構えた。
「通りたきゃ、俺様をどかしてみろ!」
機巧獣の突進を受け止める。
その間に、ツムグは一体目の人形を入口まで運び切った。
「一人目、救出!」
城戸先生の声が外から飛ぶ。
透明な防護壁の向こうで、エミルが記録板へ何かを書き込んでいた。
カナメたちの動きを見ながら、時折、大型機巧獣へ視線を移している。
大型機は、まだ開始位置から動かない。
今回の訓練では後半に投入される予定だった。
「二体目、右奥の瓦礫の下!」
スピカから放たれた光羽が、崩れた壁を模した瓦礫の一角へ突き刺さった。
淡い光が、救出対象の位置を示す。
駆け寄ると、石材の隙間から人形の片脚が見えていた。
「重いわ。ツムグ、手を貸して!」
「今行く!」
ツムグが入口から戻る。
カナメも瓦礫へ向かった。
三体目の小型機巧獣が進路を塞ぐ。
黒い点が右前脚に浮かんだ。
踏み込みの起点。
続いて、頭部と左後脚。
右から飛びかかり、身体をひねって噛みつく。
「セラ、左へ!」
セラが瓦礫の陰へ入る。
カナメは右へ踏み込み、片手剣を横へ振った。
斬るためではない。
機巧獣の頭部を剣の腹で押し、飛びかかる方向を変える。
金属の牙が肩口をかすめる。
機巧獣は瓦礫へ突っ込み、前脚を石の隙間へ挟んだ。
「今だ!」
ツムグの千糸が両後脚へ巻きつく。
身体強化を両腕へ流し、一気に引いた。
機巧獣の腹が石床へ落ちる。
カナメが首元の停止板へ剣先を当てた。
確認灯が白へ変わる。
機体が停止した。
「カナメ、こっち!」
セラは人形のそばへ膝をついていた。
瓦礫に挟まれた位置を確かめ、首元へ片手を添えている。
「抜くときに身体をひねらないで。カナメは瓦礫を上げて。ツムグは頭と背中を支えて引いて」
「分かった」
「了解や」
カナメは瓦礫の端へ両手をかけ、身体強化を腕へ流した。
「上げるぞ」
石材を持ち上げる。
ツムグの千糸が人形の頭と背中、腰を支え、セラが脚を挟まないよう導く。
人形が瓦礫の下から引き出された。
「外傷を確認してから運ぶわ」
セラが素早く全身へ目を走らせる。
スピカの尾羽が激しく揺れた。
訓練場の奥で、金属音が響く。
「大型が動く!」
大型機巧獣の前脚が、ゆっくりと石床を踏んだ。
青い単眼が四人を捉える。
「予定より早くない?」
セラが防護壁の外を見る。
エミルが管理盤のそばへ走っていた。
「第二段階へ移行したようです!」
「残り時間は?」
城戸先生が尋ねる。
「九分です」
「まだ六分しか経っていない」
年配の整備士が記録板を確かめる。
「大型機の投入は、開始から十分後の設定だったはずだ」
「停止させますか」
エミルが停止札へ手を伸ばす。
大型機巧獣は起動地点に立ったまま、次の命令を待っている。
確認灯は青い。
「動作そのものは正常です。投入時刻の設定だけがずれた可能性があります」
城戸先生は大型機巧獣を見た。
「続行する。ただし、少しでも異常があれば即停止だ」
「はい」
エミルが停止札を腰へ戻した。
大型機巧獣が頭を下げる。
前脚の装甲が左右へ開いた。
中から短い打撃杭がせり出す。
「来るぞ!」
カナメは人形をツムグへ預けた。
「二体目を運んで!」
「そっちはどうするんや」
「俺とガイで時間を稼ぐ。セラは三体目を探して!」
「一人で決めないで!」
セラは言いながらも、スピカを飛ばした。
ガイが大型機巧獣の正面へ立つ。
「最初からこいつを出せ」
破城を後ろへ引く。
大型機巧獣が地面を蹴った。
黒い点が四肢へ浮かぶ。
命令は制御核から前脚、背中、尾へ流れている。
直線的な突進。
カナメは起点を追った。
「正面から受けるな! 右へ曲がる!」
ガイが左へ踏み出す。
カナメは反対側へ走った。
大型機巧獣が突進の途中で右前脚を深く踏み込む。
巨体がカナメの予測どおりに曲がった。
その先にはガイがいる。
「分かりやすいんだよ!」
ガイが身体強化を両脚から腰へつなぐ。
破城を下から振り上げた。
刀身の腹が前脚の装甲を捉える。
機巧獣の軌道が外れ、倒れた柱へ肩から激突した。
打撃杭が石床を砕く。
ガイはすぐに破城を引いた。
「止める場所はどこだ!」
「首の下。でも装甲で隠れてる!」
「なら剥がせ!」
破城が横薙ぎに振られる。
カナメは片手剣を装甲板の継ぎ目へ差し込んだ。
ガイの一撃が来る直前、剣をひねる。
装甲板がわずかに浮いた。
破城の腹が、その縁を下から叩く。
固定具が弾け、首の下から青い停止板が現れた。
「見えた!」
カナメが踏み込む。
機巧獣の尾が横から迫った。
剣先を停止板へ届かせるより早い。
千糸がカナメの腰へ巻きついた。
「欲張りすぎや!」
ツムグに引かれ、身体が後ろへ飛ぶ。
尾が直前までいた場所を薙いだ。
二体目の人形は、既に入口の手前まで運ばれている。
「助かった!」
「礼はあとや!」
カナメは着地し、体勢を立て直した。
大型機巧獣がこちらへ向き直る。
首の下に停止板が見えている。
「もう一度行く!」
ガイが左から回る。
カナメは右。
二人が同時に走り出した。
大型機巧獣の単眼が左右へ揺れる。
次にどちらを狙うのか。
黒い点が頭部に浮かんだ。
右。
カナメの方だ。
「こっちへ来る!」
大型機巧獣が前脚を踏み出す。
その瞬間、頭部に浮かんでいた黒い点が消えた。
代わりに、胸の奥へ別の点が灯る。
先ほどまでとは場所が違う。
命令が制御核から流れていない。
「待って!」
カナメは足を止めた。
大型機巧獣も止まる。
前脚を上げた姿勢のまま動かない。
「どうした?」
ガイが破城を構え直す。
防護壁の外で、エミルが確認灯を見ていた。
青い光が、一度だけ揺れる。
黄色。
すぐに赤へ変わった。
「異常です!」
年配の整備士が管理盤へ走る。
「全機停止!」
城戸先生が青い印を押した。
訓練場に停止命令が流れる。
残る小型機巧獣が一斉に膝を折った。
大型機だけが立っている。
単眼の青い光が、赤へ変わった。
「停止札を!」
城戸先生の声に、エミルが白い金属板を掲げた。
「停止!」
大型機巧獣は動かない。
止まったのではない。
停止命令を聞いていない。
カナメの目に、胸の奥で脈打つ黒い点が見えた。
「下がれ!」
城戸先生が防護壁を開こうとする。
その前に、大型機巧獣が動いた。
首を巡らせる。
赤い単眼が、二体目の人形を運ぶツムグを捉えた。
背中の装甲が開く。
訓練用の射出口が、黒い光を帯びた。
「ツムグ!」
カナメが叫ぶ。
光弾が放たれた。
ツムグは救出人形を千糸で抱え込み、横へ跳ぶ。
光弾が石床へ着弾した。
本来なら現れるはずの防護光がない。
爆発が訓練場を揺らした。
石片が飛び散る。
退避しようとしていた生徒の一人が背中から床へ倒れた。
悲鳴が上がった。
「全員、訓練場から離れろ!」
城戸先生が管理盤を叩く。
出口へ続く防護壁が開き始めた。
大型機巧獣の確認灯は、赤く明滅している。
それでも動きは止まらない。
「セラ、負傷者を!」
「分かった!」
セラが倒れた生徒へ走る。
「ツムグ、人形は置いて手を貸して!」
「もう動いとる!」
ツムグは救出人形を石柱の陰へ寝かせ、新たな千糸を負傷した生徒の周囲へ張る。
ガイが破城を引きずり、大型機巧獣の前へ出た。
「させるかよ」
カナメも片手剣を握り直す。
大型機巧獣の胸の奥で、黒い点が脈打っていた。
正常な制御核とは別の場所から、四肢と射出口へ力が流れている。
偶然の故障とは思えなかった。
射出口へ、二発目の光が集まる。
今度の狙いは、負傷した生徒へ駆け寄ったセラだった。
「セラ!」
――光弾が放たれた。
毎週火曜、金曜、日曜のAM6:40に投稿します。




