プロローグ 君が魔王になる未来
「アレク……!」
夢の中で、私は何度もその名を呼ぶ。
目の前に立つ青年は、静かに笑った。
漆黒の髪が風に揺れ、その足元には黒い魔力が渦巻いている。
かつて『大陸一の天才魔導師』と呼ばれた彼は、今や”魔王”と恐れられる存在だった。
「どうして……」
思わず零れた言葉に、彼は少しだけ寂しそうに目を細める。
「どうして、か。」
その笑みはどこか諦めていて。
「俺は、最初からこうなる運命だったんだろ。」
その瞬間、眩い光が彼を包み込む。
光の中には、プラチナブロンドの髪を揺らす一人の少女。
聖女オリヴィア。
そして王太子カイル、騎士団長の息子セドリック、仲間たち。
彼らは魔王となったアレクセイを止めるため、最後の戦いに挑んでいた。
私はその光景を、ただ見ていることしかできない。
「アレク!」
伸ばした手は届かず、彼の姿は光の中へ消えていく。
――そこで、いつも夢は終わる。
◇ ◇ ◇
「……また、この夢。」
目を覚ますと、額にはじんわりと汗が滲んでいた。
胸の奥が締めつけられるように苦しい。
どうしてこんな夢を見るのだろう。
黒い魔力に包まれた青年。
悲しそうに笑う横顔。
そして最後に残る、あの言葉。
『俺は、最初からこうなる運命だったんだろ。』
その意味も分からないまま、私は何度も同じ夢を見続けていた。
――あの日までは。
◇ ◇ ◇
「……ここは?」
目を開けると、見覚えのある天井が広がっていた。
机の上には幼い少女向けの魔法入門書。
鏡を覗けば、茶色の髪に紫水晶のような瞳を持つ少女が映っている。
「……え?」
心臓が大きく跳ねる。
震える声で呟いた瞬間、頭の中に大量の記憶が流れ込んできた。
前世。日本での記憶。
そして、擦り切れるほどプレイした乙女ゲーム——『光の聖女と闇の魔王』。
主人公は聖女オリヴィア。
彼女が仲間たちと共に闇に堕ちた魔王を救う物語。
そして、隠し攻略対象として存在した、圧倒的な才能を持つ天才——アレクセイ・ノクス。
通常ルートの彼は、あまりの強さと孤独ゆえに心の隙を悪魔につけ込まれて、最後は魔王になってしまう。
彼が報われるのは、全ルートクリア後に解禁される『隠しルート』で、オリヴィアに救われる時だけだ。
私の名前はラウラ・アストレア。
主人公でも悪役令嬢でもない、ゲームには名前くらいしか出ない侯爵家の令嬢。
でも、ようやく気づいた。
何度も夢に見続けたあの悲痛な叫びも、寂しそうな笑みも。
これから彼に訪れる、残酷な未来だったのだと。
(……ちょっと待って。アレクが救われるのって『全ルート攻略後の隠しルート』だよね?)
現実のこの世界で『全ルート攻略』なんて、起こるわけがない。
つまり、このままだとオリヴィアがアレクを救うルートに入るのは不可能なのだ。
(じゃあ、アレクは絶対魔王になっちゃうの……!?)
ううん、そんなの絶対に嫌だ。
そもそも、彼が闇に堕ちるのは孤独の隙を悪魔につけ込まれるから。
(なら、孤独じゃなくなればいいんだ! 話相手がいて、一緒に笑える友達がいれば、悪魔につけ込まれる隙なんてなくなるはず!)
主人公じゃなくたって、ただの友達にだってできることはある。
「よし、まずは私がアレクの友達になろう!」
君が魔王になる未来を、私は知らないふりができない。




