爆発のあと……
「これは、一体どういうことだ?」
遅れて大広間にやってきたのは、レオニア国王とビアンカ王妃だった。
広大な空間は、墨色に焼けた瓦礫と残骸だけになっていた。
最上階にあった大広間は、天井も壁も跡形もなく吹き飛び、ひどく焼け焦げた匂いが鼻を刺す。
幸いここにいる全員は無事だった。
私が皆に結界を張ったおかげだ。
私が指を鳴らすと、セドリック王子をはじめ、皆にかけていた結界が解けた。
「おい、ユリエラ。最初から自分で結界を解除できるなら、やれよ」
「残念ながら、自分自身の結界は解除できないんです」
「セドリック・フォン・レオニア!!これはどういうことか、ちゃんと説明せい!!」
レオニア国王は貫禄を保ちつつも、かなり殺気立っている。
国王マジ切れだ……。怖!!
「えっーとですね……それは……その……」
セドリックが国王夫妻の前で縮こまっていると、突然ギャル聖女コハルが私を指さした。
「全てはあの女のせいなんです!!私たちの愛を引き裂くために、悪行を働いたのです!!」
王妃の細い眉がピクリと動いた。
「それは本当ですか?ユリエラ・リーベルト」
ビアンカ王妃が品のある優しい声で尋ねる。
「いいえ。わたくしは一切手を出しておりませんので」
深々とカーテシーをする。
「嘘つき、てめぇがおかしいんだろうが!!この惨状を見て分かるっしょ!!こうなった原因も全部てめぇのせいだ。コラ!!」
おっ、素が出たな。ギャル聖女コハルよ。セドリックが引いてるぞ!
「そうだ、そうだ!!」
「恐ろしい化け物めが!!」
「化け物は帰れ!!」
「化け物はこの国から出ていけ!!」
聖女の一声に周りにいた貴族たちが賛同し、私のことを罵倒し始めた。
はぁ!?なによ。せっかく結界を張ってみんなを助けたというのに……。
聖女コハルはセドリックの陰で不敵な笑みを浮かべた。
「コハルよ。あれは本物の化け物に違いない。お前の聖なる力なら、あの悪魔を浄化できるかもしれない!!」
馬鹿王子!!この期に及んで、なに寝言言ってんの?
ギャル聖女コハルとセドリックは互いに頷き、手を繋ぐとコハルは杖を天に掲げた。
「聖なるアルメディア女神の光大剣を持って、邪悪に染まった化け物を斬り裂き、浄化せよ!!【ピュアリフィケーション・オブ・イーブル】」
「一体、何を始める気なの!?」
コハルの杖先に強烈な光が放たれると、真っ直ぐな白線となって夕焼け空を貫いた。
光に包まれたアルメディア女神の幻影体がふわりと天から舞い降りた。辺り一帯に甘い蜂蜜の香りが漂う。
ゆうに5メートルはあるだろうアルメディア女神は、穏やかな表情を浮かべながら、黄金色の髪を靡かせこちらへ近づいてくる。
巨大な女神が光大剣を身構えた。
《これから浄化を始めます》
アルメディア女神の声が脳内に響いた。
地鳴りのような風圧を伴い、とんでもない質量で大剣が私の目の前で振り下ろされた。
――キュィィィーーーン!!
波紋のように広がる甲高い金属音。光大剣の接触部分からチリチリと音が鳴り、黄色、白、ピンク、水色の光が狂ったように弾け飛んだ。
《ん?》
私の結界は聖なる光をも跳ね返し、この世界を一瞬で真っ白に染め上げた。
――カッ!!!
周りにいる者すべてが驚愕しながら、聖なる光の奔流に飲み込まれていった。
「イヤァァアアーーー!!!」
「グゥハッ!!」
「またかよぉぉーーー!!!」
❇❇❇❇
すっかり日も暮れ、辺りはだいぶ薄暗くなった。
夏の涼しい風が最上階の大広間を駆け抜ける。
「ユリエラ様。あなた様がいつも身につけているダイヤのブレスレットが欲しくなって、強引に奪おうとしました。結界に弾かれただけなのに、階段から突き飛ばされたと嘘をついて、ごめんなさい」
ギャル聖女コハルは、ユリエラの前で土下座をした。
「ユリエラ嬢。ちゃんと調査もせず、コハルの言葉を鵜呑みにしてごめんなさい。あと、コハルと浮気をしてました。すみませんでした」
コハルの隣でセドリックも土下座をしている。
「変な誤解をして、貴方様を疑ったりしてごめんなさい」
目撃者三人娘も土下座をしている。
「無抵抗なのに、攻撃してごめんなさい。そして、私たちを結界でお守りくださりありがとう。あと、全部跡形もなく吹き飛ばされたので、例の件は内密に」
斧使いの騎士とその仲間の近衛騎士たちは、深々と土下座した。
「めっちゃ面白かったです。もっと研究がしたいです。ごめんなさい」
おかしな宮廷魔法師たちは、満面の笑みで土下座をしている。
「助けてもらったのに、怖かったので、つい罵倒してしまいました。ごめんなさい」
周りにいた大勢の貴族たちも全員土下座をしている。
唖然として立っているのは、レオニア国王夫妻と私だけ。
「聖女コハルの浄化の光が人間の心に潜む邪悪な部分を浄化したのでしょうね。皆、素直に謝っているもの」
「うむ。浄化できるのは魔獣だけじゃなかったのだな」
ビアンカ王妃は呟き、レオニア国王は驚きを隠せない。
「ところで……ユリエラ嬢よ。こんな馬鹿息子でも末永くそばにいてやれないか?」
『嫌に決まってるじゃない!!』と顔には出せないので、取り敢えず笑顔で断る。
「いいえ。彼から婚約破棄を宣言した以上、わたくしはそれに従います」
「そこを何とか……」
「まぁ、無理ですね」
「……あなた。あの子はやらかしたのです。もう諦めてください」
「はぁ~」
❇❇❇❇
――大広間爆発事件から数日後。
今日は曇り空。
レースカーテン越しに穏やかな日差しが寝室に差し込む。
私は紅茶を飲みながら、テーブルに貴族新聞を広げ、活字を読んでいた。
記事によると、アルメディア女神の聖なる光を喰らったギャル聖女コハルは、髪を元の黒髪に戻した。派手なメイクもしなくなり、一重の素朴な顔になったという。
あまりの変貌ぶりに『田舎娘と聖女コハルがすり替えられたのではないか』と神殿で一時騒然とした。
現在の聖女コハルは、頼まれてもないのに自ら病院へ赴き、聖なる力で平民たちの病を治しまくっていると王都で話題だ。
これでは自分たちの仕事がなくなってしまうと町医者たちが嘆いているという。
毒気を抜かれたセドリック王子も自ら慈善事業に乗り出し、教会や孤児院の訪問ばかりしているという。
側近たちは、通常業務が滞っているのでどうにかできないかとこちらも嘆いているという。
「ふふふっ、これで一件落着ね」
一方、私はというと、セドリック王子との婚約が正式に解消となった。
建国祭の出来事は箝口令が敷かれ、レオニア国のほとんどの貴族が私の話題には触れなくなった。
王宮での舞踏会やパーティーは特に来なくても、問題ないから、出席しなくても大丈夫だと国王自ら免除証書まで下さった。
現在は王都を離れ、自然豊かなリーベルト公爵領で両親とのんびりと暮らしている。
「わたくしは一切、手を出していないのだけど、結果オーライだわ!」
❇❇❇❇❇
1年後、私はルーベル辺境伯の長男シリウス・フォン・ルーベル様と婚約した。
理由は簡単。私の結界の力を辺境の地で生かしたいとのことだった。
「私の能力が欲しいだけに違いない!!」
初めはきっぱりはっきりとお断りしたが、シリウス様がしぶとく何度も屋敷を訪ねてきて、言われるがまま、しぶしぶデートを重ねた。
シリウスは見た目とは違い優しい人で、仕草の端々に現れる誠実な人柄に、私の警戒心が揺らいでしまった。
シリウス様は、黒髪の短髪に紫色の珍しい瞳。顔は凛としていて、凄く背が高い。まるで軍人のような佇まい。シャツのボタンが外れそうなぐらいに胸筋がエグいことになっている。
辺境地を守っているせいでこんな風にマッチョになってしまったのか?
あのひ弱な王子をずっと見てきたせいか、私のハードルも随分低くなったと思う。
「僕は、君の能力以前に、その優しく、おおらかな人柄に心惹かれたんだ。ぜひ、僕と婚約してくれないか?」
真剣な眼差しで真摯に言い寄られると、どうにもこうにもならない。
シリウスから欠点が見つからないのだ。
断る理由がなくなった私は、「こんな私を認めてくれるならば」と申し出を受け入れた。
うちの両親と兄はとても喜び、祝福をしてくれた。
馬鹿王子よりもまともな人に巡り会えた私は、本当に幸運だと思う。
❇❇❇❇
現在、婚約者のシリウス様と辺境の地へ赴き、国境を守る騎士たちに混ざって魔物退治に明け暮れている。
グリーンドラゴンの毒霧も、群れで現れるバンシーの精神攻撃も、私の結界で難なく跳ね返すことができ、長年苦戦していた魔物を討伐することができた。
「「ユリエラ様、万歳!」」
「ユリエラ様がいれば、この地を守ることができる」
「我らの盾になってくださる方に最大の敬意を!」
そして、ユリエラ・リーベルトは『悪女令嬢』から『辺境の守り神』となった。
さらに『レオニア王国の鉄壁』と呼ばれるようになるのはまだ先の話になる。
そんな結末になるとは思わなかったけれど、神様がくれたギフトで私はこうして幸せに暮らせている。
「私は一切手を出してないけどね!」
最後まで読んで頂き、ありがとうございました!




