悪役令嬢の断罪
ある日の夕方。
わが国、レオニア王国では、王宮で建国記念祭が執り行われていた。
目の前にいる残念な二人のせいで、百周年という記念すべきイベントがめちゃくちゃになろうとしていた。
「ユリエラ・リーベルト。今、この場をもってお前との婚約を破棄する!!」
よく聞くそのセリフ。今、ここでやる!?
婚約破棄を宣言したのは、レオニア王国の第一継承者、セドリック・レオニア第一王子(21歳)。
そして彼が腰に手を回しているのは、奇跡の聖女コハル・イトウ(16歳)である。
聖女コハルは、セドリックにしがみつき豊満な胸を押し付けていた。
私は自分の胸に触れ、胸の小ささを再確認してしまった……。クソ……。
私は、ユリエラ・リーベルト(18歳)。実はこの体に憑依してしまった異世界人だ。
本当の名前は由利 恵。24歳の会社員だった。
健康食品を扱うブラック企業に勤めていたが、営業車で取引先の会社へ行く途中、大型トラックの居眠り運転に巻き込まれ、そのまま事故死してしまった。
天国に行くと思いきや、神様は何を考えているのか、何故か10歳の時にユリエラの体に憑依した。
目の前にいる馬鹿王子とは、私が13歳の時に婚約した。王命なので両親も兄たちも強く反発することができなかった。
私たち一家は、昔からあの馬鹿王子が好きではない。
もう一度言う。
好きではない!!
目の前の彼はそんなことすら知らない。
『どうだ?驚いただろう!!ショックを受けたか?』とドヤ顔だ。
「ドッキリですか?」
「ドッキリってなんだ?」
なるほど、ここにきてようやく自分の役回りが分かった。
私、断罪される悪役令嬢か!!
「あの、理由は……もしかして、真実の愛に目覚めたとか?」
「なぁ!?」
言おうと思っていたことを先に言われ、前につんのめりそうになるセドリック。
あぁ、惜しい!!そのまま目の前でコケたら良かったのに……!!
「ゴホン!お前が言ったのも正解だが、他にも理由はある。お前はこの『奇跡の聖女』であるコハルを学園の階段から突き落としただろう!!」
アホウの声が大広間に響き、貴族たちはざわめき出した。
はぁ……。何をいうかと思えば、下らない。
「いいえ。わたくしは一切、手を出していません」
私はきっぱりはっきり言い切った。
「セドリック様、わたくしが悪いんです。ユリエラ様は私が嫌いなんだわぁ~」
胡散臭い奇跡の聖女コハル。実はこの人、1年前にいきなりこの世界に現れた転生者。
まばゆい光とともに登場し、清楚系の黒髪を靡かせ、あどけなくキュルルンと愛嬌を振りまくのが聖女のド定番なのに、なぜにストリート系ギャル?
セリフと顔が全く噛み合ってない。
どちらかと言えばラップバトルの方が似合うだろうにYO!
金髪キラキラ王子とガングロギャルの組み合わせ、異色すぎる。
「あくまでも、シラを切るつもりだな?」
シラもなにもないよ。
セドリックは誰かに目で合図をした。
すると、人だかりの中から、三人の女性が前に出てきた。
「私たち、一階のエントランスの方にいましたが、ユリエラ様と聖女コハルは階段の踊り場で、なにやら言い争いをしているように見えました。そしたら、聖女コハルが階段を背に落ちてしまいましたのよ!!」
ゴシップ好きの貴族たちはどよめいた。
「階段下に待機していた聖女の護衛が風魔法で聖女様を助けてくれましたけど、あれは絶対にユリエラ様が突き落としたに違いないわ!!」
あとの目撃者二人も同じように頷く。
「馬鹿ね。あの護衛二人が風魔法を使えるわけないじゃない。私が助けたのよ」
私はわざと掌につむじ風を起こして、その三人へ吹きつけてやった。
「「キャッ!!ちょっと……何すんのよ!!」」
小さな突風で綺麗にセットした令嬢たちの髪型をボサボサに乱してやった!ザマァ!
「証拠になった?私が風魔法で助けたの」
「うっ……嘘おっしゃい!!あの護衛は、聖女コハル様に向かって両手を広げていたわ!!」
残る二人もほつれた髪を直しながら、同じように頷く。『あたしらの目が節穴だと?』と言わんばかりの顔をする目撃者三人組。
「でも、よく考えてみて。聖女の護衛は神聖殿から来たのよ?使えるのは回復魔法のみ。咄嗟に落下の衝撃を和らげるために回復魔法をかけたのよ」
「そっ、それは、本当なのか?」
セドリックの質問に、後ろで隠れていた神聖殿の護衛二人はビクビクしながら黙って頷いた。
「どうやら、この三人は眼鏡が必要みたいですね」
取り敢えず、腕を組んで余裕のポーズを取ってみる。
「でっ、でもぉ~、突き落とされたのは事実ですぅ!!」
ますます猫を被るギャル聖女コハルは、セドリックの傍でブルブル震える。
いやいや、可愛い子ぶるのは似合わないって!
「そうです。突き落とした場面は私たちがしっかり見ていました!!」
コハルに加勢する目撃者たち。
セドリックが私に指をさした。息を大きく吸うと、怒声を上げた。
「聖女殺人未遂で、ユリエラ・リーベルトをひっ捕らえよ!!」
「何でよ?話ちゃんと聞いていた!?」
「はっ!!」
近くにいた騎士二人が、私を押さえ込もうと近づいた。
――ボイィィーーーン!!
私のパーソナルスペースに踏み込もうとした途端、二人の騎士が弾かれ、二メートル先へ転がっていった。
「「!!!」」
「何をやっている!!早くひっ捕らえよ」
「はっ!!」
――ボイィィーーーン!!
今度は三メートル先へ弾き飛ばされた。
おっ、記録更新!
「そんな馬鹿な!?お前、何をした?」
「わたくしは一切、手を出しておりません」
小首をかしげ、涼しい表情をしてみせる。
「ならば、大勢で一斉に飛び込むのだ!!やれーーー!!」
セドリックの指示で、五人の近衛騎士たちに取り囲まれると、私に飛び掛かってきた。
――バイィィーーーン!!!
五人で一斉に飛び掛かっても、四方八方へ弾き飛ばされ、赤いカーペットに転がる近衛騎士たち。
この騒ぎに巻き込まれないように見ているだけの貴族たちは壁際へ逃げ込む。
「セドリック様。近づくと、見えない膜のようなものに弾かれます。おそらく結界ではないでしょうか?」
一人の騎士が報告をした。
「お前らの剣は、何のためにある?早く、その結界を破壊するのだ!!」
「「はっ!!」」
一人の騎士が鉛色に染まるブロードソードを鞘から抜き出した。
「やぁぁーーー!!」
――ガシィィーーン!!
「ぬぅおぉ!?」
柔軟な結界が、今度は硬質な音を立てた。
「まだだ!!槍でも、斧でもいい。早く、結界をかち割れ!!」
「「はっ!!」」
近衛騎士たちは槍、斧、鉄球、バスターソードなど、各自様々な武器を手に結界の破壊を試してみたが、全く歯が立たなかった。
それどころか、斧使いの騎士が手を滑らせ、跳ね返った斧が壁にかかった国王の肖像画にグサリと刺さってしまった。
「あっ」
「「「あぁぁぁーーーー!!」」」
仲間の騎士たちが驚きのあまり声を上げた。
「あ~あ、やったな」
「やりましたな」
「顔に刺さったぜ。わざとか?」
「奴は歴史に名を刻んだな」
「減俸どころじゃ済まないぜ」
斧使いの騎士は青ざめながら、引きつった笑みを浮かべた。
「……それでは、連帯責任ということで」
「「「できるか、アホ!!」」」
斧使いの騎士は今にも泣きそうな顔をしながら、肖像画に刺さった斧を引っこ抜くと、逃げるように退散した。
ほら、言わんこっちゃない、こうなると思ったよ。
改めて、私は声を上げた。
「ゴホン、これでお分かりになりましたよね?私に害をなそうとする者は、すべて弾き返されてしまうのです。だから、聖女コハルも――」
しかし、セドリックは認めない。
「あーーっ!!うるさい。言い訳など見苦しい。ここには宮廷魔法師もいるのだ。出てこい!!」
すると、奥の扉から宮廷魔法師が三人現れた。
「よいか、あの者の結界を解くのだ!!」
「はっ!!」
一人の宮廷魔法師が魔法の杖を手に詠唱をしはじめた。
「我が魔力を持って、真理を暴く、汝を覆う守護の帳よ。砕け散れ!【バリアブレイク】」
私の頭上に見事な魔法円陣が光り出した。が……その魔法円陣は音もなく消えていった。
「なっ、何?ありえない!!」
宮廷魔法師が私を殴ろうとすると、腕がボールに当たったかのように弾かれた。
「セドリック様。この結界、バリアブレイクが効きません。とても、素晴らしく興味深いです!」
ワクワクした顔でセドリックを見つめている。
「お前一人の力では足りなかったようだ。三人がかりでもう一度やってみよ!!」
「はい、喜んで!」
ホクホク顔の宮廷魔法師。
今度は私を三方向に囲んで、呪文を唱えた。しかし、結果は一緒だった。
上級魔法使いである宮廷魔法師たちは、興味津々で私の結界を観察し始める。
まるで新種の動物にでもなった気分よ。
「どうなっているんだ、お前は!!」
「いや、だからね。これが神から与えられた私のギフトなのです。害をなすものがパーソナルスペースに入ってくると、すべて弾かれてしまう。だから、聖女コハルの場合も――」
「いやぁぁーーー!!コハル、怖いわ。いっそのこと、あの悪女をここで処刑するというのはいかが?」
かぶさるようにギャル聖女コハルが邪魔をしてきた。
「うむ。分かった。それならば、宮廷魔法師よ。そなたたちの魔法で結界ごと、この者を処刑せよ」
「良いのですか?」
「構わん!!」
「やったぁ!」
この、馬鹿王子!!何言ってんの?パーティーをめちゃくちゃにする気なの!?
「いい加減、おやめください。魔法攻撃など、絶対、絶対におすすめ致しません!!」
悪人顔に染まったセドリックとコハル。
「ははっ。今更命乞いか?構うものか。我が魔法使いたちよ、一斉にやっつけてしまえ!!」
三人の王宮魔法師たちの杖が白、赤、黄色と光り出した。
「凍てつく大地よ、白銀の槍となれ。我が敵を貫き、永久の氷へ沈めよ!!【フロスト・ランス】」
「奈落に落ちる獄炎よ。その牙を現せ。灼熱の渦となり、敵を焼き尽くせ【ヘルフレイム・トルネード】」
「空駆ける聡明な雷帝よ。悪しき者に稲妻の鉄槌を打て【サンダー・ハンマー】」
「馬鹿、待って!!――」
私が叫ぶと同時に、立っている場所から地鳴りがした。結界の縁に沿って地面から出てきた巨大氷柱が四方八方へと飛び散った。
結界が氷柱を弾き返したのだ。
近衛騎士団は逃げ惑い、テーブルの下に隠れ、悲鳴を上げる貴族たち。大きなテラス窓は氷の破片で割れ、壁に飾られた高価な絵画に氷柱が突き刺さる。
次にマグマのような竜巻が上から結界へと落ちてきた。赤黒い灼熱の炎は、結界から弾き飛ばされると辺り一面に飛び散った。
重厚なカーテンに火がつくと、一気に天井まで燃え広がり、黒煙を上げた。
深紅のカーペットにも火が飛び散り、燃え上がると足の踏み場もない。
近衛騎士たちのマントにも火が燃え移り、仲間同士で消火活動をする。
散り散りになって逃げ惑う貴族たち。まるで地獄絵図だ。
散らばった巨大氷柱の残骸が一気に溶け始めた。水蒸気で大広間の空気が霞み、サウナ状態となった。
「来るよ!!死にたくなければ、皆、ひとまとまりに集まって、伏せてなさい!!」
私は必死に叫んだ。
青白い閃光が走る。
――ドカァァァーーーン!!!
最後まで読んで頂きありがとうございます。
2話目で完結です。




