8. 爺様の私兵、チャラい護衛
家庭教師ガイズを「知識」と「脅し」で黙らせ、勉強部屋での自由を手に入れた俺だったが、まだ越えられない壁があった。
物理的な壁、屋敷の門だ。
「母上、お外に遊びに行きたいな」
「あら、中庭ならいいわよ?」
「ううん、もっと外。街とか、森とか」
「それはダメよ。お父様の許可がないと」
母ディーファは優しく、しかし断固として首を横に振った。
まあ、そうなるだろう。
だが、今の父マーランに許可を求めたところで、「勉強もせず何事か」「危険だ」「無駄だ」と却下されるのは目に見えている。
特に最近、俺がガイズを脅してサボっている(表向きは超集中して自習している)ことを、父は薄々勘づいている節がある。警戒されているのだ。
(……父上に頼んでも無理だろう。母上も同じだ)
残るのは――爺様だけだ。
俺は爺様が帰る日はいつかと、その日を待った。
◇
数日後。
ドスン、ドスン、と地響きのような足音が廊下から聞こえてきた。
「爺様!」
俺は玄関ホールへダッシュし、泥だらけの巨人を出迎えた。
「おお! アルヴィン! 寂しかったか?」
「うん! ……ねえ爺様、お願いがあるの!」
俺はダイファーの足にしがみつき、上目遣いで訴えた。
「僕、外の世界が見たい。爺様が守ったこの国を、もっと知りたいの」
この殺し文句。
ダイファーの目が潤んだ。
「ううっ……そうか、そうだよな。男なら、自分の足で大地を踏みしめなきゃならん」
「でも、父上がダメって言うの。1人じゃ危ないからって」
「む……マーランのやつ、過保護すぎるぞ。だがまあ、確かに5歳児を野放しにするのは不用心か」
ダイファーは顎髭を撫でながら少し考え、ポンと手を打った。
「よし、なら護衛をつけよう」
「ごえい?」
「ああ。爺様はな、昔のよしみで、個人的に雇っている若者たちがいるんだ。
ポケットマネーで食わせている私兵だ」
初耳だ。
隠居したとはいえ、腐っても元英雄。独自の戦力温存を持っていたとは。
「その中から一人、腕のいいやつをお前に貸してやる。それなら文句はあるまい。……よし、行くぞ!」
ダイファーは俺を肩車に乗せると、そのまま執務室へと乗り込んだ。
◇
執務室のドアがノックもなしに開け放たれた。
「マーラン! アルヴィンを外に出すぞ!」
「……お義父様、ノックをしてください」
マーランは眉間を揉みながら、俺と祖父を見た。
「外とは、屋敷の外ですか? まだ早すぎます」
「早くない! 俺が5歳の時は、もうウサギを狩っていた!」
「それはお義父様が規格外なだけです。アルヴィンはまだ子供です。誘拐のリスクもあります」
マーランは頑なだ。
だが、ダイファーも引かない。
「俺の直属の私兵を護衛につける。スピディだ。あいつなら逃げ足だけは誰にも負けん」
「……スピディですか。確かに彼なら……」
マーランの表情が少し揺らいだ。
そして、ちらりと俺を見た。
その目には、冷ややかな計算の色があった。
(……ふむ、なるほど)
俺には父の思考が読めた。
最近、部屋に引きこもってばかりの生意気な息子。
「外」に出して現実の厳しさを知れば、少しは大人しくなるかもしれない。あるいは、すぐに疲れて「もう行きたくない」と音を上げるだろう。
そう踏んだのだ。
「……分かりました。ただし、必ず日没までには戻ること。それから、護衛の言うことを絶対に聞くこと。いいですね?」
「うん! ありがとう父上!」
俺は満面の笑みで頷いた。
なんとか通った。
表面上は、爺様の顔を立てたという形だろう。
◇
数分後。
屋敷の裏門に、一人の男が待っていた。
痩せ型で、手足が異様に長い。
軽装の革鎧に、腰にはショートソードを二本差している。
年齢は20代半ばといったところか。
「よう大将! お孫さんの子守りってのはこいつかい?」
男はダイファーを見るなり、馴れ馴れしく手を挙げた。
敬礼もしない。言葉遣いも軽い。
だが、ダイファーは楽しそうに笑った。
「ああ。俺の孫のアルヴィンだ。こいつに外の世界を見せてやりたい。頼んだぞ、スピディ」
「へいへい。大将の頼みなら断れませんねぇ」
男――スピディは、俺の方を向いてニッと笑った。
「俺がスピディだ。よろしくな、チビ助」
「……アルヴィンだよ。よろしく」
俺は彼をじっと観察した。
一見するとただの軽薄な兄ちゃんだが、足の筋肉の付き方が独特だ。バネのような瞬発力を感じる。
見る力を使う。
【名前:スピディ】
【年齢:24歳】
【性別:男】【状態:健康】
【戦闘:C】【器用:B】【幸運:C】
【能力:速】
(……戦闘Cか。悪くない)
Cランクは「訓練した軍人」レベル。一般兵より頭一つ抜けている。
そして何より器用さが高く、能力に【速】を持っている。
これなら、いざという時に俺を抱えて逃げるくらいは造作もないだろう。
「おいおい、そんなに見つめるなよ。俺の顔になんかついてるか?」
「ううん。お兄ちゃん、速そうな足だね」
「おうよ。駆けっこなら誰にも負けねぇ。……ま、大将には負けるかもしれねぇがな」
スピディはダイファーを見て、少しだけ真面目な顔になった。
「俺はな、昔戦場で大将の背中を見て、『あ、この人についていけば面白そうだ』って思ったんだ。だから大将が私兵を集めるって聞いた時、一番乗りで手を挙げたのさ」
なるほど。
ダイファーの人徳(と武力)に惚れ込んだクチか。
形式張った忠誠心よりも、こういう「好きでついてきた」奴の方が信用できる。
「アルヴィン様とは呼ばねぇぞ。俺は執事じゃねぇからな」
「うん、いいよ。僕も堅苦しいのは嫌いだし」
「ははっ、話が早くて助かるぜ。じゃあ行くか、チビ助!」
スピディが俺をひょいと持ち上げ、肩に乗せた。
高い視点。
そして何より、遮るもののない空。
「いってこい! 土産話を楽しみにしているぞ!」
ダイファーが手を振る。
俺は大きく手を振り返し、ついに屋敷の門をくぐった。
風が吹いた。
さあ、外の世界だ。
この世界の「現状」とやらを、この目で確かめよう。




