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キングスレイヤー真  作者:


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7. 教室のクーデター

 翌日。

 父マーランからの叱責を受けた俺は、再び勉強部屋にいた。

 家庭教師のガイズは、昨日にも増して不機嫌だった。


「アルヴィン様。旦那様から厳しく言われております。今日から心を入れ替えていただきますぞ」


 ガイズは大量の羊皮紙の束を机に叩きつけた。


「これは文字の書き取り100回。そしてサマラ王国の歴代国王の名前の暗記。終わるまでは部屋から出しませんし、おやつも抜きです」


 ただの嫌がらせだ。

 教育的効果など皆無の、単純作業による懲罰。

 ガイズは俺が泣き言を言うのを待っているようだ。鼻で笑いながら、自分は手元の帳簿(おそらく自身の副業か家計の整理だろう)を開き始めた。


(……なるほど。完全に対立してしまったか)


 本当は、こんな形で敵を作りたいわけじゃない。

 だが――俺には、立ち止まっている時間がない。


 父上は、結果でしか判断しない。


 次に「態度が悪い」という報告が上がれば、

 本気で軍の宿舎に放り込まれる可能性がある。

 そうなれば、思うように動けなくなる。


――それだけは、絶対に避ける必要があった。



 俺はため息をつき、羽ペンを手に取った。

 そして、羊皮紙に向かうのではなく、ガイズの机へと歩み寄った。


「席に着きなさい! 何をしているのです!」


「先生」


 俺は可愛らしい上目遣いで、ガイズの手元を覗き込んだ。


「その計算、間違ってるよ」


 ガイズの顔が紅潮した。


「は……? 何を馬鹿な……5歳の子供に何が分かる!」


「ここ。金利が高すぎない?

どこから借りたの?」


 ガイズの顔から血の気が引いた。


 俺が前世でどれだけアサータクさんに厳しく教育されたと思ってるんだ。

 それに、俺には前前世の記憶だってある。


――間違える理由がない。



 だが、それ以上に――

 ガイズの計算は、あまりにも雑だった。

 焦りと不安が、そのまま数字に滲んでいる。


 俺は彼の持っていたペンを奪い取り、帳簿の空欄にサラサラと数式を書き込んだ。


「元金に金利、期間……こうやって計算すれば、先生が今月返さなきゃいけない本当の金額が出る」


 書き上げたのは、この世界にはまだ普及していない数式だ。

 だが、導き出された数字は、ガイズが必死に計算していた数字よりも遥かに正確で、そして――逃げ場のない現実だった。


「な……な、なんだこの式は……見たことがない……しかし、計算は合っている?」


 ガイズは脂汗を流し、震える手で検算している。


 理解したのだ。

 自分が見落としていた現実を。


 俺はその隙に、椅子によじ登り、彼の耳元で静かに囁いた。

 今度は、子供の声色は使わない。


 事実を告げる声だ。


「……ねえ、先生」


 ビクッ、とガイズの肩が跳ねた。


「先生は父上に『アルヴィンは使い物にならない』って報告したよね?」


「あ、ああ……事実、お前は集中力が……」


「もしさ、僕が今、この帳簿を持って父上のところに行ったらどうなるかな?」


 俺は帳簿を軽く持ち上げた。


「『使い物にならない』はずの5歳児が、先生より正確に、先生が知らない計算式を使って間違いを直しちゃった」


 ガイズの呼吸が止まる。


「父上は、数字に厳しい人だ」


 それは事実だ。

 感情ではなく、結果でしか人を評価しない男。


「この数式を見れば、僕がただの子供じゃないって、一瞬で気づく」


 ガイズの視線が揺れる。


 恐怖ではない。


 理解だ。


 自分の立場が、どこにあるのかを。


「……先生は、計算を間違えたまま返済を続けてる」


 俺は帳簿を指で叩いた。


「このままじゃ、いずれ破綻する」


 ガイズの喉が鳴る。


 これは脅しではない。


 現実だ。


「でも――修正すれば、まだ間に合うよ」


 俺は静かに言った。


「僕は先生を困らせたいわけじゃない」


 それは本心だった。

 ガイズは敵ではない。


 ただ――このままでは軍送り。

 素直にやれば自由がなくなる。



「取引しよう」


 俺は机の上の「書き取りドリル」を指先で弾いた。


「僕は、こういうくだらない勉強はしない。この部屋にいる時間は、僕の自由時間にする。読書をしようが、寝てようが、窓から抜け出して外で運動しようが、先生は一切文句を言わないこと」


「し、しかし、それでは成果が出ない! 旦那様にバレたら……」


「成果なら出るよ」


 俺は羊皮紙の裏に、サマラ王国の歴代国王の名前と、在位年数、さらにはその時代の主要な法改正の内容まで完璧に書き記して見せた。


 迷いはない。


 知っているからだ。


「先生が教えるべき内容は、もう全部頭に入ってる」


 ガイズの瞳が震える。


「だから、父上がテストをする時だけは、僕も本気を出す」


 俺は羽ペンをガイズの胸ポケットに戻してやった。


「満点を取る」


 断言した。


「そうすれば、先生の評価も上がる。『アルヴィン様を育てた教師』として」


 沈黙。


 ガイズは長く息を吐いた。


 恐怖。

 保身。

 そして――理解。


「……わ、分かった」


 絞り出すような声だった。


「……好きに、したまえ」


「交渉成立だね」


 俺はニッコリと、無邪気な子供の笑顔に戻った。


「じゃあ、僕は中庭でトレーニングしてくるから。もし父上が来たら『アルヴィン様は集中して本を読んでいます』って上手く言っておいてね」


 俺は部屋の窓を開け、軽やかに中庭と飛び出した。

 背後でガイズが椅子に崩れ落ちる気配がする。


 少し悪いことをしたかもしれない。

 いずれ、別の形で埋め合わせればいい。


 これで、午前の数時間は完全に俺のものだ。

 軍送りも回避した。


 誰にも邪魔されず、効率的に体を鍛え、必要な知識をアップデートできる。


(……さて、まずは走り込みからだな)


 芝生を踏みしめながら、俺は小さく息を吐いた。


 うまくやった、という感覚はない。


 ただ――


 正しい場所に、正しい駒を置いただけだ。


 大人を動かすのに必要なのは、腕力じゃない。


 構造を理解すること。


 それだけ。



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