↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キングスレイヤー真  作者: 黙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

198/211

198. 灰の都と、凍える闇

 踏み出すたびに、足元で何かが崩れる音がした。


 かつて美しく磨かれていた白亜の石畳は、熱でひび割れ、煤にまみれて原型を留めていない。


 北風が吹く。空を覆っていた黒煙は随分と薄くなったが、代わりに運ばれてくる冬の冷気が、マント越しに容赦なく体温を奪っていった。


 焼け残った王城前の広場が、現在の避難区域に指定されている。


 瓦礫を寄せて作られた急造の天幕群。そこには、この広大な王都で奇跡的に生き残った、いや、ナバラ帝国に『連れ去る価値もない』と見捨てられた人々が集められていた。


 うずくまる老人たち。


 親の行方も分からず、泣き疲れて虚ろな目をした孤児。


 火傷や怪我を負い、ただ痛みに耐えるだけの病人たち。


 医療地区を定めて軍医たちを回してはいるが、圧倒的にすべてが足りない。


「……南の公爵領から物資の輸送を手配しましたが、到着には数日を要します。現在、薬は底をつき、食料も軍の携行食を切り崩している状態です」


 俺の斜め後ろを歩くチェルピンが、感情のない声で淡々と事実を告げる。


「夜を越えるための薪も、足りません。瓦礫の木材はすでに燃え尽きており、灰ばかりです。……本格的な冬になれば、怪我ではなく、寒さで人が死にます」


「……」


 俺は立ち止まり、灰色の空と、黒く焦げた街を見渡した。


 王都陥落から、五日。


 たった五日の間に、この街は完全に内臓を抉り取られた。


 人も、物も、富も、歴史も。すべてが根こそぎ北へと奪い去られた。


 王都を、取り戻した。


 だが、何も取り戻せてはいないのだ。


 父上。ソーバン兄さん。


 二人の遺体は、まだ見つかっていない。


 連れ去られた数万の民の中に混じっているのか、それとも、この足元の瓦礫の下でとっくに灰になっているのか。それすらも分からない。


 目を開けているのに、深い闇の中を歩いているような感覚だった。


 いくら手を伸ばしても、指先には冷たい灰しか触れない。松明すら持たないまま、足場のない虚無の底へとゆっくり沈んでいくような、圧倒的な喪失感。


「……アルヴィン様」


 チェルピンの声が、俺の意識を闇の底から引き上げた。


「昼からは、シュテゲン公爵との会食、ならびに今後の防衛線構築に向けた軍議が入っております。そろそろ本陣へお戻りになられませんと」


 将としての時間。


 この何もない灰の街を、最前線の防衛基地としてどう作り変えるか。動かない東西の伯爵たちをどうするか。次の一手をどう打つか。


 休むことは許されない。弱音を吐くことも許されない。


 俺は、小さく息を吐き出した。


 白い吐息が、冷たい空気に溶けて消える。


(……会いたいな)


 ふと、胸の奥で、そんな輪郭のない感情がこぼれた。


 ただの子供の、どうしようもない我が儘だ。


 マルディのうるさい怒声が聞きたい。


 セインの呆れたようなため息が聞きたい。


 ロリーナの真っ直ぐな槍の音が、アイーシャの静かな足音が。


 コジインの庭で、ただ他愛のない話をして、一緒に笑い合いたい。


 この冷え切った闇の中で、彼らの存在だけが、俺を現実に繋ぎ止める唯一の熱だった。


 だが、足はそちらへは向かない。


 会いに行って、少しでもその温もりに触れてしまえば、俺はきっと二度と立ち上がれなくなる。将としての仮面が崩れ落ち、大切な人を守れずただ泣き叫ぶだけの無力な男に戻ってしまう。


 この闇は、俺が一人で歩かなければならない。


「……行こう、チェルピン」


 すっぽりと抜け落ちたような心の一角を、冷たい風が吹き抜けていく。


「公爵を待たせるわけにはいかないからな」


「はっ」


 足元で、また崩れた瓦礫が嫌な音を立てた。


 立ち直る術も、光を見つける手立てもないまま。俺たちはただ重く引きずるような足取りで、軍議の待つ天幕へと歩を進めた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。