1. 神の脚本、再契約
意識が、浮上する。
痛みはない。熱さもない。
目を開けると、そこは色すらない、あの「何もない空間」だった。
「……あ?」
俺は自分の手を見た。透けていない。血もついていない。
だが、直前の記憶が鮮明に蘇る。
胸を貫いた刃の感触。床に落ちた自分の身体。そして、股間のわずか数ミリ横に突き刺さった、俺の剣。
……死んだはずだった。
「お、俺は……死んだのか?」
問いかける相手はいなかった。
だが、状況が答えを突きつけている。
「まさか……なんでだ……」
絶望が、波のように押し寄せてきた。
恐怖ではない。後悔だ。
あと一歩だった。あと数センチで、ジャミルの脳天をカチ割れたはずだった。
なのに、俺は失敗した。
ジャミルは生きている。あのクズは生き延びた。
メイシーは足を、グレンは腕を犠牲にしたのに。俺だけが、一番大事なところで――。
「う、うあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
俺は頭を抱えて絶叫した。
やり場のない怒りと悔恨で、魂が引き裂かれそうだ。
「ちくしょおおおおおお! 仇を……やつを討てなかったぁぁぁッ!!」
俺が地面を拳で叩きつけ、慟哭していた、その時だった。
「――見事、試練を乗り越えた」
どこからともなく、俺の絶望的な空気を一切読まない、淡々とした声が響いた。
……来た。
「お前は使徒の資格を得た」
「……なに?」
俺は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
白い空間に、声だけが響いている。
「どういうことだ……資格だと?」
そんなことより、今は確認しなければならないことがある。
「ジャミルは……ジャミルは倒せたのか?」
俺が食ってかかると、声の主は少し間を置いて、試すように言った。
「知りたいか?」
「ああ、教えてくれ! 俺たちの復讐は成ったのか!?」
「……知りたいなら、使徒にならねば無理だ」
声の主は、事務的に告げた。
「そうでなければ、お前は洗いに回されるのだからな」
「洗い……」
記憶も感情もすべて洗い流し、真っ白にしてリサイクルする作業。以前、転生する際に聞いたような気がする。
そんなことになれば、俺はジャミルの最期を知ることも、家族を想うこともできなくなる。
それだけは、ありえない。
「……分かった」
俺は拳を握りしめた。選択肢なんてない。
「なるから、教えてくれ。俺は使徒になる」
「そうか」
声の主は、わずかに間を置いて答えた。
「では、お前は使徒となり、神のお言葉に従うのだ。……ゆけ」
足元の床が抜け、急激な落下の感覚が襲ってくる。
視界が歪み、白い空間から弾き出されそうになる。
「なに、まて! 教えろぉぉぉぉ――ッ!!」
俺が叫ぶと、遠ざかる声が最後に言い放った。
「自分の目で確かめよ」
そして、付け加えるように。
「そして、お前に力をほんの少しだけ渡せたので、使うがよい」
「ふざけるな! 約束が違うぞ!」
俺の抗議に対し、声の主は、あきらかに面倒くさそうな、素の口調でボソリと呟いた。
「……文句を言うな。これは全て神の指示だ」
その懐かしくも腹立たしい、「見る者」特有の無責任な響きを残して、俺の意識は白い空間から完全に弾き出された。
落ちながら、最後に思った。
どんな手を使ってもジャミルを殺す。
必ず。




