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数年前、勇者の力が弱まっているという噂が広まり出した頃、ノワールはシェイを探すために冒険者になった。
人間についてまだまだ無知だったノワールにとって、いきなりの単独行動は不便だった。だから、三人組の冒険者パーティーに仲間にならないかと誘われた時、面倒には思ったものの断らなかった。
やがて噂で、新聞で、シェイを見つけた。冒険者になったのはシェイを探すためだ、見つかったのならもう手当たり次第旅する必要はない。ノワールはあっさりと冒険者パーティーを抜けることにした。
「探していた人が見つかった。私は彼に会いに行く。迷惑をかけたな。感謝する、リンディ、エレアノール、ライアン」
「ノ、ノワールが私達の名前を覚えっっ……!?」
「嬉しい……ありがとう、ノワール」
「その名前好きじゃないって何度も言ってきたけど、もうノワールはその呼び方でいいよ……!!」
「三人とも大袈裟だな?」
「──あの、さ!」
最後に思い出を作ろう、と言い出したのはエレアノールだった。リンディとライアンも乗り気で、王都の近くの賑やかな街に四人で出掛けることになった。
──あれはその時、四人でそう多くはない思い出話をしながら、食べ歩きをしていた時のことだった。ライアンとリンディが通りかかった店のワンピースに目を引かれて、食べ物を持っては入れないからと、ノワールとエレアノールが外に残された。
「……ねぇ、ノワール」
「ん」
「どうしても、聞きたいことがあるの。ずっと気になってたんだ」
エレアノールは気は弱いが、仲間には言いたいことははっきり言えるタイプだ。時折吃りながら話す彼女はノワールにとっては珍しく、つい首を傾げた。
「ノワールの言うことって、どこまでが本当、なのかな。昔よく遊んだ好きな人って、人間?それともノワールと同じ──龍だったり」
「ちょっと待て!……何故知っている?」
人間として人里に紛れ込んで初めて、ノワールが取り乱した瞬間だった。ノワールの、およそ仲間に向けるものではない警戒の視線を受け「ち、違うの」と慌ててエレアノールは否定する。
「何が違う」
「ノワールを傷つけるつもりは無いから。本当にただ最後に聞きたかったってだけ」
信じてもらえないかもしれないけど、私聖女なの、とエレアノールは声を落として言った。
ずっと抱え込んでいた重いものをぽろぽろ溢すように、エレアノールは語りだす。気を抜けばすぐに街の喧騒に浚われてしまいそうな、小さな声だった。
「ノワールを初めて見た時、ほんの少し違和感があって、探ってみたら、ヒトじゃないって、気づいて」
「放っておいたらダメだって思って。でも、ノワールは何も悪いことしなくて、心は読めなかったけど、何か企んでいる感じも、しなくて。よく分からなくて」
「魔物だって分かっていたのに、遠ざけられなくて、でも、魔物と関わってるのに、神様は私から聖女の力を取り上げることもなくて」
「ねぇノワールっ──私、ノワールのこと、信じていいっ……?」
ノワールは以前、エレアノールの初恋の人の話を聞いたことがあった。近くに住んでいた、優しい兄のような人だったそうだ。詳しくは聞いていないが彼は冒険者で、エレアノールの目の前で魔物に殺されたと聞いている。
──それなのに、この人間は私を信じたいと泣くのか。
「──本物の聖職者ってヤツは、どいつもこいつも」
「ぇ?なにぃ、聞こえないよ……っ」
「おい、泣くな……店の前だぞ」
店の評判に関わる、とノワールが少し強い口調で言うと、エレアノールははらはらと流した涙を拭って、にへ、と笑う。
害意や敵意を少しも含まない、綺麗な笑い方だった。
「……特別だぞ?聖女サマ」
「ふぇ……?」
「いいさ、教えてやる──私の、好きな人は」
言いたいことは山程あるが、大丈夫とか信じてとか、そういう言葉は似合わない。ノワールは手っ取り早く最初の質問に答えることにした。
「誰より優しい、人間だ。私が龍であることは知っている。名はシェイ。今は聖騎士だ。シェイが悲しむようなことは、しないと誓う」
◆◆◆◆◆
夕暮れ時、宿屋のとある部屋の前にて。ガインは壁に凭れてその存在を待っていた。
暫くすると、かつ、かつ、とヒールの音が廊下に響き始める。──どうやら来たらしい。ガインは目線だけを動かして音のする方向を見た。
リエラの特徴的な赤い瞳は、やはりあの鋭い視線を放っていたものと同じで。
本人は認めるつもりはさらさら無いらしいが、目の前のこの人間のようなモノは……紛れもなく。
「嬢ちゃん、あんたは……」
「おっと」
リエラはさっとガインの目前に迫り、決定的な言葉を紡ごうとする口に人差し指をそっと当てた。
イケナイ子だな、とにやけながら溢すリエラにガインは苦笑することしかできない。
「ソレはどうか言わないで欲しい。私はただの人間……リエラでいいんだ。少なくとも……今は、な」
「……なんで」
「ん?」
「俺には理解できねぇよ、嬢ちゃん。それを告げるだけで、欲しいもの、全て手に入るだろ?」
欲しいと自覚してしまったら、止められない。衝動的にキスをしたあの時のことを振り返りながら、ガインは強くそう思う。
少し手を伸ばして触れれば、向こうはきっと抱き締めてくれる筈だ。それなのにそうしないリエラは、ガインにとっては意味不明だった。
「……分かってないなぁ。いつでも手に入れられるなら、なにも急ぐ必要なんてないと思わないか?今だけじゃない。私はこの先ずっとシェイが死ぬまで傍に居るつもりだ」
「マイペース過ぎねぇか。あんたにとっちゃ、その死ぬまでってのは……すぐだろ」
「だからこそ!この恋人未満の関係だって大切にしたいんだ……シェイが死んだ後の私のために。いくらでも思い出してにやけられるぐらい、沢山の記憶を作っておかないとな」
「……」
最後は弾むような声で笑い飛ばしたリエラだったが、ガインはとてもじゃないが笑えなかった。シェイへの執着とリエラなりの覚悟……それがひしと伝わってきたからだ。
ガインには共感することなんて出来ない。だがそれでも、なんとなく、理解することは出来た。
「……そう、か。そうか」
「ん、どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」
「嬢ちゃんの化けの皮を剥げたからな」
まぁ、一部だけだろうが、とガインは内心思う。リエラには皮を剥いでも剥いでも中身が見えないような、底知れない恐ろしさがある。
「ふはっ、それはよかったな?……でも、君には私を探ることより大切なことがあるんじゃないか?」
「……」
「早く伝えてやるといい。流石に、待たせ過ぎだ」
「……あぁ」
気づいていた。ただガインは、受け入れたくなかっただけ。だが傷つけられて漸く、ガインは理解した──自分にとってどれだけ、あいつが大切なのかを。
「今だって認めたくねぇし、いい年したおっさんが愛だの恋だの語るとか……恥ずかしいったらありゃしねぇ。でもそれは、あいつを悲しませていい理由にはならねぇよな」
「んん?……この期に及んで、あいつのため、だって?」
「う」
──相変わらず、痛いところを突いてくる。にやけ顔のリエラに退路を塞がれ、ガインはたっぷり三十秒程硬直した後、声を絞り出した。
「…………おれが、したいから、そうする」
「……ん。それでいい」
言いたいことを言い切れたのか、満足顔のリエラは止めていた足を再び動かし始める。そして部屋のドアノブを掴んで扉を開ける……前に、最後に小さくこう言った。
「人間の命は、酷く短くて脆い。だからいつまでも足踏みしてないで素直になるといいさ。励めよ、“幼い坊や”」
扉の音と共に、シェイの眠る部屋にリエラは消える。一人廊下に残されたガインはつい頬を緩めた。
「ふはっ、坊や、か。嬢ちゃんからしたら俺はまだまだ青二才、ってか?」
──でも、そうだ、それでいいんだ。今日ぐらい子供みたいになってやろう。馬鹿馬鹿しくなるぐらいみっともない姿で、声で、伝えてやろう。
ガインはそう決心して、いつになく軽い足取りでヘンリーの元へ急いだ。
◆◆◆◆◆
さらり、と開け放たれた窓から風が部屋に流れ込む。揺れる茶髪はリエラのものであって、リエラのものでない。
これは、リエラがまだ別の名だったときに出会った、あの心優しい少女に変えてもらったものだ。彼女の力が込められたネックレスは、膨大なステータスを隠し、珍しい黒髪をよくある茶髪に見せる。
ガインがネックレスから魔法の気配を感じられなかったのは、製作者がガインより一枚上手だからだろう。エレアノールのことを思い浮かべて、リエラはなんだか誇らしく思った。
──全く、一体自分はなんなのだろう。リエラは一人、ふっと自嘲めいた笑いを溢す。
リエラがこうして今ここに居るのは、間違いなくシェイに影響されたからだ。
けれどリエラは後悔なんてしていない。むしろ、感謝している。
掃いて捨てる程居る人間の中から光るものを見つけられた、そんな奇跡に。
「……本当に、君は美しいな」
ベッドの上に仰向けに横たわり、穏やかな寝息をたてているシェイを見て、ついリエラは声に出してしまった。
何気ない景色の中にシェイが居るだけで、急激に視界がクリアになったように思えるのだから手に負えない。リエラはベッドの傍に椅子を持っていき、そこに座って愛しいシェイを間近で眺めた。
そういえば、アッシュブロンドの髪はお気に入りなのだと昔から言っていた。小さくて、か弱くて、けれどどこか考えの深いあの少年の姿がリエラの脳内を過る。
変わらない、青い瞳。リエラが見つけた、宝物。
勿論、成長して色々なことを取り込んできたのだとは思う。それでも、根底にある考え方や信念が全く揺らいでいない、とリエラには感じられたのだ。
「……愛している」
──この感情を表す言葉は、果たしてこれで足りるのだろうか。こんなにも誰かを求めたことなど今まで無かったから分からない。
ただリエラは、シェイと関わる為に築いてきた人間関係の中で、様々な愛を見てきたつもりだ。
あれもそれも、おとぎ話のようにトントン拍子に進んでいくことなんてない。不器用で臆病で……紆余曲折あって、やっと想いが繋がる。
愛情の形は人それぞれだ。それなら、私の愛し方だって完全な間違いでは無い筈だとリエラは思う。
ついさっきのガインとの会話で、自分が言っていたことは矛盾しているとリエラは気づいている。
リエラはまだ、シェイに秘密を明かすつもりは全くない。そのくせガインに向かっては、早く気持ちを伝えろとけしかけた。
ただ、その理由は単純だ。あの二人は既に多くの思い出がある。リエラにとっては羨ましいぐらいに。
リエラはそういう、恋人未満の記憶がもっと欲しいのだ。リエラには、どういう道を辿ってもシェイと恋人になる、という絶対的な自信があった。
「……シェイ、私こそが君がずっと探している黒龍様だと知ったら、君はどんな顔をするだろう?」
──もっとも、自分から打ち明けるつもりも無いけれど。
愛しい人のアッシュブロンドを優しく撫でながらリエラは呟いて、くくっ、と喉の奥で温かく笑った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。拙い点も多いと思いますが、宜しければ評価・ブックマーク等してくださると嬉しいです!




